1992/8/22 日本武道館
ダブルメインエベント第2試合
▼三冠ヘビー級選手権試合・60分1本勝負
<王者>スタン・ハンセン
VS
<挑戦者>三沢光晴
三沢光晴が三冠を奪ってから、20年が経ちました。
確か、この1992年は全日本プロレス20周年。
あれから、20年経ったということです。
三沢はこの試合が4度目の三冠チャレンジ。
1度目は90年7月、ハンセンとの三冠王座決定戦。
2度目は91年4月、王者鶴田に挑戦。
3度目は92年3月、王者ハンセンに挑戦。
今回負けたら、もう三冠に挑戦する資格がないと、
悲壮な決意で臨みました。
当時は特に何も思いませんでしたが、
今改めてYouTubeで見てみると、
当時のプロレスは入場時からものすごく盛り上がっています。
試合中も、観客の反応が多いし、良いです。
常に、歓声、拍手、どよめき、それらが絶えません。
試合開始後はグラウンドの展開が続きますが、
変に静まることはありません。
そう、このグラウンドの展開が、味がありましたね。
最近のプロレスを昨年だったかな、一昨年かな、見たときに、
常にとんだりはねたりしている試合がありました。
技術は優れているし、華やかなのですが、
なんというか、見ている私がついていけないんですよね。
ついていけないというか、消化しきれないんですよね。
だから、華やかなのですが、なにか満足できなかった覚えがあります。
大技の連発というものも、同じく満足できません。
まあ、私が古いのかもしれませんが。。。
毎日旨いステーキばかり食べていては、そのステーキさえも美味しく感じなくなりますよね。
緩急というものが必要です。
人間のやることなすこと、心が関係しているものだし、
間(ま)というもの、味というものがほしいです。
最近たまにプロレスを見て思うのは、
グラウンドの味が、薄れてきたなあというのは思います。
だから少し昔、西村修がいい味を出していたように感じました。
わかんないですけど、他の試合でも巧みなグラウンド展開が繰り広げられているのかもしれませんが。
ハンセンはパワーあふれる豪快なイメージ、
また当時の三沢は飛び技や投げ技など華やかなイメージ、
この2人の闘いで、15分間グラウンドなどの密着プレーが続くのです。
しかし、退屈に思える時間は1秒たりとてありません。
もちろん、華麗な技、必殺技、いつかそんな展開になるのをファンは望みます。
開始15分後、次第に、三沢のダイビングエルボーや、
ハンセンのここぞという時に見せるドロップキックなど、
試合が佳境に入ろうとし、観客の興奮度は次第に上がっていきます。
三沢のフェイスロック、福沢アナのボルテージも上がってきます。
20分経過。レフェリーがジョー樋口さんということもあり、
軽快な展開とは言えませんが、非常に重厚な試合展開。
ハンセンの投げ捨てパワーボム、ニードロップ。
そして、ハンセンが左ひじのサポーターに手をかける。
いつの試合もこの、ハンセンがサポーターに手をかけるシーンを見て、
ハンセンを応援する人は興奮は絶頂に、
ハンセンの相手を応援する人は、絶体絶命に追いやられる緊迫感に、
そのサポーターのシーンだけで、説得力抜群のムーヴが巻き起こったものです。
ハンセンの試合を見て、このシーンを見ずに帰ることはできません。
今回の試合では、その後のラリアットは不発に終わりますが、
ハンセンは三沢の肩をショルダーバスター、
そして、腕ひしぎ逆十字。三沢は試合前から肩を痛めていたのです。
しかし、三沢はエルボーで反撃し、
そして最後も、渾身のエルボーで、遂に3カウントを奪います。
そう、ハンセンは頭部の攻撃に弱い一面がありました。
試合後、本当にチャンピオン・三沢の誕生を望んでいたファンが多いことがわかります。
三沢時代の幕開けです。虎の仮面を脱いで2年、ようやく三冠を手にしました。
鶴田は本当に強すぎた。ナチュラルに強かったジャンボ鶴田。
その強さに翳りが見え始め、三沢が遂に三冠王者となったのが1992年。
これ以降、三沢は通算5回も王座に就き、計21回防衛します。
三沢はこの初戴冠以降、三冠に挑戦した試合はすべて勝ち、王座に就くことになります。
まさに、三冠といえば三沢、という1990年代になるのです。
▼三冠ヘビー級選手権
<王者>三沢光晴 VS <挑戦者>ジャンボ鶴田
どちらを応援するのだろう。
たぶん、ジャンボだろうな。。。
実現したら、どれだけ興奮、ワクワクしたか、想像できないですね。
一度でいいから、見たかった。