1997.1.20 大阪府立体育会館 | 酋長のブログ

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日々のあれこれ思うことをつづります。

三冠ヘビー級選手権試合・60分1本勝負

<王者>小橋健太vs三沢光晴<挑戦者>


当時大学生で、バンドで知り合った友達と見に行きました。

2階席でした。


壮絶な試合でした。

年間ベストバウトではなかったでしょうか。


生で観戦し、のちにテレビ放送でまた見て、

たった今、15年ぶりにノーカットで観ました。


42分06秒、最後は三沢のランニングエルボーで、

小橋から三冠を奪回した試合です。


そうでした、三沢のヒジを、小橋が執拗に攻めていました。

15分あたりで場外の小橋に、

三沢がエプロンからダイビングエルボーを放つもかわされ、

三沢のヒジが鉄柵に激突。


この後10分間にわたり、

小橋のヒジ攻めが続く。

アームブリーカーに腕ひしぎ、脇固め、

そして、肩固めっていうのかな、

あの猪木がアンドレを破ったときの腕折り。

執拗に続き、三沢のヒジが折れるんじゃないかと思うぐらい。


この頃、四天王の闘いは、非情な闘いが繰り広げられていたと思う。

さらに、手の内を知り尽くしているから、裏をかいたり、逆をついたり、

それでいて、かわしたような軽さなんてなく、

全てが重い。

なんていうのかな、もちろん相手に与える衝撃も重いんだが、

見ている私たちに与えるインパクトも重い。

説得力がありすぎる。


馬場さんが途中でこういうこと言ってるなあ。


試合が佳境に入った35分~40分ぐらいのときに、

アナウンサーの「なりふりかまわぬ、(両者が)なんとか勝ちたい」

という言葉に対して、馬場さんが、


「いやでもこれはね、なりふりかまわないというもんじゃないですよ。

これは素晴らしいですよ、両者の攻めはね」


そう、必死に戦っているのだが、

ガチャガチャやってるんじゃないんよね。

ひとつひとつの技が実に的確で、説得力があるんです。

いろんな意味で重いんですよ。


ここにショー的要素はもちろんないし、

魅せることを第一に考えてやっているのではなく、

ひたすら一途に為す真剣勝負、

それが素晴らしいから、お客さんは魅せられている。

ガチンコで相手を叩き潰すんではない、

ある意味それ以上の真剣勝負なんです。


この極限の状況下で、こういうものを見せられるのは、

日々の積み重ねの素晴らしさ。

受身であり、スタミナであり、攻めであり、研究であり、

思いであり、言葉にできないものも含めた、そういうもの全て。


僕は15年ぶりに、もちろん結果がわかった上で見たのに、

最後は鳥肌が立つんですよ。


あれだけ攻められた三沢。

当時は友達と三沢を応援していたが、

小橋の攻めに友達が泣きそうな顔して僕の服を引っ張ってくる。

その三沢が、尋常ではない精神力でゾンビのように立ち直る。

そう、この精神力こそ、三沢の最大の強さ。

鶴田、天龍、小橋とはまた違う、三沢の強さ。


三沢は終盤に大技をたたみかける。

タイガースープレックス84、

タイガードライバー91、

タイガースープレックス85、

(アナウンサーは、「85」のことを「84」と言っているが、あれは「85」だと思う)


最後はまさに「乾坤一擲」三沢のランニングエルボー。

三沢の叫びが尋常じゃない。

遂に小橋をマットに沈めた。


このひとつひとつの大技、すべてが重い。

乱発しているわけでは決してない。重い。

見ているこちらにも重くズシンと伝わる。


すさまじい。

この試合を生で観られたことは誇りに思うな。


三沢も小橋も肉体はボロボロ。

こんな試合を続けていては…。

しかし、まさにこの時代は、完熟時代。

あまりの素晴らしさに、解説の馬場さんが泣いたこともあるんだからね。


小橋はもちろん、三沢も、だからこそ、

心の中で、三沢は死なないんだよね。

今も生きてるしね。

そういう意味で、

現実は現実ではないんだよ。


表層に現れるものを塗りたくったって、

ダメだってことがわかる試合でもあると、

久々に見て、そう思いました。