人間は考えるからこそ人間なのでは? | 酋長のブログ

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日々のあれこれ思うことをつづります。

無性に焼き肉が食べたいです(笑)


なんじゃ、この出だし(笑)


ビール飲んでるけど、酔っぱらってるわけじゃありません。


しかし雨ですなあ、本当に、日本の気候が次第に、


変化していっているような気がします。


永遠に変化しないものは、ありません。


常に、何かが変化している。


だからこそ面白いし、だからこそ苦しい。


人生とは何ですか。


何のために生きているんでしょうか。


その答は見つからないでしょう。


でも考えることに意義はあります。


なぜ自殺しちゃだめなのですか。


自殺したことないのに、なぜだめってわかるんですか。


その答も見つからないでしょう。


でも考えることに意義はあります。


答が出ないものを、考えることが無駄と言うなら、


人間っていったい何なのですか?


答が出ないものを、考えることができないのではなく、


考えたくないのではないでしょうか。


答が出ないからこそ、面白いのではないでしょうか。


プロレスとは何ですか?


猪木でさえ、答が見つからないと言っていたものではないでしょうか。


じゃあ、我々には答は到底見つからないでしょう。


だから、面白いんです。


はっきりさせないと楽しめないとしたら、それは、


想像力と創造力の低下かもしれません。


はっきりさせたもの、すなわちルールでしか縛れないとしたら、それは、


モラルの低下なのかもしれません。


生肉を扱うルールを設けることが大切なのではないはずです。


さらに、問題は、いろいろ複合的、重層的に織りなすものです。


確かに、東京都民の原発に関する訴えは私も同調できます。


しかし、石原都知事が言った「複合的に重層的に考えなければならない」ということにも私は納得します。


問題は、いろいろ織りなし難しいのです。


あっちを立てれば、こっちが立たず。


いずれかに偏重して考えることは非常に易しい。


しかし、バランスをとることは非常に難しい。


でも、そこをあきらめずに考えることが大切ではないでしょうか。


考えることを、やめないでいきましょうよ。


私は生まれ変わっても、何かを考えていたいです。