挑戦枠 | 酋長のブログ

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日々のあれこれ思うことをつづります。

来年春から、阪大は理学部で数学などで挑戦枠なるものがある。


一般入試とは別に、例えば数学で超難問を解けたら入学許可みたいな。


これ、やるからには、絶対評価になるんでしょう。

これを相対評価してたら、意味がありません。


どのくらい難しいのか。


最近の阪大で比較的難しかったといえば、

今年の後期の最後の問題と、昨年前期の確か4番。


おそらくそれ以上の問題が出るんだろうと思うのだが、

はたしてどれほどであろうか。


というか仕事となると、解答速報もするのか、

気になります。。


近年の数学の入試問題は割りと易化傾向にあるので、

どこか強烈な問題があってもいいはずです。


たとえば京大もここ数年ずいぶん易しくなりました。

でも、受験生はそれほど解けていないんですよね、実際。


典型問題ばかりやっていたら京大数学は解けません。

こういうときはこうする、みたいなパターン演習ではダメなのです。

本当の意味での基礎がわかってないとダメ。

易しくなったとはいえ、

基礎がわかってないと簡単にひねられます。


実際、今年の京大のレベルでも文系理系とも十分差がついているはずです。

あまりおおっぴらには言えないことですが、

受験生に実際試験場でどう解いたかをいろいろ尋ねたところ、

理系1番(1)は、驚くほど間違った解き方をしていて、出来が悪いのです。


最近の高校生は進学校でも学校でかなりの量を演習させられています。

だから典型問題には強い。

でも簡単に虚をつかれる。別に油断しているわけではないのでしょうが。

もちろん量も大切なのですが、盲目的に演習していると、

本質をつかれた、または見慣れない問題になると、

何をしていいかわからなくなる。


難しい問題にいたずらに手を出すなと言っています。

基礎がなっていないのに難しい問題に手をつけようとする。

手を出して、解けない、解答を見る、こうするのか、じゃあこうするのだと覚えよう。

覚えようとする。それが間違っている。


間違っても、高いレベルの生徒をパターン演習に傾倒させないこと。

問題を解く際に、

ここでなぜそうするのか、このためには何をせねばならないか、

この式はこの見方をすれば何を意味しているのか、など

粘ってよく考えないといけません。

量ばかりこなしていると、

日々の時間の限りもあって、じっくり考えなくなってしまう。


そして、計算を考えてやっていないのも近年の特徴。

計算を力づくでやっている。

計算ミスを犯さないような工夫を考えていない。

計算ミスをしない力も、れっきとした数学の力なのだから。


しかし、本来は演習量だけで通用する入試問題にしてはいけないのですが、

多くの大学でそうなってしまっているのは、現状やむを得ないでしょう。

そうしなかったら、逆に差がつかなくなってしまうから。

ゆとり教育が、それを助長してしまいましたね。

本来、量と質が伴わないと、いけないのですが。。。


ただ、実はこれでも演習量は足らないのかもしれません。

勉強の絶対量が不足しているのかもしれない。

学校では現実問題として、カリキュラムの問題は大きいのでしょう。

だから質の高い演習をする時間がとれないのかも。


ともかく、挑戦枠を志す生徒は、

ちゃんと考える学習を積んでから、挑んでほしい。

でないと、全く手がつかなくて、試験時間中は暇で苦痛になるでしょう。

結構学校で数学の成績が良いから、受けてみた、

なんて生徒は大学側が欲しくないはずですから。

でも、やるからには、すごい問題ですごい生徒が合格してほしいもの。

そういう期待はしています。

前述の一方で、賢い生徒は今でもやはり存在します。


そんな挑戦枠の解答速報など仕事がどうなるか、

それはその日に考えます(笑)