僕はWebディレクターも兼務するWebデザイナーである。

自分の至らなさを感じる時、腕の良いWebディレクター像を頭に浮かべることがある。

無いもの(センスやスキル)ねだりなのかもしれないが、出来る人はなぜ出来るのかを考察する。


まず、「中の人を使う」という事についての捉え方が根本的に違う。

奴隷に鞭打って激を飛ばすのが「人の上に立つ者」の役割と思っている奴は多い。

鞭で打たなければ世界最高のものが出来上がらない。というケースは珍しい類だろう。


次に、「客と仕事を共にする」という意識が違う。

お客様とは、へりくだる分けでも、対立するわけでもなく、常に同じ方向を”目指し”て、意思を共有する。

敵でも味方でもなく、同じ目的を持った同志関係にもっていく。


出来るWebディレクターは、上でも下でも、外でも内でも、敵でも味方でもない関係を築く能力に長けている。

と思う。

「何処にも存在しない」のではなくて、あらゆる立場からも「フラットな存在」になる。ということは、

僕にとっては至難の業に感じる。が、理想はそうなのである。


それが出来るようになるには、「共感」が前提となる。共感は各々の立場の事情を体感できなければ、

「ウソ」になる。理想が高く、つらそうなWebディレクターの方を見ていると、「ウソ」に疲れた顔をしているように感じる。(のは穿った見方だけれど)