東日本大震災から今日で一年。
僕ら石川県民は運が良かったのか何なのか…
被害は全くありませんでした。
そもそも、この地震があったとき僕は髪を切りに行っていた。
石川も揺れたはずなのに、気付きもしなかった。
地震のことを知ったとき、真っ先に思ったのが当時から4年前に起こった能登半島地震のことだった。
あの時も、僕が住んでいた地域は震度4だったけれど凄まじく揺れたのを覚えている。
最大震度6弱だったのに、亡くなった方が1人だったのは奇跡だ…そう感じた。
(石川県は滅多に地震が起こらないので、耐性が全くないのデス(°∀°;))
年に1度、震度1で揺れたらビックリするレベルなのに、あれだけ揺れたから…
震度7なんて感じたこと無い。
震度1ですら数回程度。
どれほど怖かったのだろう。
どれほど苦しかっただろう。
どれほど…………
言い出したらキリがない。
ボランティアに行くことも考えていましたが、僕は今までそのようなことを一度もしたことがない。
『邪魔にならない自信があるのなら行きなさい。でも、きっとみんなは今までそういった事をしたことがないから結局邪魔になるでしょう。それなら、貴方達は笑っていなさい。今足りないのは笑顔なの。そして、勉強していなさい。今はまだ何の手伝いも出来ない。この悔しさを忘れないこと。貴方達の出番はまだ見ぬ未来にあるのだから…』
こう教授陣が力強く言ってくださったので、僕は未だにベンチヒッターとして控えています。
僕に出来ることだけを、僕は実施してきた一年でした。
たまたま僕が受け持った患者さんのご家族に、福島で就職をし・結婚式間近だった方がいらっしゃった。
もちろん、被災者。
運良く親戚一同は誰1人として亡くならなかった。
でも、患者さん言うんです。
『あの子はね、今沢山笑ってる。でも、苦しかったのわかる。ホントは笑えないのもわかってる。ホントは繊細な子だから、1人になると…。私は被災にあったことない。石川にずっと居たから、地震って言ったってちょっと揺れる程度にしか知らない。だから、あの子の気持ちを理解してあげられないの。共感できないの。本当の意味ではね。そんな今、私に出来る事って…笑わせてあげることぐらいだからさ。沢山笑わせてあげたいの^^』
このとき、11月。
震災から半年以上も経っているのに、こうなんです。
その方にお会いしましたが、そんな素振りは見せなかった。
むしろ、僕のことを可愛がってくれた。そして、笑いかけてくれた。
『お義母さんをありがとうね。』って。
あれほど自分の無力さを情けなく感じたことはない。
家族は亡くならなかったけど…友達は?先生は?近所の方は?
亡くしたかもしれないし・亡くさなかったかもしれない。
でも、一番傷付いている人達の1人だ。
自分の故郷が・町が…壊滅したのだから。
元の輝きを失ったのだから。
それでも、自分の輝きを失っていない彼女を僕は尊敬する。
自分達が一番辛いはずなのに、こんな小さな看護学生の心配や気配りをする人がいる。
日本ってすげぇーなぁー
って感動したのはここだけのヒミツ。
もう1年?
まだ1年?
やっと1年?
人によって感じ方は違うでしょう。
それをとやかく言うつもりもありません。
うん、何を言いたかったのかも忘れました←
彼女や教授の言葉を見習って、僕は笑顔の絶えない・笑顔を感染させることの出来る医療人になります。
しっかり実力を付けて、使える人間になります。
被災地の方々には何にも言えないから、ここでは僕自身の意思表明だけにしておきますね。
一日も早く元通り…いや、それ以上になるよう僕も出来る範囲で協力します。
風評を信じず、笑顔でいるだけでも、きっと力になれるはずだ。
次こそみんなの心に春が訪れますように