宿にあった地元紹介誌を眺めていたら、
日本百名山の1つ、後立山連峰の
五竜(ごりゅう)岳の命名の謂れについて
記述がありました。
まず1つめの説は、
富山県側から見て立山連峰の後ろ(東)に位置する
山脈の中の一座が後立(ごりゅう)山と呼ばれ
いつしか五竜とあてたという説。
もう1つの説が、
長野県側からみると、山の頂に見える残雪期の模様が
信州の戦国大名だった武田氏の家紋のひし形…御菱(ごりょう)に見え、
これが転じて五竜とあてたという説。
今では、
ひとつ目の説で語られている、
昔、後立山とよばれていた山は
鹿島槍が岳のことだったということが
定説になっているようです。
ということで、
翌日、白馬五竜のテレキャビンに乗って確かめに行きました。
頂上直下にある尖った岩稜と残雪の白の縁取りが
見事に武田家紋になっているのを見ることができ
おおいに納得しました。
五竜スキー場とつながっている
Hakuba47スキー場の中腹辺りから
五竜岳の北東向きの壁を眺めると
一番それらしく綺麗な菱形図形が見えますね。

Hakuba47から西の五竜岳を眺める