実は、先月とあるテレビ番組で実家が紹介された。
亡くなった父も写真で紹介された。
亡くなった父も写真で紹介された。
以前だったら、絶対に断っていた。
実家を出て、時間が経ち、定時制高校生への支援を始めたことを
きっかけに父を理解し、感謝し、受け入れられるようになった。
と思った矢先にあっけなく亡くなった父。
実家を出て、時間が経ち、定時制高校生への支援を始めたことを
きっかけに父を理解し、感謝し、受け入れられるようになった。
と思った矢先にあっけなく亡くなった父。
父を亡くし、あんなにいがみ合っていた母はさみしくて死にたい
と言っていた時期もあったが…ちょっとやそっとで死ぬような
母ではないので、突き放しの対応をしていた。
と言っていた時期もあったが…ちょっとやそっとで死ぬような
母ではないので、突き放しの対応をしていた。
結果、父の残した建物を地域の方に開放。毎日、たくさんの人が
やってくるようになった。利用者は父の遺影に「こういう建物を
残してくれてありがとう」と手を合わせてくれたり…
やってくるようになった。利用者は父の遺影に「こういう建物を
残してくれてありがとう」と手を合わせてくれたり…
建てた頃は、いろいろ批判的な人も多く…ご近所においても、
親戚においても…もちろん、私も反対していたし、自分の家だと
いうことを隠していたくらい(@_@)
親戚においても…もちろん、私も反対していたし、自分の家だと
いうことを隠していたくらい(@_@)
今回、テレビ番組で実家が紹介されたのをたくさんの方々が見て
いろいろ連絡をくれている。そして、批判的だった叔父の一人が
実家を訪ねてきたと母からの連絡。そして、母に言ったらしい。
「あんなの建てて親族の恥さらしと思っていた。でも、テレビで
あんなふうに素敵に紹介されていて、兄を、この建物を誇りに思う」
と。
いろいろ連絡をくれている。そして、批判的だった叔父の一人が
実家を訪ねてきたと母からの連絡。そして、母に言ったらしい。
「あんなの建てて親族の恥さらしと思っていた。でも、テレビで
あんなふうに素敵に紹介されていて、兄を、この建物を誇りに思う」
と。
ちょうど、前の週には高校のクラス会があったので、そのことを
伝えていたので、テレビ放送中は、リアルタイムでグループLINE
にメッセージが飛び交った。
伝えていたので、テレビ放送中は、リアルタイムでグループLINE
にメッセージが飛び交った。
胸の奥にずっと残っていたコンプレックスを解消できた感じ。
時間をかけて乗り越えられることもあるヽ(^o^)丿
時間をかけて乗り越えられることもあるヽ(^o^)丿