数年前。
軽く私の人生を狂わせる女性と出会った。
休日、高校時代からの友人と中華街で食事することになり、夕方にみなとみらい
線の出口で待ち合わせることにした。
前日、週末だというのに珍しく寄り道せずに帰宅した私は、翌朝平日と同じ時間
に目覚める。カーテンを開けて一切の混じりない青の空を見て、約束の時間まで
は半日ほどあるにも関わらず、早々に出掛けることにした。
快晴。
山下公園の海辺のベンチを陣取った。読みごたえのない雑誌に辟易した後、芝生
で走り回る子供達の屈託の無い笑い声を聞きながら、クイーンエリザベスの航路
のためにとんでもない芸術品を作ったもんだとベイブリッジを眺める。
ユルイ時間。
何にも変えがたいユルイ時間を過ごしたあと、市役所方面へ歩く。
老舗のイタリアンレストラン。
空腹では無いものの、メニューボードの魅力的な活字に誘われて店内へ。
明らかに、中途半端に形だけ西洋を模倣した雰囲気では無い。映画でしか観たこ
とがないはずなのに、何故か本物であることを確信させ、懐かしさを感じさせる
造りとレイアウト。
調度品の全てが洗練されていて、程よく使い古されている。
テーブルの6割程度がカップルや外国人、女性の団体で埋まっている。
奥の席に案内される。
一人なのに広いテーブルを占有することに対し、全くの筋違いの優越感を感じながら、メニューを開く。
何処でもいつもの通り。ビールとペペロンチーノ。
昼間からアルコールを口にすることに特別な感覚を覚えた頃が懐かしい。
今では、休日ともなると、朝目覚めてすぐに冷蔵庫の前で缶ビールを開けている始末である。
料理が運ばれてきた。
特筆すべき程ではなく、オーソドックスな美味しさ。
それがこの店に似つかわしい。全てを肯定させる空間。
とても気に入った。
・・・。
またしてもユルイ時間を過ごしていると、一人のお客が店に入ってきた。
女性一人。
30歳半ばぐらい。目鼻立ちがハッキリしていて、整った顔。
胸元の開いた、白地に紫色の柄が入ったブラウスに細身のジーパン。中背ではあるが、旧型日本人としては、トップクラスのスタイルの良さ。
私の隣のテーブルへ案内される。私同様、大きなテーブルを独占。
正直、あまり興味のないタイプだ。
スタイル良く、胸も大きい。顔も申し分ない。身近の男は何らかのアクションを起こすであろう。
ただ、どこか凛としない。内面から押し出される張りが無い。魅力を感じられない。
大きなお世話。だが、この感覚は大体において、正しい。嗅覚とでもいうのか。
興味がない女性だ。
先方も、こちらは全く眼中に無いといった感じ。
お互い様だ。
ふと我に返り、携帯電話の時計に目をやると、約束の時間まであと2時間ほど。
以前、雑誌か何かを読んで初めて名称を知った”フランス橋”という人道橋を渡り、港の見える丘公園を往復すればちょうどよい頃だろうか。
食後のコーヒーを飲み干し、店を出る準備をしていたら、隣のテーブルに座っている例の女性から、意外なアプローチ。
「お一人ですか?」