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こころのサンキャッチャー

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今日の午前中。

不審者に不法侵入され自室のドアを無言で開けられて……。

ショックで……警察に被害届を家族が出しました。

最近体調が思わしくなく、部屋で横になっていたところでした。

その時自宅には私一人しかおらず……。

詳しくは今書く余裕がありません。





パニック障害という病にかかったのをきっかけに、私の体はみるみる弱くなり、喘息、婦人科系の病気、震災鬱ではそれぞれ入院もしました。

今は慢性型じんましんで皮膚科に通院しています。上に上げた病気も、通院中。克服できていません。





ブログを始めた当初は、同じ境遇の方とやりとりすることで「私だけじゃないんだ」とどこかほっとしていました。





今思うこと。





あのままだったら私は一生治らない。





私はブログのついでに始めたゲームの中で、ある人たちと出会い、「本気で病気を治してやろう。薬も減らしていく。そして体力をつけてライブに行く。」と思うようになりました。

たくさんの人とのやりとりに支えられ、やっと自分を俯瞰で見ることができるようになり、病気に対しての姿勢が変わり始めたところなんです。

禅に「喜捨」(きしゃ)ということばがあります。

「惜しむことなく喜んで捨てる」ことで「一つ捨てることは、一つ執着から離れること」。

このことばとの出会いもまた、私の背中を押してくれています。





病気を治すためにたくさんの本を読み漁りました。実践もしました。かえってつらくなり症状が悪化したり、新たな苦しみを生んだり。今は正直しんどいです。
本当に、しんどいです。

でも、「しんどい」だけではなくなった。昔の私はもう消えました。

「しんどい」けど、なんとかしてこの病気たちを克服して、絶対にこの目で見たい風景がある。会いに行きたい人がいる。

そのために、「喜捨」を実践し始めたところでした。自分にとって、自分が病気を治すために必要なものは何か。優先すべきは何か。考えた上で、整理をやっと始めようかとしていたところでした。

やりたいこともブログに吐き出したいこともたくさんあって……今まで自分なりに頑張ってきたつもりです。





でも、不審者という事態は予想できませんでした。





悔しいけど。





休みます。





私は苦しみをいつも誰かに吐き出して、ここまでやっとたどり着きました。

なぜみんな顔を合わせたこともない私に優しくしてくれるのだろう?といつも思います。

今日の出来事は病気の苦しみとはまた質が違うので、時間がかかるかもしれません。心が折れたまま、引きずるかもしれません。

それでも私には行きたい場所があり、会いたい人がいる。

その頂を眺める時、私はおばあちゃんになってるかもしれない。

会いに行ける時にはもう解散しているかもしれない。




でも、もう決めたので。絶対に譲らない。一生をかけてでも私は会いに行く。





必ず戻ってきます。

次更新する時は笑顔で。





「苦しみを、ともに受け入れるとき、喜びとなる。」




佳より