子供は親を選んで生まれてくる・・
と言いますよね
って、ことは、私は選ばれないってことになり・・・![]()
ある有名な霊媒師の方は、
子供を生むことは、オナカをお貸しして
生を営む事を奉仕する・・・
とか。
もしそういう霊界的なお話で生命の誕生の
法則があるなら![]()
と、私はご奉仕担当には選ばれず、
社会に貢献する他の使命があるのかも![]()
と考えたりします。
子供がうまく育たなかったのは
3人の子供を育てることより
私にはその10年にやるべきコトがあったのかもしれない
と・・・考えることがあります。
夫と会社を無一文から始めて11年。
この10年あまりに忙しく
あまりに早く
あまりに過酷でした
今時点での結果は
年商が今年は3億という会社までこぎつけられました
そこにくるまでの心の葛藤
流産のこと
色んな出来事がありました
決してお金持ちになりたかった訳ではなく
本当に、生活しなければならなかった
それだけで、がむしゃらでした
でも今振り返れば、それも楽しい事であったと思います。
正直、毎日に翻弄され
子供のこと今のように真剣に考える時間さえありませんでした
そう振り返れば
子供より、すべきこと
自分自身が生きることのほうが私にはすべき時期でした
それでもふと思います。
そんなこと考えずに
子供ができた!産まれた!って話は普通にどこでも聞きます
私は、流産したことをそうやって思うようにしているのでは?
と・・・・・
でもそう思うことで、また今まで仕事で結果を出せてることの
プライドを持たないと、
選ばれなかった?自分に対して
劣等感を感じずにはいれなくなってしまうのも事実です
子供がいないこと
子供を産めないこと
それをどう自分自身で処理するか
そんなことばかり自問自答の10年でした
私の周りには、流産した人も
不妊治療してる人も
一切いません
自分の心の葛藤を人に話せず
10年心の中にドロドロした気持ちを抱えて
生きてた気がします
こうやって、顔も見たことない方に
自分の気持ちを聞いてもらって
果たして・・・
怪訝とする方もいるだろう・・・とも思います
結局同じ経験してみないと
理解できないのは仕方がないなと思います
自分がその立場になってみないと到底わからない
私なんて顔も見ずに別れてしまってるけれど
子供を産んで亡くなってる方に比べれば
私の悩みなんて、甘いな・・・とも正直思います。
人の幸せは人それぞれ。
今こうやって、40歳になり
子供を産めない年齢が近づいてくる時期になり
ここにきて、本当の自分の幸せはなんだろう
と真剣に取り組める時期になりました
もうあくせく仕事をしなくても
スタッフがいる環境になって
今は自分の幸せに正面から向かうときがきたと
やはり振り返ると
初めの流産から去年の3度目の流産まで
心の葛藤の本性は、
なぜ?自分だけこんな目にあうんだろう?
でした
その劣等感のせいで、夫とも喧嘩になる
いつもイライラしている
そんな10年でした
今改めて思うのは
まず。
愛した夫と理解しあい
笑顔で生活できる
声を出して笑いあう
そのことのほうが優先ではないかな?と
そんなことさえ、今になって気づいています
子供がたとえ無事に産まれても
夫婦が喧嘩ばかり
子供のことで喧嘩したり
そんな環境では何もかもがうまくいかない
子供のことで、どうせ私なんて
なんで私ばっかり・・・いじけて・・・
ずっとそうやって何もかもにイライラしてました
きっとその姿は夫にとっても悲しいものだったのではないか?
基本的にヒョウヒョウとしてる旦那様
何考えてるかわからない!
とまたイライラしてましたが
結局、そのヒョウヒョウさに
救われてここまで来てることを今、実感しています
流産のとき、一緒に泣いてはくれなかった
精神的に本当におかしくなった時も
しっかりしろ!!と
叱られた
抱きしめられもしなかった
どうせ、他人事なんでしょ!
アナタのオナカは痛くないし!
そうずっと思ってました
でもきっと、なんか違う
夫のほうが、子供より
私を大切に思ってるからこその
ヒョウヒョウだったのではないかと思います。
子供が選んで産まれてくる・・・
とは少々、私には理解できない架空の話ですが
子供に奉仕する・・・との言葉は真実のような気がします
奉仕できるだけの
心に成長できた時
本当に、自分に子供が必要なのか
その答えが出るかもしれない・・・
私達は、結婚=出産とスムーズにはいかなかった
不妊治療もせず、流産もせず、安産で何事もなかったかのように
子供を産んでる人もいます。
でも私にとっては、そうでなかった・・・という意味がどこかにあると
思ってます。
そうでなく、何かをきちんと考えるため
体の痛みを知って感じるため
何かを知るため
子をいずして、子を思う。
まだ答えはでていません。