マザーテレサ来て、わたしの光になりなさい!
この本を読まなかったら、きっとカトリックに行ってみようなんて思わなかった。
行かなければ分からなかった事がたっくさーんありました。
説明するまでもなく、マザーは、プロテスタントがやっているトラクト配布や路傍伝道(最近は殆ど見かけない)などをした訳ではなく、自分が貧しい人々のためにキリストの愛を持って寄り添う。その行ないでイエス様を多くの人々に伝えた。マザーの中におられるイエス様を、人々は見たのでしょう。
宗教、人種、その他差別しようと思えば、何でも差別出来る世の中で。
学校、職場、自治会、人が集まる所には何かしらグループのようなものがあって、そこでの意見の違い、やり方の違い、そこのボスに気にいってもらえない等々の理由で無視されたり、いじめられたり。
禁教、迫害の時代に、お寺がキリシタンを匿ったり、マリア像を護ってくれました。
その時代時代に神様は信仰を護ることができるように、慈悲の心を与えられた。神様の働きかけなしには出来なかった事だと思います。
今の日本では、◯△□◇教を信じてると言っても、迫害される事はありません。
もし、宗教はこれしかない。これ以外は許されず迫害されたりしたら、弱いわたしは踏み絵も踏むし、キリスト教は信じてませんって言うと思います。心の中では何度も
「神様ごめんなさい。赦して下さい。」🙇♀
って祈りながら。
禁教、迫害の中で他宗教の寛容さに助けられた事、それを忘れてエキュメニカルがお題目になってる今。
なんだかなぁ⤵
サボテンさん、HN変えたり、消したり、コメント削除する暇があったら、前の質問にお答え下さい。
主よ憐れみたまえ‼