⚫︎タイムリミット

 

膨大な時間と労力を費やして

私は結婚して家庭を持つことに向いていない、

むしろ求めていないのだ、と気付き

目標を逆方向の"仕事"に一気に振り切った。

 

自分が何がしたいのかを無我夢中で探し

とにかく興味のある分野に転職をした。

 

 

恋をする気持ちは勝手に湧いてきてしまうのだが

冷静さを欠く事や、優先順位を相手1番にすることはなかった。

 

 

 

ある日、音楽が好きで友人のライブへ行く機会があり

そこでアメリカ人男性に出会った。

年は私より2つ下で、上半身に刺青がたくさん入っている人だった。

 

大道芸をしながら、世界各地を周っている彼は格好よかったしとても素敵だった。

 

彼がカタコトで日本語を話せたので

なんとかコミュニケーションを取ることができ

近日、近くの広場で彼がアクロバティックヨガを教えるから遊びにきてほしいと誘われ、連絡先を交換した。

 

 

 

後日予定が空いていたので約束の時間に待ち合わせ場所へ行くと

先に来ていた彼がエスコートをして広場へ連れて行ってくれた。

 

他の参加者たちと一緒にアクロヨガを楽しみ

帰りにみんなでカフェに寄り

外国の方も半分くらいいたので、英語が飛び交う会話を楽しんだ。

 

 

 

その帰り道、彼と私が2人きりになった時、彼から猛烈なアプローチを受けた。

 

 

 

彼は1ヶ月後、大道芸の仕事で関西から東京へ、

そのまた1ヶ月後にはアメリカに戻る予定だったのを知っていた。

 

なので後に遠距離になることはわかっていたが

先の事は考えず

彼が関西にいるこの1ヶ月を楽しもうという思いで、アプローチを受け入れた。

 

 

情熱的な彼の前だと、私の開放的な性格を控える必要がなく

とても楽しく情熱的な1ヶ月間を過ごした。

 

 

彼が東京へ移動する日、駅まで見送りに行き

彼はまた連絡する、と私に伝え電車に乗って行った。

 

 

彼が東京にいる間とアメリカへ帰ってからも

数回連絡がきたが、会う事は難しいし

私は男性に対して一切期待をすることがなかったため

それ以上、連絡を待つ事はせず、こちらから連絡をする事もなく、疎遠になっていった。

 

 

 

恋に夢中になれなくなってしまったことが、少しつまらなく感じたが

自分の心を掻き乱されることがなく、予定を左右されることなく、仕事に情熱を注ぐ事ができた。

 

 

 

私は美容関係の仕事や、長期出張のある営業の仕事など

興味の湧くことに挑戦するのに転職を繰り返した。

 

 
 

ちょうど私が34才になった頃、

ご縁があり、ある会社のホームページを盛り上げるためライターの仕事を任されることになった。

 

取材記事を作成するために、色んな人にアポを取り会いに行ったり

ネタ作りのために出張でイベントに参加したり忙しいながらも楽しんで仕事をしていた。

 

いよいよ関西ではもうネタがないと思い、

東京へネタ探しに行こうと

社長にも相談し了承を得て、

2ヶ月後に東京への引っ越しを控えていた。

 

 

 

私は引っ越し資金の足しにしようと

週2日だけ地元のラウンジでアルバイトを始めた。

 

そこに来ていたお客さんで、私より2つ年下の建築業をしているガタイも威勢もよい男性と出会った。

 

彼はお店の常連で、私が働いていた時に何度か話す機会があり

まだ独身で最近彼女と別れたらしく、私の友人を紹介するという話しを持ちかけた。

 

すると、とにかく一度2人でご飯へ行こうと誘われ

地元も同じで、近所だったのでご飯へ行く事になった。

 

 

 

当日、色んな話しをしながら友人の紹介話しを改めて伝えたところ

友人の紹介はいらないから、私と付き合いたいとアプローチされた。

 

全く予想をしていなかったので返事に困ったが、

私は東京への引っ越しを2ヶ月後に控えていたため、それを伝えたところ

それでもいい、遠距離になってもいい、と強くアプローチされたので、

お試しでという感覚で、引っ越しの予定は変えないことを念押しして伝え、お付き合いを始めてみることにした。

 

 

 

1ヶ月ほど経ち、彼の気持ちの盛り上がるスピードは早く

"結婚したい、君との子供が欲しい"ということを頻繁に言うようになった。

 

正直、彼に対してそこまで情熱を感じていなかったので

私の気持ちはついていかなかったが、

仕事も生活も自立できている人だし

ご飯を作ってくれたり、送り迎えをしてくれたりと、甲斐甲斐しい人だったので

良いお父さんになるだろうことは予想できた。

 

 

 

そして、思惑を巡らせた。

 

 

 

私は今34才、子供を産む機会はこれが最後かもしれない、

結婚して子供が欲しいと言ってくれる人とはもう出会えないかもしれない、と。

 

 

 

彼にはすぐには答えられないが、追々考えると濁して返事をした。

 

 

 

私が東京へ立つ前日の夜、彼と会う約束をしていて

夜景が綺麗な場所へ車で連れて行ってくれた。

 

車を降り、絶景が見える場所まで歩いたところで

"結婚しよう"とプロポーズをされた。

 

なんなら籍を入れてから東京へ行ってくれ、と言われた。

 

 

 

やはりこの盛り上がりの早さについていけず

私はバツイチだし、そこは慎重に考えさせてと答えた。

せめて花束や指輪があったらもう少しよい返事ができたかもしれない。

 

恋愛に擦れてしまっていた私は

綺麗な夜景だけでは、彼の覚悟を純粋に受け入れる事はできなかった。

 

 

 

 

いよいよ東京へ引っ越しの日、

意気揚々と空港から飛行機に乗り

私は移動した。

 

 

 

東京へ行きたいと思ったことはなかったが

新しい所へ移り住むのは結婚以来だったのと

完璧な一人暮らしは初めてだったので

家の家具やインテリアに凝るのもとても楽しかった。

 

取材のアポを取るのに、東京にいる友人に会ったり

関西の友人から東京にいる人を紹介してもらい

そのついでに、東京の各所を訪れた。

 

 

そして帰宅したら、関西にいる彼と電話する

という日が続いた。

 

 

電話で話すと、私が東京生活を楽しんでいる事に

少し不安と不満を感じているのがわかった。

 

男友達に会ったり、新しい人に会うのが男性だと不安を顕にされ

日に日に彼の束縛が強くなっているのを感じていた。

 

 

 

そして引っ越しして2週間ほど経った頃、

ついに彼は私の地雷を踏んだ。

 

 

 

「早く関西に帰ってきて」

 

 

そう彼から言われ

私は自分の意志で東京にきて

やりたい事を前に前に進んでやっているのを

後ろへ引き戻されるように感じ

我慢ができず、正直に答えた。

 

 

「私は仕事するために東京にきたんや、

一旗上げるまで帰らへん」

 

 

「じゃあ結婚はいつするの?」

 

 

「そんなのいつになるのかわからないし、

今決めらない」

 

 

「それじゃあ俺はただのキープやん」

 

 

そう言われて、私は答えた。

 

 

「キープだと思わせているなら、もうこの関係は終わらせよう、

そんなにすぐ結婚がしたいなら、

他に結婚がしたいという人を見つけて」

 

 

 

この言葉を自分で言い放った瞬間、

あの"遊び人"の元彼の気持ちを理解した。

 

 

 

"あぁ私は一人で勝手に盛り上がって、相手を自分の思い通りにしようとしていたんだ"

 

 

 

彼とは少し距離を置こうということになり

しばらく連絡を絶った。

 

 

 

私は彼へ別れる意思を伝えたので

もう別れたつもりでいて、仕事に集中した。

 

相変わらず、色んな人に会い、楽しく仕事に夢中になっていた。

 

 

 

それから2週間が経ったころ

彼から電話がかかってきた。

 

"別れるにしても

結婚の話しまでした関係やねんから

ちゃんと会って話そう"と。

 

 

私は了解したが、少し怖さを感じて

自分の一人暮らしの部屋に上げることはできない事を伝え

次の連休で彼が東京へ来るとのことだったので

外で会う約束をした。

 

 

 

 

当日、会ってやはり彼に怖さを感じた。

そして彼が話しを切り出した。

 

 

「もう別れることは決めたんやな」

 

 

「うん、決めたよ、

結婚してくれる人を見つけて幸せになって」

 

 

「わかった、それならケジメをつける」

 

 

 

「ケジメつけるって何?」

 

 

 

「婚約破棄の慰謝料を請求する」

 

 

 

感じていた怖さはこれだった。

彼は、自分だけが被害者で裏切られた気持ちでいっぱいだったのだ。

 

それを私にわからせたかったのだろう。

 

私には同じ経験があったので、すぐに察知した。

 

 

 

「え?自分だけが被害者だと思ってる?

私はあなたに自分のやりたいことを止められたんだよ、

お互いの方向性が違ったんだから仕方がないことでしょ」

 

 

 

「俺は何も悪い事はしていない、

俺は被害者だ、お前に騙された」

 

 

 

相当頭が固く、彼に理解を求めることは無理だった。

 

状況からして慰謝料を請求できないことはわかっていたので

"どうぞ請求してください"と答えて、お別れした。

 

 

 

帰り道、私はあの"遊び人"の元彼と別れた時

最後に何と言われていたら、あんなに恨まずに済んだだろうか、と考えた。

 

そして一言彼にメールを送った。

 

 

「今日はわざわざ東京まで来てくれてありがとう、

幸せになってね」

 

 

 

「ありがとう、

君も仕事がんばってね」

 

 

 

そうすぐに返事が来て

以降、慰謝料を請求されることはなく

連絡を取り合うこともなかった。

 

 

 

 

私は、"出産"という女性だけにある

"タイムリミット"に振り回されていたのだ。

 

 

 

この一件で、私は子供を産むつもりもないし

求めてもいないことに気付いた。

 

 

 

いよいよ、

誰にも何にも縛られない

完全体になった気がした。

 

 

 

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