こんばんは、アラビア数字は、どうしても制限有って普通の数字利用です。
っでです、中善画廊のSM展のエントリー始まってからというもの即座に11月に家族には隠密で決断しました、まあそうですね俺自身ハラハラドキドキで冷や冷やする気持ち有りましたが、まあそれ家族に改めて打ち明けたらまあそうですね叱られる事無く事が運んで良かったです。正直これ俺の気持ち東北に届かないかも知れないけど、でもやって見ないと意味は何処かで生まれないと思いました。接点は接点のない所から結び付けないと何も物事は芽生えませんし生まれません、だから俺は東北の絶望から希望への道を描く事を昨年したのです、まああれですよ昨年マジマジョピュアーズチックな絵で子供の気持ち汲むを狙ったのですが、しかしそれは残念でした。
っがしかし、今度は奇跡起きると良いですね、っという事でまだ主催側から連絡は有りませんが、静かに待つ状態です。このシリーズを、追々更新していきます、中には長文の文章も有るかも知れませんが極力ならば最後まで読んで下さい。
それにしてもです、東海テレビの文章は正直言って稚拙でした、「怪しいお米セシウムさん」と「危ないお米セシウムさん」のテロップは稚拙な気持ちから生まれたと思います、でもその些細な文章がやれたはずの未来を壊したのだと自分でも思っています、まあ何をどう俺は表現すれば良いのか答えは見付かりませんが、しかし愛知県民=悪口野郎のレッテルでは無く極一部の心無い些細な悪ふざけがこの様な結果を招いてしまったという事を世間的に分かって欲しいです。まあそうですね、些細な言葉が取り返しの付かない事に成りますからね、例えば韓国では有名人のバッシングから自殺に追い込んでしまう構図も最初は些細なネット中傷行為が徐々に周りが手に負えなく成ってしまってそれで芸能人の自殺事件のニュースが世界的に横行するという訳ですよ、だから俺こう思いましたね。芸能人は一人の人間です、だから誰と付き合おうともそれは個人の自由に思います、それを事務所や社会の常識が騒ぐから騒ぎに成ると思います、だから俺はそれを変えない事には居心地のいい場所は作れないと思いますね。
まあそうですね、東北の復興テーマにした作品は社会的に顰蹙を買うことも覚悟は決めています。もしかしたら心無い人の見解から、顰蹙を買って俺は手に負えなくなる事態も起き兼ねないかも知れません、しかしより力の有る物で終わらせられる自信はありませんが、しかしそれでも俺は曲解した内容の言葉を一部に受けたとしても、多くの賛同を信じたいと思いました。本当に自分でも東北の復興をテーマにした作品作りは、重いと感じています、っがしかしそれでも自分が決断して進んだので正々堂々と正直な気持ちをぶつけて行きたいです。
この先人のネット中傷の文章が常識かそれともそれが非常識なのか確認する事が出来ない暗い未来です、その暗い未来の結末は1月から照らされていく事でしょう。その照らされた未来に何を得るかを、俺は見る義務が有ります。