母の家に同居している時は
とにかくいびられた。

よく、何かしら頑張っている人が
「家族の支えで」など
家族への感謝を言葉に出していて

心底羨ましく思っていた。



母は、
私が頑張ると足を引っ張る。

金銭的にも精神的にもそれは行われた。



前に書いたが
当時 私は仕事を2つ掛け持ちしていて
1つは将来のためのフリーランス、
もう1つはフリーランスの傍ら、安定収入の
ためのパートだった。

そもそも、高校中退の私であるからして
まともに就職したとして
子供を1人成人させる程の収入は見込めず

そこに母への支払い(同居代)が高く
それは子と2人で暮らした方が帳簿的には
軽く済む程であったから

私は毎晩 眠る子に「早く大きくなってね」と
語りかけていた。

まだ子を1人置いて仕事に没頭するには
子は幼すぎた。

この頃、休みは年に1週間程度だったと思う。

私は母に託児代を払い
(お金を貰えば責任感が沸くから払ってと
言われていました。)

それでも嫌味を言われ続け

仕事が終わればお茶などする暇もなく
食材を買い、家に直帰し、家事をこなし
家を空けていた間にたまった子の世話を
していた。

母は「子供の世話は親が見るべき」と
最低限の事もしてくれず
ただ、そこに居るだけだったが

それでも子を1人置いて仕事に出るよりは
マシであるから

お金を払い続け、
外食に連れて行き、
温泉に連れて行き、

私は母に尽くした。


母のいびりは止まることを知らず

夏の暑い日にエアコンをつけたくとも
電気代がかかるから、とつけさせない。
(光熱費だけ、母持ちでした。)

そのエアコンも、年式が古いから余計に
電気代がかかる、新しい物を買ってつければ
電気代が安くなる。

私の(母の)負担を減らすために新しい物を買え、
そうするのであればつけて良い

と言う。

冷蔵庫も、私が出戻る際に持ってきた
大型ではあったが 母の家にある
20年物とは比べ物にならない物なので
了承を得、入れ替えたが 

「あの大きな冷蔵庫のせいで電気代が
かさんでると思うのよね、買い替えて」

と言う。

洗濯機もボロボロであったから
私の物と替えたが、それも気に入らず

この洗濯機は大き過ぎる、と文句を言う。
水道代が余計にかかるそうだ。

電気も、タコ足の個別スイッチ付きの物を
許さず、壁に着いている所への抜き差しのみ
認められた。

わざわざ部屋に入って来て、その個別スイッチ
を指差し、「余計な電気代がかかる」と
言う母の顔は鬼にしか見えなかった。


しかし、食事には厳しく
肉はどこどこ、魚はどこどこ、
野菜はなになに と要求は果てしなく

食品の高騰での私の負担は
全く、欠片も気にしないのだ。


1度、お財布が寂しく 指定の所では無い
所で安さに釣られて購入した肉を出した時

母はご満悦で

「やっぱりここのお肉は美味しいわねぇ」 
と食していたので

これは激安スーパーの物である
と打ち明けたら 箸をピタっと止め
ものすごくいやらしい顔をして私を睨んだ。

言われるまで気付かない程度の舌なのである。
その後もこっそりそのスーパーを利用した。


子供のために頑張っているのか
母のために頑張っているのか

分からなくなっていた。

少し稼ぎが良ければ当然、
我が子に日頃我慢させている分と
買い物をするが、母はそれに乗っかろうとする。

物欲しそうな目で見、
自分を憐れむのだ。




よく、母は「清貧」と口にするが


娘にこれ程までの負担を強いた上の
清貧とはなんなのであろうか。


切り詰めて切り詰めて暮らして来たのよ


とはどの口が言うのか。


祖母がお金を出した家に住み
娘に家計の負担を担わせ

自分が出すお金をギリギリまで詰めた
事は間違いないが


それを清貧とのたまう母は
なんなのだろうか…