モンゴルだるま@モンゴル語通訳・エコツアーオペレーター兼業遊牧民です。
暑くなったり、寒くなったりのウランバートル&トゥブアイマグで、体温調節や衣類の整理がちょっと大変です。

5月27日は、数年間は忘れられない、強烈な日として記憶に残ります、という大雪でした。
ウランバートルでは、夕方に「わぁ、雨が牡丹雪になったよー」ぐらいの話でしたが、「草原の我が家」では壮絶なサバイバル劇が繰り広げられることになったのです。

サバイバル劇の顛末を数回に分けた記事でお届けしたいと思います。

今年は、白い馬の日だかうさぎの日だかが雪だったとかで、60日のゾドって言って、結構、遅い時期までゾド(大寒波や猛吹雪などに襲われて家畜が死んだり衰弱したりする被害)が起きるんだよ、と4代目委託遊牧民のバチカさんに言われた翌日に、猛吹雪(一晩で積雪40cm!でも、その翌日の昼間にはかなり溶けちゃった)となり、羊やヤギの群が夕方脱走。

バチカさんが一人ぼっちでお留守番(with奥さんの連れ子5歳と一緒に)で、雨雪にめんどくさがって、ゲルの外で寝そべって反芻していた羊やヤギたちをほったらかしにして、迷子の馬を探しに行った、その20分後に吹雪の強風がゲルを直撃。パニクった羊・ヤギが逃げ出したというわけ。

ほんの30分前に奥さんがウランバートルで私たちと合流したときに、「羊とヤギは柵に入れたんでしょうね」と電話で話をしてて、バチカさん、生返事で「今入れるよー」って言ってたのに・・・

夕方16時くらいから雨が雪に変わり、18時くらいには猛吹雪になってました。
ウランバートル市内では、夜22時くらいには雨も風もおさまっていたのですが、「草原の我が家」はわずか60kmくらいしか離れてないのに、ホワイトアウトで壮絶な猛吹雪とのこと。

羊やヤギに加え、さらに種オス牛・去勢した子牛たち、馬も行方不明で、それらを探しに行ったバチカさんも行方不明というかなり深刻な状況になってしまいました。

月曜日のことで、うちの4WD車がウランバートル市のナンバープレート規制に引っかかってたため、ピンクワゴンで奥さんとガナーくんが草原に帰り、私はガナーくん娘を引き取って待機、というはなしだったのですが、バチカさんも遭難の危険があるということで、夜中23時すぎに、ガナーくん弟に頼んで、救出のため、交通規制解除になった4WD車を出動させました。

道がわかりづらいということで、GPSを持って、私も道案内として同行することになったので、ガナーくん娘は夕飯を食べさせたあとで、自宅に送り届けてから、私も衣替えで奥にしまった防寒具を引っ張りだしてきました。

こういうときっていろんな悪いこと、怖いことばかり想像してしまいます。
胸がドキドキして、体がこわばり、取り返しのつかないことになったらどうしよう、と思うと、体が震えてきました。

23時半にガナーくんの弟が来てくれて、4WD車を駐車場から引っ張り出し、急いで出発。
でも吹雪で市内のここかしこで事故が起きていたため、渋滞はまだまだ解消されていませんでした。

東の道路の料金所を過ぎて20kmもしないうちに、道路はみぞれ状の雪でスリップしやすい状態になり、普通の乗用車やトラックなどがスリップ事故で横転していたり、道を塞いだまま放置されていたりして、なかなか前に進めません。

横風もすごくて、4WD車でも四駆のLという一番パワフルな状態でウンショ・ウンショという感じで一生懸命進みます、という感じ。

ホワイトアウト+思ったように速度が出ない車のせいで距離感や方向感覚も狂い始め、舗装道路からオフロードへの分岐がよくわからなくなりそうになりました。
GPS持ってきておいてよかった・・・

といいつつ、いつも目印にしている山も分岐の道の石もなにも見えません。
引っ越したばかりで、うっかりGPSのマークポイントをつけていなかったため、近くになればなるほど、どこに向かえばいいのかわからなくなって、もうパニック。

なかなか携帯電話がつながらなかったので、小高い丘の中腹ぐらいまで上がり、やっとアンテナがたったところで電話。

ガナーくんにピンクワゴンのヘッドライトで誘導してもらうことに。

真っ暗闇に横殴りの雪で視界も悪かったのですが、ピンクワゴンの小さな灯りが点滅してるのをようやく発見。

夜中の1時すぎにようやく辿り着くことができました。

ゲルがほとんど雪に埋もれていて、白い雪に白いゲルだと、わかりづらいなぁと思った次第。

長い、長い夜の始まりです。

[つづく]

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