モンゴルだるま@モンゴル語通訳・翻訳・エコツーリズム普及仕掛け人兼業遊牧民です。
肩書き長!でもほかにもいろいろ、このモンゴル国で暮らしながら、自分にできる「お役目」だと思うお仕事はなんでも精一杯かつ楽しみながらつとめさせていただいております。
さて、家畜泥棒・・・というか委託遊牧民が「勝手に家畜食べたり、売ったり、交換したりしちゃってました」事件が発覚してから、いろいろごたついております。
被害総額となると500万トゥグルグを超えちゃう・・・これは実はモンゴル国における2012年の一人あたりGDPの額を超えちゃっております。わぁ、でかい、これはでかい!!
おかげで私、只今、から欠状態。
久々に自分の財布に入っているのが小銭ばっかりという状況になりましたわ。
まだまだオフィスの公共サービス料金とか電気代・共益費などや公認会計士さんへの会計監査報酬とか支払わなければいけないものいっぱいなのに。
とまぁ、しょぼい状況で心配されるのも仕方がない。
私も、これからどうなるのかなぁ、と思ったりもしています。あはは。
もともとが節約質素な生活で、用事がないときのお出かけは財布を持たないので、今、すごく切羽詰って貧しさを意識することはないんだけど、この家畜泥棒関係のいろんな作業で行ったり来たり奔走しているガナーくんがやれ燃料代だ、やれ食料費だとやれ餌代だ、やれ石炭代だと、まぁ、いろいろお金がかかります。
一番かかるのは燃料代。外に車を置きっぱなし状態なので、何時間かごとに10分くらい暖気しないとバッテリーが上がったり、いろんな部品が凍りついてエンジンがかからなくなってしまうから仕方ないですよね。ライフラインだし。さらにいろいろ聞き込み調査してたりしますしね。
まだ牛たちが餌をもらえなかったり、虐待(-40℃以下の寒い夜に家畜小屋に入れてもらえず、防寒用カバーもとられていた)された時から完全には体力回復しきれてなくて、近くの井戸までも歩けない状況で、車で水タンクを持って行って井戸から水をわけてもらって運んでいる状態だし。
一人暮らしは自分がいかに節約するかに挑戦できるから貧乏暮らしも楽しいものですが、何人も人を雇い、養わねばならない身となっては、やはり働いて稼がなきゃいかんなぁと。
越冬用に調達したはずの薪もぜーんぶ、転売されちゃってましたからね、委託遊牧民も「化けの皮」が剥がれたとたん、思う存分の悪党三昧な暴挙の数々。やられたなぁって感じ。
なので、今は石炭をナライハ炭鉱から小売でちまちま購入してしのいでいるんですね。
「かきあつめたお金を今、必要なことに使う」という状態で、こんな自転車操業は生まれて初めてです。
多分、家畜被害については、どうも地元警察も地元村役場の家畜担当職員とやらも皆さん、「地元から犯罪者を出したくないから、うまいことまるめこんで、丸く収めちゃおう」という感じで対して動いてくれてないから、被害は被害で戻ってこない可能性高し・・・となっても仕方がない状況なわけですしね。
これからどのくらいお金が必要になるかわからないから、見通しも立てずに預金を崩し続けることは避けたいんだけど。
被害として悔しいのは、「あと2年はのびのび生きられたはずの羊ちゃんたちが30頭あまりも私が知らないところで殺されちゃった」ということですが、これも人間の傲慢なところでもある。
だって、家畜として生まれちゃったからには、いつかは「人間のために死ななきゃいけない」ので、その人間が「誰か」は家畜にとっちゃ、あんまり関係ないかもしれないもの。
そして、家畜被害届を出したあとに、さらに22頭も勝手に殺して、赤ちゃんみたいな小さいので頭数揃えてたりとか(どっから調達してきたんだろ?)、お金があるのに、ちゃんと弁償しようとする気はないみたいだなぁ、という不思議な行動とかは、周囲の遊牧民さんも含めて、みんな「お前ら、大変だなぁ」といいながら、「ほんとだよねぇ、何考えてんのかな?あはは」とか一緒に大笑いです。
種オス羊や種オス山羊を誘拐されちゃったりで、今年はあんまり子羊・子ヤギの誕生は期待できないかも・・・
それに羊・山羊の群の性別・年齢的な構成がめちゃめちゃになってしまっているので、これを本来、私たちが狙っていた状態まで回復するには、あと2-3年はかかってしまう。
ほんと笑ってる場合じゃないんです。
でも・・・私は、この件については、一切、手を引くつもりも、妥協するつもりもないと腹をくくってしまっているのです。
ここで、なぁなぁな感じで、私が諦めてしまったら、このエルデネソムはこれからもずっと、地元の人間の「家畜委託詐欺」や「家畜泥棒」という生活の基盤を揺るがす犯罪を見逃し、常習犯をのさばらせてしまう。
「なぁんだ、結局、泣き寝入りするのか」って思われた今後の私の活動がうまくいかなくなるのは明白。
徹底的に調査し、何がどうなったのかのパズルを埋めながら、委託遊牧民のロブサン&バルスボルド(通称・オラーナ)親子の」悪事を暴き、おいつめ、ちゃんと自分たちがやった犯罪の償いはしていただきます。
種オス山羊については、現在、群にいる「偽モートン」の元の持ち主が明らかになりました。
またその「偽モートン」を持ってくるにあたり、いつ、誰が、何をしたのかの証言も複数えることができました。
春、子ヤギが生まれるのを待って、ロブサン家の三男坊の子ヤギ・うちの子ヤギ・現在いる「偽モートン」それに去年の春とったカシミアのDNA鑑定をすれば真相を明らかにすることもできます。
オラーナくんがトラックを買うにあたっての仲介業者から金の流れなどもつかみつつあります。
どういう頻度で、どういう形で金を調達したのか、あるいは支払いをしたのかなどもかなり絞り込めています。
この辺は私が推理したり、リーディングで読み解きながら、捜査方針を指示し、ガナーくんがあちこちを現場で聞き込みをして、証拠を集めています。
ぶっちゃけ、地元警察よりもガナーくんの捜査能力は高い。わたし、ガナーくんのことは、普段はすぐに「めんどくさい」って不機嫌になったり、諦めたりするし、そもそも情緒不安定でとても心の弱い人だと思っていたのですが、今回は、全然へこたれません。なんかすっごいファイトとパッションを注ぎ込んで、この事件に対応してくれています。
私にとっては、被害額というのは大きいけれど、これは一生懸命にがんばって働けば、取り返せるはずだと思ってるし、実際、オラーナくんは何も持ってない(お父さん名義とか弟名義に変えちゃったから)としても、家畜泥棒や繁殖用家畜を勝手に処分することの罪の重さや悪質さは、彼らが想像しているほど「うやむやにできる軽い話」ではないそうなので、法的措置をとれば、なんらかの形で解決するはず。
みんな、証拠集めができず、泣き寝入りしているそうです。モンゴル人同士でも、さらに親戚とか親兄弟同士であっても、こうした家畜のトラブルは「ごまんとある」とのこと。
今回は、いくつか私たちのほうにも「ほころび」や「下手な一手をうっちゃった」というミスはありますが、それでも、証拠はどんどん集まっているし、協力者も想像していた以上に多い。
何よりも今回のことは、私にとっても「委託遊牧」というのがれっきとしたビジネスであり、パイロット版とはいえ、真剣勝負でビジネスとしてのお金のやりくりやビジネスプランをもってあたるべし、とか人事采配が重要でシステムをちゃんとくんで人に動いてもらうための戦略とか指示出しの重要性などを学ぶことができたのはラッキーでした。
なぁなぁでもなんとかなっちゃうってコトを進めていてはいつまでたっても「自転車操業」で「遊牧って儲からないなぁ」ってなってたかもしれないけれど、今回、いろんな遊牧民さんたちに聞き取り調査をさせていただいた過程で、モンゴル人もすごいビジネスセンスを持っているとか、損得勘定が実は上手とか、いろいろ気づいたこといっぱいでした。
こういうことって、なかなか他人事だと学べないし、構造の深いところまで理解しづらいことなのですが、すべてのビジネスでも共通してある「モンゴル人と外国人がビジネスを一緒にする」ときの問題の火種であり、構造でもあるから、しっかり最後までコミットしていこうと。
だから、大変は大変なんだけど、私はわりと、この状況を「ラッキー」ととらえているんです。
幸いなことに、今月はあんまり時間で縛られるお仕事がなかったので、いろいろ観察や考察する時間にも恵まれ、今回の犯罪構図を時系列とか人物相関図とか原因などのマッピングなどでいろいろ図式を作ってみました。こういう作業をすると、いろんなことが客観的に見えてくるんですね。
モンゴル人こわーい!っていう感じる人もいるけれど、こんな話、世界中ゴロゴロしてますもん。
モンゴル人ひどーい!というのは、まぁありますが、人それぞれの事情があり、欲望を抑えきれなくなった結果、そして、お父さんもまた同じようにして何十年も生きてきた人だったということで、「家畜泥棒」と「家畜詐欺」や寄生虫的な生活しか今までしたことがなかったのだ、ということが彼らの悲劇なんですね。そして、地元の役場関係の人たちも彼らを守り、うやむやにするのを手助けしてしまっていたから、彼らは「弁償」という形で「あるもの全て吐き出し」つつも、次のカモを見つけて、「一生遊牧民で生きたいんです」とか感動的なことをいって、同じことを続けてしまうのです。
こんなことを野放しにしてしまっているのは、やっぱり「地元意識」で「身内を守りたい」っていう優しいモンゴル人の人間関係があるから。
許すのも優しさだけど、今回は私はあきらめちゃダメだ、こんなことを続けさせちゃダメだと「心を鬼にする」覚悟を決めました。
ダメなものはダメ。自分で作った犯罪構図の資料を見ながら思います。
これは人の欲望の弱さや、金銭感覚の麻痺、そして、なによりも人生設計をしたり人生の目標や夢なんかをもって生きることを楽しむことができなくなっちゃったからこその暴走なんだと。
彼らを憎いとか、ろくでなしだから身の破滅も仕方がない、とかいうことは思ってないんです。
不思議とそういう憎悪の気持ちは全然ない。恨みというのもない。
ただ、家畜、返してほしいなぁってことだけ。特に私たちが一生懸命選んで、かなりの期待をかけて投資してゲットした種オス山羊の「モートン」は絶対どこかで生きているはずだから、返して欲しい。
彼らもちょっとずつ、ちょっとずつ、搾取しているうちに、使っちゃった額がすっごいおっきくなっちゃってびっくりなんだと思います。
家畜は大事な資産です。増やしてから使う。そして、そのときもちゃんと数年先のことを見越したうえで、どの子を潰すかを決めるなど、頭を使って資産として活用しなきゃいけないのです。
ちゃんとやることやらないのに、「欲しいもの」がいっぱい出てきちゃう。
お隣さんは持ってるのに自分は持ってない。そんなイライラ。
テレビの導入で物欲が刺激されちゃったというのも要因にあるのかもしれません。
ともかく、起こっちゃったものは起こっちゃったことだし、彼らはまったく自分たちが悪いことをしたって思ってない。欲しいからとった、何が悪い?返せ?だって、俺たちなんにも持ってないもん。どうする?警察につきだして、俺が刑務所に行けば満足なのか?と開き直っている。
あのね、そこじゃないの。家畜泥棒なんか、そんなに重罪じゃないもん。
ちゃんと弁償してくれれば、実刑判決なんかないと思うし。
地元の人たちだって、「家畜を返して早く解決しちゃいなさいよ」ってことで、うやむやにしよう、私たちを懐柔しようって頑張ってる。刑事事件になって、君が拘置所にいって、裁判してとか時間を無駄にすることなんかよりも、払うものはちゃんと払い、返すものはちゃんと返して、お互いスッキリ別れましょうよ。
それだけが私とガナーくんの目指しているゴールです。
心配していただいたり、応援のメッセージをいただいたりするのは、すごく嬉しいです。
心があったかくなるし、励みにもなります。
わたし、こんなことになっちゃってるけど、全然モンゴルのことを嫌いになったり、「だからモンゴル人は悪人ばっかりだ」なんて思ってません。
こういうゴタゴタを通じて、いろんなことを感じたり、見たり、触れたりすることがわたし自身の望んだ、ディープモンゴルなんだって。私じゃなきゃダメなんだって。
こういうことを通じて、新たな、よい人間関係も築けているからありがたいです。
なんだかんだいっても人とのつながりって、元気の源なんですね。

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肩書き長!でもほかにもいろいろ、このモンゴル国で暮らしながら、自分にできる「お役目」だと思うお仕事はなんでも精一杯かつ楽しみながらつとめさせていただいております。
さて、家畜泥棒・・・というか委託遊牧民が「勝手に家畜食べたり、売ったり、交換したりしちゃってました」事件が発覚してから、いろいろごたついております。
被害総額となると500万トゥグルグを超えちゃう・・・これは実はモンゴル国における2012年の一人あたりGDPの額を超えちゃっております。わぁ、でかい、これはでかい!!
おかげで私、只今、から欠状態。
久々に自分の財布に入っているのが小銭ばっかりという状況になりましたわ。
まだまだオフィスの公共サービス料金とか電気代・共益費などや公認会計士さんへの会計監査報酬とか支払わなければいけないものいっぱいなのに。
とまぁ、しょぼい状況で心配されるのも仕方がない。
私も、これからどうなるのかなぁ、と思ったりもしています。あはは。
もともとが節約質素な生活で、用事がないときのお出かけは財布を持たないので、今、すごく切羽詰って貧しさを意識することはないんだけど、この家畜泥棒関係のいろんな作業で行ったり来たり奔走しているガナーくんがやれ燃料代だ、やれ食料費だとやれ餌代だ、やれ石炭代だと、まぁ、いろいろお金がかかります。
一番かかるのは燃料代。外に車を置きっぱなし状態なので、何時間かごとに10分くらい暖気しないとバッテリーが上がったり、いろんな部品が凍りついてエンジンがかからなくなってしまうから仕方ないですよね。ライフラインだし。さらにいろいろ聞き込み調査してたりしますしね。
まだ牛たちが餌をもらえなかったり、虐待(-40℃以下の寒い夜に家畜小屋に入れてもらえず、防寒用カバーもとられていた)された時から完全には体力回復しきれてなくて、近くの井戸までも歩けない状況で、車で水タンクを持って行って井戸から水をわけてもらって運んでいる状態だし。
一人暮らしは自分がいかに節約するかに挑戦できるから貧乏暮らしも楽しいものですが、何人も人を雇い、養わねばならない身となっては、やはり働いて稼がなきゃいかんなぁと。
越冬用に調達したはずの薪もぜーんぶ、転売されちゃってましたからね、委託遊牧民も「化けの皮」が剥がれたとたん、思う存分の悪党三昧な暴挙の数々。やられたなぁって感じ。
なので、今は石炭をナライハ炭鉱から小売でちまちま購入してしのいでいるんですね。
「かきあつめたお金を今、必要なことに使う」という状態で、こんな自転車操業は生まれて初めてです。
多分、家畜被害については、どうも地元警察も地元村役場の家畜担当職員とやらも皆さん、「地元から犯罪者を出したくないから、うまいことまるめこんで、丸く収めちゃおう」という感じで対して動いてくれてないから、被害は被害で戻ってこない可能性高し・・・となっても仕方がない状況なわけですしね。
これからどのくらいお金が必要になるかわからないから、見通しも立てずに預金を崩し続けることは避けたいんだけど。
被害として悔しいのは、「あと2年はのびのび生きられたはずの羊ちゃんたちが30頭あまりも私が知らないところで殺されちゃった」ということですが、これも人間の傲慢なところでもある。
だって、家畜として生まれちゃったからには、いつかは「人間のために死ななきゃいけない」ので、その人間が「誰か」は家畜にとっちゃ、あんまり関係ないかもしれないもの。
そして、家畜被害届を出したあとに、さらに22頭も勝手に殺して、赤ちゃんみたいな小さいので頭数揃えてたりとか(どっから調達してきたんだろ?)、お金があるのに、ちゃんと弁償しようとする気はないみたいだなぁ、という不思議な行動とかは、周囲の遊牧民さんも含めて、みんな「お前ら、大変だなぁ」といいながら、「ほんとだよねぇ、何考えてんのかな?あはは」とか一緒に大笑いです。
種オス羊や種オス山羊を誘拐されちゃったりで、今年はあんまり子羊・子ヤギの誕生は期待できないかも・・・
それに羊・山羊の群の性別・年齢的な構成がめちゃめちゃになってしまっているので、これを本来、私たちが狙っていた状態まで回復するには、あと2-3年はかかってしまう。
ほんと笑ってる場合じゃないんです。
でも・・・私は、この件については、一切、手を引くつもりも、妥協するつもりもないと腹をくくってしまっているのです。
ここで、なぁなぁな感じで、私が諦めてしまったら、このエルデネソムはこれからもずっと、地元の人間の「家畜委託詐欺」や「家畜泥棒」という生活の基盤を揺るがす犯罪を見逃し、常習犯をのさばらせてしまう。
「なぁんだ、結局、泣き寝入りするのか」って思われた今後の私の活動がうまくいかなくなるのは明白。
徹底的に調査し、何がどうなったのかのパズルを埋めながら、委託遊牧民のロブサン&バルスボルド(通称・オラーナ)親子の」悪事を暴き、おいつめ、ちゃんと自分たちがやった犯罪の償いはしていただきます。
種オス山羊については、現在、群にいる「偽モートン」の元の持ち主が明らかになりました。
またその「偽モートン」を持ってくるにあたり、いつ、誰が、何をしたのかの証言も複数えることができました。
春、子ヤギが生まれるのを待って、ロブサン家の三男坊の子ヤギ・うちの子ヤギ・現在いる「偽モートン」それに去年の春とったカシミアのDNA鑑定をすれば真相を明らかにすることもできます。
オラーナくんがトラックを買うにあたっての仲介業者から金の流れなどもつかみつつあります。
どういう頻度で、どういう形で金を調達したのか、あるいは支払いをしたのかなどもかなり絞り込めています。
この辺は私が推理したり、リーディングで読み解きながら、捜査方針を指示し、ガナーくんがあちこちを現場で聞き込みをして、証拠を集めています。
ぶっちゃけ、地元警察よりもガナーくんの捜査能力は高い。わたし、ガナーくんのことは、普段はすぐに「めんどくさい」って不機嫌になったり、諦めたりするし、そもそも情緒不安定でとても心の弱い人だと思っていたのですが、今回は、全然へこたれません。なんかすっごいファイトとパッションを注ぎ込んで、この事件に対応してくれています。
私にとっては、被害額というのは大きいけれど、これは一生懸命にがんばって働けば、取り返せるはずだと思ってるし、実際、オラーナくんは何も持ってない(お父さん名義とか弟名義に変えちゃったから)としても、家畜泥棒や繁殖用家畜を勝手に処分することの罪の重さや悪質さは、彼らが想像しているほど「うやむやにできる軽い話」ではないそうなので、法的措置をとれば、なんらかの形で解決するはず。
みんな、証拠集めができず、泣き寝入りしているそうです。モンゴル人同士でも、さらに親戚とか親兄弟同士であっても、こうした家畜のトラブルは「ごまんとある」とのこと。
今回は、いくつか私たちのほうにも「ほころび」や「下手な一手をうっちゃった」というミスはありますが、それでも、証拠はどんどん集まっているし、協力者も想像していた以上に多い。
何よりも今回のことは、私にとっても「委託遊牧」というのがれっきとしたビジネスであり、パイロット版とはいえ、真剣勝負でビジネスとしてのお金のやりくりやビジネスプランをもってあたるべし、とか人事采配が重要でシステムをちゃんとくんで人に動いてもらうための戦略とか指示出しの重要性などを学ぶことができたのはラッキーでした。
なぁなぁでもなんとかなっちゃうってコトを進めていてはいつまでたっても「自転車操業」で「遊牧って儲からないなぁ」ってなってたかもしれないけれど、今回、いろんな遊牧民さんたちに聞き取り調査をさせていただいた過程で、モンゴル人もすごいビジネスセンスを持っているとか、損得勘定が実は上手とか、いろいろ気づいたこといっぱいでした。
こういうことって、なかなか他人事だと学べないし、構造の深いところまで理解しづらいことなのですが、すべてのビジネスでも共通してある「モンゴル人と外国人がビジネスを一緒にする」ときの問題の火種であり、構造でもあるから、しっかり最後までコミットしていこうと。
だから、大変は大変なんだけど、私はわりと、この状況を「ラッキー」ととらえているんです。
幸いなことに、今月はあんまり時間で縛られるお仕事がなかったので、いろいろ観察や考察する時間にも恵まれ、今回の犯罪構図を時系列とか人物相関図とか原因などのマッピングなどでいろいろ図式を作ってみました。こういう作業をすると、いろんなことが客観的に見えてくるんですね。
モンゴル人こわーい!っていう感じる人もいるけれど、こんな話、世界中ゴロゴロしてますもん。
モンゴル人ひどーい!というのは、まぁありますが、人それぞれの事情があり、欲望を抑えきれなくなった結果、そして、お父さんもまた同じようにして何十年も生きてきた人だったということで、「家畜泥棒」と「家畜詐欺」や寄生虫的な生活しか今までしたことがなかったのだ、ということが彼らの悲劇なんですね。そして、地元の役場関係の人たちも彼らを守り、うやむやにするのを手助けしてしまっていたから、彼らは「弁償」という形で「あるもの全て吐き出し」つつも、次のカモを見つけて、「一生遊牧民で生きたいんです」とか感動的なことをいって、同じことを続けてしまうのです。
こんなことを野放しにしてしまっているのは、やっぱり「地元意識」で「身内を守りたい」っていう優しいモンゴル人の人間関係があるから。
許すのも優しさだけど、今回は私はあきらめちゃダメだ、こんなことを続けさせちゃダメだと「心を鬼にする」覚悟を決めました。
ダメなものはダメ。自分で作った犯罪構図の資料を見ながら思います。
これは人の欲望の弱さや、金銭感覚の麻痺、そして、なによりも人生設計をしたり人生の目標や夢なんかをもって生きることを楽しむことができなくなっちゃったからこその暴走なんだと。
彼らを憎いとか、ろくでなしだから身の破滅も仕方がない、とかいうことは思ってないんです。
不思議とそういう憎悪の気持ちは全然ない。恨みというのもない。
ただ、家畜、返してほしいなぁってことだけ。特に私たちが一生懸命選んで、かなりの期待をかけて投資してゲットした種オス山羊の「モートン」は絶対どこかで生きているはずだから、返して欲しい。
彼らもちょっとずつ、ちょっとずつ、搾取しているうちに、使っちゃった額がすっごいおっきくなっちゃってびっくりなんだと思います。
家畜は大事な資産です。増やしてから使う。そして、そのときもちゃんと数年先のことを見越したうえで、どの子を潰すかを決めるなど、頭を使って資産として活用しなきゃいけないのです。
ちゃんとやることやらないのに、「欲しいもの」がいっぱい出てきちゃう。
お隣さんは持ってるのに自分は持ってない。そんなイライラ。
テレビの導入で物欲が刺激されちゃったというのも要因にあるのかもしれません。
ともかく、起こっちゃったものは起こっちゃったことだし、彼らはまったく自分たちが悪いことをしたって思ってない。欲しいからとった、何が悪い?返せ?だって、俺たちなんにも持ってないもん。どうする?警察につきだして、俺が刑務所に行けば満足なのか?と開き直っている。
あのね、そこじゃないの。家畜泥棒なんか、そんなに重罪じゃないもん。
ちゃんと弁償してくれれば、実刑判決なんかないと思うし。
地元の人たちだって、「家畜を返して早く解決しちゃいなさいよ」ってことで、うやむやにしよう、私たちを懐柔しようって頑張ってる。刑事事件になって、君が拘置所にいって、裁判してとか時間を無駄にすることなんかよりも、払うものはちゃんと払い、返すものはちゃんと返して、お互いスッキリ別れましょうよ。
それだけが私とガナーくんの目指しているゴールです。
心配していただいたり、応援のメッセージをいただいたりするのは、すごく嬉しいです。
心があったかくなるし、励みにもなります。
わたし、こんなことになっちゃってるけど、全然モンゴルのことを嫌いになったり、「だからモンゴル人は悪人ばっかりだ」なんて思ってません。
こういうゴタゴタを通じて、いろんなことを感じたり、見たり、触れたりすることがわたし自身の望んだ、ディープモンゴルなんだって。私じゃなきゃダメなんだって。
こういうことを通じて、新たな、よい人間関係も築けているからありがたいです。
なんだかんだいっても人とのつながりって、元気の源なんですね。

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