昨日、仕事の合間に読んでいた週間ワイズにこんな記事があった。

「自分の息子にナイフ当て、露天商が都知事に面会要求」

記事全文は長くなるため、要点のみ書くと、


ある露天商の女性が出産のため、持っていた露天営業権利を第三者に貸した。 出産が終わり、仕事に復帰しようと営業権利の返還を要求するも拒まれてしまう。 埒があかず、女性は区役所に赴き、営業権利の新規発給を求めるが、既存の営業権を第三者に貸与する事自体が違反行為のため、新規発給は認められず。

憤った女性は都知事への直談判を求め、1歳の息子にナイフを突きつけ騒動を起す。 駆けつけたレスキュー隊によりナイフは取り上げられ保護されたが、ニュース等で大きく取り上げられた結果、貸していた彼女の営業権は戻ってくる事となった。



貸した営業権(そもそも違反行為)が帰ってこないのは自分の責任では? とか

違反行為をしているのだから、新規発給してもらえないのも当たり前、とか

だからといって、自分の息子にナイフ(殺人未遂)?、とか

そんな正論の数々について言及するつもりはない。 確かに、この一連の騒動は我々の感覚ではありえない話なのだが、自分の過失は棚に上げ、それは無かった事にした上での怒りと不満の爆発させ方、 

すなわち、これは、逆ギレ、である。

色々な面で法整備が出来ていないタイのような国では、教科書通りのやり方では思うように物事が運ばない時が多い。 ある程度の社会的地位(もしくはカネ)があればどうにかなるような場面も、カネもなければ学もない、もちろんコネクション等あるわけもない下層を漂うタイ人にとっては死活問題となる。

不公平な世の中。

死活問題。 生きるか死ぬかである。 そんな事態まで追い詰められてしまった場合、

残された手段は実力行使しかない。

たとえ、そんな事態を作り出した根本的原因が自分にあろうとなかろうと。

生きるため、要求を相手に飲ませるためには、逆ギレだろうが、正ギレだろうが、何だってやる。

人間なんてそんなもの。

秩序の取れた社会を装っている先進国では、この方法は取りにくい。 どうしても、正論ばかり言う連中が多いからだ。結局、正論だけでは世の中回っていかないのに。 タチが悪い。

そういう意味では、タイという国はまだまだキレる事に関して寛容な国である。

黄シャツの空港占拠、赤シャツの市内占拠、等

よく考えてみるとこの国のターニングポイントとなったイベントに共通するキーワードは、いかに自分勝手にキレて、ごり押しで要求を通すか、である。

今回の露天商の逆ギレ、空港選挙、市内占拠

根本的には何も変わらない。

キレたもん勝ち。

そんな熱い国、マジな国、それがタイランド。

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