地平線の彼方に山の稜線が見える。
時刻は夕方6時。
緯度が高いから夕暮れはまだまだ先だ。

どこまでも続きそうな道をさらに10分ほど走ると、前方にゲルが一つ。
そしてその横に、さらにもう一つゲルを建てている最中だ。
草原に広がる家財道具。
車とバイクも止まっている。
私たちの乗った車は道路をはずれ、そちらへと向かって行った。

ゲル建て


出来上がった方のゲルの前に何人かの男の人たちが座っている。
車から降りると一斉に視線を感じる。
笑顔の人もいるが、ほとんどの人の表情は読めない。
ちょっと怖い。
こんなに多くの人たちと同居するのかな。
名前覚えられないかも。
仲良くやっていけるかな。
ドキドキしてきた。

チンバットとアムラーが人々と挨拶を交わし、私も数人と握手を交わした。
まだ状況が掴めなくて、所在無げに立っていると、ひとしきり話を終えたアムラーが私にもわかるようにゆっくりと話してくれる。

「ユミ、ここであなたは生活するの。だから今から一緒に働きなさい。食事の手伝いできる?こっちのゲルの中よ。女の人たちがいるから」
いきなり牛の世話と言われるよりは、料理の方がまだなんとかなりそうな気がする。
ゲルの中には年配の女性がひとりとおばあちゃん、中学生くらいの女の子がひとり。

「じゃあ、私たちは行くから。2週間後に迎えに来るわ。困ったことがあったら電話してね」
そう言うとアムラーたちはあっさりと帰って行った。
まあ、すぐ2週間後に会えるのだから、劇的な別れをする必要はもちろんないのだけれど、ちょっと心細い私にとっては、ええっ、もう行っちゃうの?という戸惑いもある。
ほんの数時間前まではアムラーたちに会うことにもドキドキしていたというのに、感覚って不思議だ。

さて、ゲルの中に入ると年配の女性が笑いかけてくれた。
「じゃあ、肉を切ってくれる?こんなふうにね」
赤身の塊肉を小さく切る。大勢の分だからかなりの量だ。

意外とこういう作業を普段していないことに気づいた。
鶏のモモ肉くらいは切るけれど、これはヤギかなあ。
小さなナイフに小さなまな板。
んー、なんとなくやりにくいなあ。

もたつきながらも、女の子と一緒に肉を切る。
「こうしたら切りやすいよ」
女の子が話しかけてくる。
外国人に興味津々といった感じで人見知りしない。
名前を聞いたけれど、なかなか覚えにくくてごめんなさい。

モンゴル人の名前は、日本人にとっては長い。
例えば横綱白鵬の本名はダワージャルガル。
さらに父親の名前を名字のように使う。
白鵬のお父さんはムンフバトさんなので、白鵬のフルネームはムンフバト・ダワージャルガルという長い名前になる。

もちろん日常的にそんな長い名前は使いにくいので、短縮形や愛称で呼ぶことが多い。
ダワージャルガルさんならダワー、ムンフバトさんならムギーとか。
身内なら幼名(子どものころだけ違う名前)を使う風習もある。

そういうわけで、ダワーさんのあとに省略されている部分がわからなかったり、ムギーとかバギーとかアギーとかボギーとか、似たような愛称の人が多かったりするので、私には正式名を知らないモンゴルの友人もたくさんいる。

再び話をゲル内に戻そう。
私の向かい側にいるおばあちゃんが何か言っている。
「○○を取って○○!」
私の近くを指さしているから、それを取ってくれということなのだろう。
「これですか?」「ちがう!」「これですか?」「ちがう!」

そういえば、前回の旅でゲル滞在したときも、いちばん使った言葉は「これですか?」だったなあ。
しかし、何のことなんだ。
ああ、おばあちゃんがイライラしてきた。

「袋だよ」
誰かの助け舟。
ずだ袋のような、土のう袋のような、大きな袋がすぐ近くにあった。
なるほど、大きな袋には別の単語があるらしい。

現地にいれば、こうやって生活の中で単語が覚えられる。
これこそ望むところである。
イライラさせたおばあちゃんには申し訳ないけれど、わくわくしている自分に気づく。

腰の曲がったおばあちゃんは、失礼を承知で言えば、ちょっと偏屈そうな感じ。
声も低くて話し方もぶっきらぼう。
そして方言もかなり上級者編と思われる。
何を言っているのか、本当にほとんどわからない。
このおばあちゃんと上手く交流できるようになれるだろうか。

乾麺と肉とじゃがいものスープが出来上がり、外に出てみると隣のゲルもほとんど出来上がっていた。
いつの間にかソドノム氏も帰って来ている。

みんなで食事をしたあと皿洗いを手伝った。
かまどに掛けられているスープを煮ていた鍋(食べ終わってからっぽ)に水を少し入れて、使ったお椀を入れてゆすぐ。
それを布巾でふきあげておしまい。
水の貴重な土地だから、できるだけ水を使わない洗い方だ。
ちょっと不衛生にも思えるけれど、湿気がほとんどないからカビが生えることもない。

夕暮れも深まり、ほとんど薄暗くなると、大勢いた人たちが帰って行った。
最初は表情の読めなかった強面のおじさんも「うちにも泊まりに来いよ」と笑って握手してくれた。
どうやらオラーンゴムから手伝いに来ていたらしい。

残ったのは、おばあちゃんとソドノム氏、それから若い夫婦と赤ちゃんだけ。
初めに出来上がっていたのがおばあちゃんとソドノム氏のゲル。
あとで出来たのが弟バトカと妻アリマーのゲルだ。
私はおばあちゃんとソドノム氏のゲルに寝泊りすることになるという。

なんとソドノム、50歳どころか私と一歳しか違わなかった。
おばあちゃんも73歳。うちの父とそんなに変わらない。
遊牧民の年齢はマイナス10歳で考えよう。


(あるがまま舎通信2013年10月号掲載、一部修正・加筆)