初詣行く? ブログネタ:初詣行く? 参加中
いよいよ2011年の足音、聴こえてきましたよー。とっとと過ぎ去れ2010年!!

信じられないことに、またもや、やられました。ドタキャン。

こんなことなら、カウントダウンパーティーとかいろいろ誘われてたのに、行っちゃえばよかったよ。

孤独な元旦から始まり、孤独なバレンタインデー、涙に暮れた国際婦人デー、ありえないでしょうの孤独な誕生日+罵詈雑言の嵐で打ちのめされた、独りぼっちのナーダム3連休、独りぼっちのクリスマス、、、そして、最後の最後のこの大晦日も独りぼっちで迎えることになりました。。。

これだけそろえば、やっぱ、精神的虐待ですよね?
こういう仕打ちしといて、恋人面ってありえないですよね?

思わず、先ほど、大声上げて年甲斐もなく、泣き崩れましたよ。
ジャーマンシェパードですら、同情して慰めてくれるっつーのに、なんだよ。

といったことも含め、なかったことにしちゃいたい2010年プライベートの涙全集。

なので、初詣は行くことにしましたー。

新しいアラフォー友達トゴローちゃんと。
モンゴル名挙げちゃったけど、実は同郷広島県人。いぇい!о(ж>▽<)y ☆

行く先は、ガンダンテグチレン寺院です!!
108トホイ(つまりは大人の肘からこぶしの関節テッペンまで)約26mの立ち大仏にお参りします。
厄払いします。

すべてのこの世の人の悲しみや苦しみから癒してくれるというご利益があるそうです。

今のハートブレイクな私にぴったりです。

といっても、泣くだけ泣いたら、なんかスッキリしちゃったんだけど・・・

でも、もうダメンズモンゴル代表はこりごりです。
くだらない彼の家族もおさらばです。

彼らにとってはたいしたことじゃないかもしれないけれど、女の賞味期限が切れた上、さらに消費期限も切れつつある私にとっては、ひとつひとつの記念日に重要な意味とか人生がカカッテタノヨ。
そういうこと、わかちあえる感性がない人は、この先付き合ってもやっぱり踏みにじられるもんね。

これは、たぶん、モンゴル人だからってことじゃないから、モンゴル人彼氏がいる女子達、気にするなー。
これは私の男選びが失敗したってだけで、こんな馬鹿男、日本にももしかしたらいるのかもしれないしー。。。

というわけで、2011年元旦の幕開けは朗らかにアラフォー女子で元気いっぱい初詣、行ってまいります。

皆様は、私の分までたっぷり大晦日、しみじみと楽しんでくださいませ。

でも、私は紅白歌合戦独り占めで、それなりに幸せです。




モンゴルだるまです。
大晦日ですねー。

年末年始にかけて、日本も大雪や吹雪、強風など大荒れみたいですね。
事故などありませんように。
年末年始を皆さんがご家族と笑顔でゆっくり過ごせますように。


さて、今日1日かけて、2010年を振り返っていきますか・・・

で、まずは大掃除の話。

途中で大洗濯にベクトルシフトしてみたのですが、そうはいってもね、、、一応、やってはみた。
それがまさか裏目に出るとは思わんかった・・・
おんぼろ棟の住民による営繕会社電話攻勢が功を奏して
我が家の集中暖房自体は、たぶん、ガンガンに効くようになったんだけど。

暖房が効くようになっても、やっぱり我が家は寒い。
台所なんか部屋そのものが冷蔵室。-4℃から0℃のあたりをいったりきたり。
まぁ、カレーがコンロの上で凍ってたのには驚愕しました。
それほどまでに深夜、しのびこむ寒気はパワフルなのです。

そして、大掃除を終えたあとは、さらに寒くなり、ついには、寝室もリビングも冷えひえになってしまった。

大学のワンゲル部時代の春合宿で鳥海山の山小屋に泊まったときを彷彿させる寒さです。

ベッドにテントなんて留学時代の大学生寮以来じゃい。

で、、、昨日、その原因が判明したが・・・
あとのまつりです。

この冬はこの寒さを耐え忍びます。
次の春には、私、モンゴル最強の耐寒女になってるはずだ。

つまり、隙間風は窓の隙間からではなく、窓枠の下とか横から入ってきていたのです。
ごちゃごちゃガラクタだらけだったときは、その隙間が埋まっていたのに、ガラクタを排除しちゃったから、障壁をなくした冷気が我が物顔に我が家に侵入してくるようになったのだった。

あぁ。。。

もう、ガラクタなんかないよ。
古新聞、捨てちゃったよ。
ボロ布も捨てちゃったよ。
使わない衣類、寄付しちゃったよ。

本とか書類は仕事で使うから、無碍なことできないよ。。。

とりあえず、トイレットペーパーつめてみたけど、あんまり意味はなさそうです。

まさか、ごちゃごちゃ状態こそが暖房の役目を果たしてたとは・・・

というのが、ちょっと残念なこと。

来年は大掃除はほどほどにしておこうっと。

で、よかったこと。

たくさんの非常食を発掘した!

今では日本食材がモンゴルの商社さんのおかげでいろいろ手に入るようになりました。
高いけどね。
大抵のものは手に入ります。

しょうゆ、味噌、ダシ、ノリ、日本米、カレーやシチューの素、レトルトパック、缶詰・・・
なんでもあるよー
私は高くて手が出せないものもいっぱいあるけど、駐在員の方には便利だと思います。

今はそういう恵まれた時代なのですが、ほんの10年前はこんなことになるなんて想像もできんかった。

で起業した2002年が終わり、2003年の春に起業後初めての一時帰国をした際に、
「いいことあったら開けて食べようっと」と
アズキ缶を購入していたのでした。

それを、2010年の年末に発掘!

さらに、、、
2006年あたりに流行ったニガリダイエットをしてみようと購入した「にがり」の小分けパック、発見。
寒天ダイエットしようと思って購入した寒天各種、発見。

・・・ぜんぜん、使ってない・・・効果ないわけや(-_-メ

よかったこと書くはずが、嫌なこと思い出しちゃった(→o←)ゞ

でも、アズキ缶は嬉しい!
さらにさらに、年越し蕎麦発見!
広島のうどんダシ発見!
鰹節発見!
のり発見!
ちらし寿司の素、発見!!

どれもこれも、「いいことあったら食べよう」とか「辛くて哀しくなったとき食べよう」とか特別な非常事態用の保存食として隠してあった保管してあった非常食です。

一部賞味期限が切れちゃっていたわけですが、消費期限は私が決める(`・ω・´)ゞ

なので、「哀しいことを乗り越えるグッズ」はそのまま封印。

ハレの日に食べる祝い事グッズである「あずき缶」を開けました。
なぜなら、「あずき缶」は今ではウランバートルならいつでもゲットできるようになったから、もうがけっぷちな気持ちでとっておく必要がなくなったからです。

最近、重宝している出来あいのレンジでチンすればすぐにふわふわになる「具なし饅頭」につけていただきました。

外からつけようが中に入ってようが、あんまんは美味しいっす。

とりあえず、隙間風に関しては、もはやガムテープで目張りしたぐらいじゃ太刀打ちできないことがわかったが、いまさらどうしようもないので、このまま、犬を抱いて乗り切る。

外では、ホームレスのおっさん達だってがんばってるんだ・・・

とわけのわからない対抗心を燃やす年末です。

いずれにせよ、まずはこの大晦日、思ったこと。

辛いこと乗り切りグッズの存在を思い出すこともなく、ここまで乗り切ることが出来たのは、支えてくださった友人・知人・先生・先輩・取引先の方々・お客様・そしてブログの読者様の応援や励ましがあったかそ。

本当に今年1年もなんとか乗り切れそうです。

しかも、2004年の12月からずーっと、モンゴルで年越しするときは私、何かしらの病を抱えて、苦しんでいたのに、今年は仕事らしい仕事をしてないせいか、すっごい快調な年越しなのです。

終わりよければすべてよし。

これも皆様方のおかげです。

まだ本日、年越しランチとか年越しデート(ほんとかなぁ・・・と未だに懐疑的)とかの合間に、思いついたこと、更新していきますよー!

まだまだ「モンゴルまるかじり」ご愛読、よろしくお願いします。

ペタしてね



就職活動について一言 ブログネタ:就職活動について一言 参加中
大学生のときは、バブルの残り火があって売り手市場だったのに、ぜんぜん就職活動しなかったモンゴルだるまです。

よく覚えていないのですが、私、、、大学卒業して1年フリーで通訳やったり、椎名さんの映画会社手伝ったり、自分で映画作らせてもらったりしていた気がする。

んで、そのあとで大学院を受けたはいいが、試験問題で大失敗したことが発覚し、「こりゃ、落ちたじゃろ」と思って、とっととJICA様の開発プロジェクトの通訳コーディネーターの仕事入れちゃってたら、先生方のお情けで、なぜか、「院も合格しちゃってた」というおまぬけ状態で、お情けで入れてもらった大学院に「休学届け」を出した、というダメ子でした。

そもそも大学の時だって、大学受験が終わったーって実家ヒロシマに高校時代の親友を引き連れて遊びに行ってて、せっかく母に「東京外大うかっとったよ」と言われても、「いやー、いかんけん、辞退届けだしとってー」って無責任に電話で言い放っておったのに、、、3月30日になって、高校の先生だの塾の先生だのにいかに「国立大学が経済的か」とか「モンゴル語が出来る人間なぞ、日本にそうおらんけん、日本一になるチャンスやぞ」とかよってたかって言われて、翻意し、「辞退届けの取り消し」のために、大学に頭を下げにいった。。。

あぁ、10年にわたって私は東京外語大に不義理しっぱなしじゃったのぉ。

そして、就職にしたってそうだった。
通訳コーディネーターとして一緒にロケに行っていたスタッフさんたちが、皆、心配してくれて、自分の得意なテレビ局さんにコネ使ってくれるとか、自分の会社入れ、とか言ってくれてたのに、ぜーんぜんまったくエンもゆかりもない会社に、エントリーして入社し、3年弱で独立してしまった・・・


職種にもよるのかもしれませんが、自分の年齢や学歴や生き様において、新卒かどうかってあんまり関係ありませんでした。女であることが不利になったってこともありませんでした。

私は私であることしかできなかったし、自分が歩んできた道を語ることしかできなかったし、私の目で見てきたこと、聞いてきたこと、出会ってきた人との間で培ってきた知識や経験しか持ってなかった。はっきり言って、モンゴル語や私が大学院で研究していた、モンゴル辺境地のトナカイ飼養狩猟民の社会的ネットワークがどうとかっていう社会経済や人類学や民俗学的なことが役に立つ職業なんか、一切なかった。

でも、不思議なことに、私三十路で新卒の人に混ざって就職活動しているっていう引け目、一度も感じたことなかったです。

私は会社に養ってもらいたくって、人生を保証してもらいたくって、その会社を受けたわけではない。
私は自分が目指す活動によって、社会参加するために、一番厳しい道を選んで、一番最底辺から這い上がって、社会や地球を見つめる目が欲しかったから、映像作品を自分で編集し、自分の企画を作品にしたかったから、テレビ製作会社に入ったのでした。

結果的に、500人くらい受験した中で最初に正規で合格したのは私だけだったそうです。
でも補欠で採られた2人のほうが、わりと長く会社にしがみついていられたと思います。

世の中、そんなもんなんでしょう。

就職試験は、人生のほんの一瞬のハードルでしかありません。

でも、その試験を受けるための助走段階として、それまでの人生を振り返り、自分の歩んできた道を見つめなおし、そして、これからどこへ向かっていくのか、本気でベクトルを定めるという、すごく充実した、濃密な、人生を賭けるにふさわしい時間をすごすことになります。

私がバブルの残り火を吹き消して、大学院時代に2回ほど厳寒期をすごしている間に、日本の景気も氷河時代になっておりました。

今も結構、すごい有効求人倍率で狭き門になっているようですが、ほんとにあなたの働くべき職場ならば、どんなに狭き門でも、どれだけ分厚い壁でも、ちゃんと普通の扉から入ることができます。
いざ、中に入ってしまえば、どってことなかったりするし、他の門を選べばよかったって思うほどの地獄があるかもしれない。

どこをどう選ぼうとも、自分は自分です。

逆に、どこの会社に選ばれなかったとしても、それはタイミングであったり、扉が違っていたりの話です。
本気で自分を見つめなおし、内なる声がささやく自分の道に導かれて一生懸命歩めば、働くべき人は働くべきところにおさまるはずです。

会社に入るのは社会的地位や給料や安定した生活のためじゃない。
会社に入るのは、仕事をし、働いて、経済活動に参加するためです。
だから、働く人たちを、社会人っていうのです。

日本の終身雇用とか一億総中流社会とかって言われて、皆、会社に入るのが当たり前って思って、入れないとあせったりするみたいだけど、会社に入るのが当たり前なんじゃなくって、働くのが当たり前なんだと思います。

だから、どういう形で働いたって、「職業に貴賎はない」っちゅう言葉通りに、日本は人を平等に社会参加させるための待遇をするべきなんです。

皆が一生懸命、自分がやりたいこと、やるべきことに丹精こめて尽くせば、ちゃんと社会的に生活できるっていう世の中にすることこそが、今の閉塞した、就職氷河期を打開する術やと思います。

菅首相は、「1に雇用、2に雇用」って叫んでたけど、それは違う、とあの時思った。今もそう思う。

ほんとは、「1に仕事、2に仕事」。仕事の創出こそが今の日本の若者や働き盛りの人たちに必要なんです。会社にとってもね。

思うように仕事が取れない、お金が稼げないから、余計な人員は取れないんです。
仕事がたくさんあれば、会社員でなくても、フリーランスでもなんぼでも仕事で忙しく、やりがいをもって働くことができるんです。

菅さんにしても、就職できないってあせってる人も、日本の経済社会も、そもそも根本が人間の幸せの根っこを見誤っている気がして仕方がない。

会社に入っても、ぜんぜん興味のない仕事を押し付けられて、奴隷みたいに人格無視されて、寝る時間も食べる時間もまともに与えられず、身を粉にして、精神が異常をきたすくらいまで追い詰められるほど一生懸命働いても、「中流社会」の生活すらおぼつかない、それでも「定職があるから幸せ」っていいはるのか?

国民それぞれに、幸せの形があり、自己実現や社会貢献の手段があっていいはずで、その幸せの形の数だけ、仕事があって、社会貢献のための門戸があっていいはずだ。

今の世の中、世界中どこだって不景気だから、会社は今雇ってる人を食わせていくだけでも精一杯ってことだってある。そうじゃない会社はどうしてうまく行っているのか?社員が働いているからです。社員が精一杯働いてもおっつかないくらいの仕事が入ってくるからです。

私、思うんですよね、仕事ができる人っていうのはもう当たり前のスペックになっちゃってて、「仕事を作れる、ひっぱってこられる」人が世の中引っ張ってく時代になってるんだって。

私もホントのこというと、40代に入っちゃって、独身で、社会保険も入ってなくって・・・日本ではもうやってけないかな、、、なんて思ってた。

だけど、最近はなんとなく思うんです。

自分が面白いって思うことが仕事になれば、それはそれで素晴らしいけれど、誰かの「やりたい」をサポートすることでも働いたことになるわけで、お金だったり、食べ物だったり、飲み物だったり、何かしらの「欲しいもの交換」はできる世の中でもあるらしいって。

就職活動をする中で、何が大事かっていったら、「自分の行きたい道を自分で決める自由」が与えられたことだと思います。だから、「皆が就職活動してるから」とか「世間があの会社がいいって言ってるから」とか「この資格とっとくと就職に有利だっていうから」なんて、人生設計の図面を引かず、ほんとのほんとに自分が生きたい道が何かを模索して、とことん、「自分の人生」を把握してしまえば、仕事とのご縁ってちゃんとつながります。

世間体は人生の救いになんかなりません。

大事なのは自分自身の意志で選び、自分の能力と情熱で掴み取る人生です。

がんばって!本気の人生を生きること。

漠然としてるけど、日本人だけじゃない、日本に留学してモンゴル国に凱旋帰国しながらもなかなか、思うような職場が決まらないモンゴル人の若い人たちもみんな一緒です。

働きたい!仕事はなんですか?

もし、入れてくれる会社がなければ、好きな仕事をするための場をどうやって作るか、真剣に作戦を考えてみましょう。

ハードルなんか、蹴倒して進んだっていいんだもん。
就職だって、新卒なんてハードルにこだわらず、ただ、前に前に、走っていけばいいと思います。

私、自分が既卒の癖して、しれっとした顔で新卒で受験して、独り勝ちした。
でも、結局、会社なんて馬鹿らしいって思って辞めちゃった。
そして、やりたいことを仕事にするために会社を作った。
会社は楽しかったし、儲かったし、仕事もうまくいっていたけど、いきなり裏切られた。
借金はなかったけれど、それまでずっと蓄積してきた預貯金ほとんどなくなった。
でもね・・・やっぱり働くのは楽しい。
そして、今は思うのです。一人で会社形態でもやってけるけど、会社っていうからには、ちゃんと社会貢献せねばならぬ。
そのためには、人を育てねばならぬ、って。

新入社員は、「会社を利用してのし上がろう」って野心に燃えていると思うけど、会社が「社員を利用して儲かろう」って思っちゃだめなんだなん、たぶん。

社員を人として育て、社会貢献ができるようにした結果として、経済活動ができるようになるんだって。。。

まだ、社員を正規採用して養えるほどの甲斐性はないけれど、人を育てるってことの責務は10年目にしてようやく経営者の責任として自覚し始めた2010年の終わりです。