毎回、速攻コメントをいただけているので、たぶん、すぐ読んでいただけると思います。

ここのところ、連日のように、我々モンゴル学者に対しての痛烈な批判、モンゴル人に対する暴言、趣旨が私だけでなく読者様にもわからぬ難解な長文コメントをいただきまして、私も対処にあぐねておりました。

読者である、アクセス数に貢献していただいている、ということですが、別に読者登録していただいているわけでもなく、ご自身のブログで書いてくださればいいのに、、、というくらいの長文のコメントを、年末のハッピー気分やあわただしい仕事に忙殺される時期に、ということに少々とはいえない苦痛を感じてきました。

私は、誰に対してもフェアでありたいと思うし、自分も含め、個人攻撃的に、その方をよくも知らずに中傷誹謗する人が苦手です。

「何様のつもり?」というのは、私もしばしば突っ込まれるところなので、ほんと、世の中を生き抜くのって難しいなぁって思いますが、私は、この20年間でのモンゴル研究の幅も深度も目覚しいものがあると思います。
また、社会主義時代やモンゴル帝国時代にも日本の方が研究のためにフィールドワークや留学を試み、そして限られた条件の中で精一杯奮闘なさってきている100年余の歴史に対しても、感動と敬意をもってやみません。
激動する歴史のそれぞれの時代をあるがままに受け止め、がむしゃらにもがき、その人なりに誠実なかけがえのないモンゴルでの経験や研究、交流を築いてきた先輩方、同輩、後輩の皆さんは、それぞれが唯一無二のモンゴルへの想いを大切に持っていらっしゃいます。

金岡先生批判にいたっては、自分も3回出席でギブアップしてしまったとはいえ、金岡先生、お父上のモンゴル・チベット仏教に関する膨大でつきつめた研究のすさまじさや造詣の深さは素晴らしいことを存じ上げていますので、大変、残念であります。

小澤重男先生に対しても呼び捨てにし、あまりのことに開いた口がふさがりません。
私より年上でご経験も豊かな方に対して、このような無礼な書き方は私も本意ではありませんが、仮にもSV(シニアボランティア 40代以上のJICA所属ボランティアのこと)を名乗る方が、このように私のブログにてモンゴルやモンゴル学に取り組む同胞を愚弄することに対し、どうしたものか?と困惑のきわみに達しました。

私は以前、愛読者であるCOCOさんのコメントを個人の方のビジネスに傷がつくかもしれぬ、との懸念から、ご本人にこのブログにて、後日ご本人に直接謝罪をしたうえで、非公開とさせていただいたことがあります。

小澤先生にしても金岡先生にしても一般書を執筆し世に出していらっしゃる学者さんなので、その著書に対して、読者が様々な感想を持ち、その中には不便で使えないとか、「時間の無駄だった、つまらぬものであった」ということがあるのは仕方ないことであります。アマゾンのレビューとかミクシィレビューとかでも辛らつなものありますもの。

言論や表現の自由といった基本的人権は尊重すべきであることは自由主義と民主主義の世の中で育った私にとっては、当たり前であり、大切な軸のひとつではありますが、今後、誹謗中傷、読者様が不快になるようなご批判、長文で難解で的を射ていないコメントはご自分のブログにて思う存分記事として更新なさっていただきたいと思います。

Strawさんがブログをちゃんと書いてくださるのなら、私は喜んで読者登録をし、記事更新のたびにチェックする熱心な読者になるでしょう。私に対して、ナニカご意見があるなり、私の記事に対してのコメントがあるならば、私自身の責任と感情、理性と時間の許す範囲でいつでも対応したいと思います。

SV,先輩、先輩の後輩のよしこ、常世なんちゃらさん、等、すべてが、アメブロIDがStrawさんであり、ご自身の身分は一切明らかにしていない、ブログを何も書いていらっしゃらない方であることが判明しました。
またJICA様のほうに対してもSVでここに書かれているような経歴の方がいらっしゃるかどうかの確認をさせていただき、また私が大変困惑と精神的苦痛を受けていることについての相談をさせていただきました。

金岡先生のモンゴルでのフィールドワークでご家族が同行なさっているものは、すべてが科研費等公的な費用を投じたものではなく、完全にプライベートなフィールドワークツアーであることも確認しましたので、誹謗中傷は許しません。ゆえに、本日いただいたコメントは非公開とさせていただきます。

モンゴル関係者であるならば、師を持たぬ独学であったとしても、先人に対する敬意というものがあってしかるべしです。
その敬意をもった上で、私達は研究という土俵の上でお互いを批判したり、先人の既存研究を上回るレベルの研究活動をするために日々切磋琢磨しております。

学生、在野、専門職の研究者、大学などの教育機関、研究機関の学者さんの身分に関係なく、私は弊社をご利用いただいている方のモンゴル研究やモンゴル語学習のサポートをさせていただいております。
中には会社設立当初からの研究サポートや環境保護活動のサポートなどもしております。

何度も私は弊社のサービスとしてモンゴル語の講座を開く用意があること、相談窓口を設けて有料サービスを行い、気が向いたときには、モンゴル語についての何か「面白そうなこと」をブログで提供していくことを表明しております。

そういったことに対しては反応はなく、私のブログのコメント欄を使って、私がブログで何を書くかについて、強要に近い表現で指示してくることは「大きなお世話」以上の愚弄です。

私、今年は1年間あんまりこういう形で怒ったことはなかったから、2010年はわりと「大人になれたかな?」と思っていましたが、ダメだ・・・

アクセス数減ってもいいや。読者減ってもいいや。

私はどんなことがあっても、モンゴルを愛し、モンゴルと共に生きていくことを誓って、この道に入ったものですから。

モンゴルについての愛情ゆえの批判はするし、シニカルな風刺はヒロシマ人のアイデンティティとして大事にしていきたい。モンゴル人とモンゴルの未来を考える人たちのために、私はこの「モンゴルまるかじり」を書いています。命がけでモンゴルとぶつかっています。全財産をつぎ込んで、この国に賭けています。
将来、そのうち、なんて関係ない。

私にとっての未来は「今・ここ」での自分のアクション、仲間とのとるアクション、モンゴル人のアクションの蓄積です。「20年後を待って」なんて冗談じゃナイ。

私は、今、この場で貧困にあえぐ人たちのためにできることはやってきたい。
物乞いでも物売りでも、幼い子供達が押し付けてくる1000-2000tgのものを買うことで、その子がパンを買えるって思ったら、自分がいらんものでも、買い取る。おかげで我が家、ウェットティッシュと塗り絵ノートには困らないくらいたまってる。
自分が裕福なわけではないけれど、タクシー2kmの距離を歩くことで、子供がパンを買えるなら、私は歩く。
小さなことで自己満足だけど、それでもいい。私の自己満足で子供がその夜夜飢えずに眠れるなら、。それでいい。

バカなダメンズだ、躾のないダメな子だといっても見捨てられないのは、そういう同情だけでなく、愛情があるからで、その葛藤が「精彩を欠いたしょぼくれた」残念な記事であると取るなら、読まなければいい。私は自分の記録として、「あるモンゴルの一日」ってことでの庶民の日常をつづっているのだから。歴史や新聞やニュースになるようなことではなく、ごくごく私の身の回りにある、ささやき声を拾い、庶民の心を伝えたいって思っているだけなのです。

コメント欄がにぎわっていたように見えたのは、なんとか私がことを荒立てぬよう、モンゴル語などの輪が広がったらいいなぁ、って思っていたからです。

豆たぬきさんが心配してくださったこと、感謝しています。

同一人物が先輩と後輩両方のふりをして、さらに別のキャラまで作って・・・
でもID一緒なのがたどれちゃうってところがお笑いでしたね。

なんかのギャグ?
私、おちょくれられていたんですかね?

いずれにせよ、この人、ほんとにSVだとしたら、、、二本松訓練所に送り返していただくか、任期短縮していただきたい。こんな失礼でモンゴルを下に見る、しかも浅薄なモンゴル語の知識で重箱の隅をつついたようなことで、モンゴル語学習を語るという姿勢の人間をJICA様が採用しているならば、国際協力に対してのレンホウ大臣の鬼のような仕分け作業で「ボランティアや無償援助」の予算を削られても仕方ないって話です。

1年以上モンゴルでSVをやっていらっしゃる方のコメントとしてはおかしいなぁと思いました。
なんといっても増えたとはいえ100人足らずです。

文章を見ていただいて、「こういうこと言う人、いらっしゃいますか?」って調整員やSV隊員ご本人様に確認することなんか簡単です。

これが噂の荒らしか・・・

以前のバッシングのほうがまだ直接怒りをもって、ばっさりできた分、気が楽でした。

私にとって、人生の根幹になる部分での「荒らし」の悪質さにはガッカリですが、まぁ、豆たぬきさんからいただいたコメントや、他の愛読者様から来たメッセージ、直接読者様と御目にかかってお話させていただいた感触で、方針決まりました。

コメントはやはり他の読者様と有益なモンゴルつながりの気持ちを共有できるもの、人生を豊かに、心を朗らかにさせていただけるものに限ることにします。

モンゴルやモンゴル専門家に何の恨みがあるのかわかりませんが、ものを学ぶということに一番大切な姿勢がかけた状態で、なんぼ努力したところで、真に心を伝えるコミュニケーションツールとしての外国語は身につきませぬ。

先人の努力に敬意を払い、乗り越えるべきは乗り越え、その上でよいものを構築していけばいい。
あるいは、まだご存命の方ならば、直接お手紙書けば、私のブログに吐き出すよりもよっぽど有益なコミュニケーションができるようになると思います。

・・・と思うわけですが、読者の皆様、いかがでしょうか?
私、過激すぎますか?
とりあえず、頭冷やしにワンコと散歩いってきまーす。


クリスマスという聖なる日の前に、モヤモヤをすっきりさせて、ワクワクすることに集中したいっておもっとるだけなんですが。。。