ブログネタ:いくら貯金があったら仕事を辞める? 参加中貯金がいくらあってもね、現金は目減りするんですわ。貯金が減ってくのって精神的にも不安になってくるですわ。特に老後のこととか考えちゃうとね。大病を患っちゃったりするとね、いくら貯金があっても意味無いじゃんって思ってしまうんだな。それに現金は確かになんにでも換えることができるんだけど、お金持ちってかなり虚しいもんですよ。
モンゴルにいると、たいした貯金持って無くてもね、お金目当てで長期滞在外国人に近寄ってくる人がうじゃうじゃいてね、結局貯金を持ってるってことが仇になって「金の切れ目が縁の切れ目」になっちゃうんです。
私も一度はひどい目に合いました。貯金溜め込んで、それを切り崩しながら自分らしい暮らしをしようなんていうのは、余裕があるようで、結構さびしいもんです。
それよりは、何かこれをやりたい!っていうビジネスを確立して、それに投資した上で、恒常的に利益をあげているほうが楽しい。
自分の好きなことだから、仕事といっても趣味の延長みたいだし、何よりも誰かの生活や人生にチャンスや支えを提供できるって気持ち的にもなんだか爽やかで善行を積んでいる気がします。
今の自分の働きで稼げるのは、多分、それほど爆発的な金額にはならないと思います。
でも、「モンゴルだるまがこの基礎を作ったんだ」っていうナニカを構築できたら素敵だなって思います。
それはお金だけではかれるものではないけれど、ある程度の基礎投資をして、そっからほどほどで、やる気がある誠実な人だけと協力しあって事業を育てるってことができれば、わりとハッピーに生きられると思います。
最初の投資額が大きくなくてもいいから、スケールの大きい、末広がりになるビジネスモデルを発明し、そして自分が暮らす地域の人たちの雇用機会とか人生哲学を考えるきっかけになれればいいなぁ。
今、モンゴルは市場経済化20年という節目で、拝金主義に振り回されています。
だから、いくら貯金があれば楽に暮らせるとかっていうことよりも、どれだけ発想力があって、実践力をもって楽しみながら一生懸命働けば、幸せに充実感を持って暮らせるかっていうことを提示したいんです。
私はモンゴル語の語学力とモンゴル全土を陸路で踏破し、トータル8年余りのモンゴルの草原での野宿だったりゲルだったりオルツやテントだったりをネグラに地元の人たちの生活文化にどっぷりつかっていた経験があります。
なので、語学力やコーディネート力を生かしてモンゴルにおける日本政府や国際機関の支援プロジェクトに関わったりするのも好きです。やりがいもあるし、なんといってもギャラがいい。
なので、このODAプロジェクトで稼いだお金を、地元モンゴルに還元するために、9年間ずっとエコツアーの普及のために使っています。
フブスグル、バヤンウルギー、ドルノゴビ、ボルガン、ヘンティー、テレルジ、オブス、ザブハン、ゴビアルタイなどなど、素敵な遊牧民さんや自然保護レンジャー、狩人の人たちと協力して、ささやかでも皆が希望が持てるようなツアーを作っていこうって足しげく通ってます。
なかなかビジネスとして儲けるところまでいかないけれど、それでも私はTry and Errorを繰り返しながら、自分が充実したいい旅ができた!って思える旅を作っています。
あんまり商品として一般向けにはならないかもしれないけれど、やっぱりモンゴルらしい魅力を満喫するための旅を作る力は私、天下一品じゃないか、と思っています。
貯金を貯めて、定年退職するまでがんばってから、旅に出よう、とか、「いくら貯まったら旅にでよう」とか思わなくたって、思い立ったが吉日。
旅に出るときは、お金関係なしにその土地に呼ばれちゃうんです。そして、そこから運命が分かれて、日常生活では考えられなかったような展開でいい感じの幸福が見つかるんです。
私が最初にモンゴルに来たときは100万円とダッフルバックひとつでスタートでした。
5年後に数千万円の資本がたまったと思ったら、モンゴル人の共同経営者に一切合切持ってかれちゃいました。私が油断していたからで、彼らの見事なその手腕には舌をまくばかり。二度と人生関わりたくないって思うくらいの痛手でしたが、いい勉強にはなりました。
彼らと縁切りをして1年余。
貯金らしい貯金はないけれど、一応、欲しいなぁ、とか必要だなぁ、とかいう物は購入できるだけの仕事がまわってくるようになりました。
まだビジネスとして確立ってほどには成長できていませんが、要は手元のお金よりも、将来手に入れるお金のための計画力、実践力を磨くことが大事であり、いくら貯まったから、仕事は辞めていいやってことにはならないと思います。
ただ、私はあまりに自由な充実感を手に入れすぎちゃったから、いくら高い給料を提示されても給料取りの生活には戻れないなぁって思います。
私がお給料というものをいただいて働いたのは3年間くらいでした。
そういう会社員生活を辞めようと思ったときの貯金は200万円も無かったんじゃないかな。
でも、仕事に縛られて、給料のために働くっていう身を削る意識でいるなら、貯金なくてもとりあえず、仕事、やめちゃえば、って思います。
逆に、定期収入があることが自分の心の安定であり、自分の人生の中心にあるって思うなら、貯金額なんか関係なく、一生懸命仕事に誠実に働き、その仕事で生まれる人間関係に感謝したり、経験が蓄積することこそがホントの豊かさなんだって生甲斐に思っていればいいと思います。
どっちが楽かっていったら、サラリーマン生活のほうが資金繰りとか税務処理とか契約履行の責任とかいろんなシガラミや、事業目標の達成とか難しいことに頭を悩ませないですむから、きっとお金的にも精神的にもチャンスの面からもお勧めな気がします。少なくとも日本人のように組織の一部として組織を育てるってことに喜びを感じられる人たちにとっては向いている暮らしです。
ちなみにモンゴル人でひとつの職場に3年以上連続してとどまれる人って3割いないんだそうです。
給料が安いっていうこともあるけれど、何よりも規則に縛られたり、責任を果たすっていうことに対してのスペックが学校教育や家庭の躾で身についていないというのも原因だと思います。
そして貯金がなくても、わりとハッピーに平気で将来を悲観することなく生きてられます。
200万円くらいの貯金があって、人生に悩んでいる人は、3年くらいモンゴルで暮らしてみると、「なんだ生きるなんて簡単ジャン」ってたくましさが身につくかもしれませんよー。
私はお金を持ってるかどうかより、自分の才能や金稼げる能力があるか、のほうが重要だと思うけどね。
モンゴルにいると、たいした貯金持って無くてもね、お金目当てで長期滞在外国人に近寄ってくる人がうじゃうじゃいてね、結局貯金を持ってるってことが仇になって「金の切れ目が縁の切れ目」になっちゃうんです。
私も一度はひどい目に合いました。貯金溜め込んで、それを切り崩しながら自分らしい暮らしをしようなんていうのは、余裕があるようで、結構さびしいもんです。
それよりは、何かこれをやりたい!っていうビジネスを確立して、それに投資した上で、恒常的に利益をあげているほうが楽しい。
自分の好きなことだから、仕事といっても趣味の延長みたいだし、何よりも誰かの生活や人生にチャンスや支えを提供できるって気持ち的にもなんだか爽やかで善行を積んでいる気がします。
今の自分の働きで稼げるのは、多分、それほど爆発的な金額にはならないと思います。
でも、「モンゴルだるまがこの基礎を作ったんだ」っていうナニカを構築できたら素敵だなって思います。
それはお金だけではかれるものではないけれど、ある程度の基礎投資をして、そっからほどほどで、やる気がある誠実な人だけと協力しあって事業を育てるってことができれば、わりとハッピーに生きられると思います。
最初の投資額が大きくなくてもいいから、スケールの大きい、末広がりになるビジネスモデルを発明し、そして自分が暮らす地域の人たちの雇用機会とか人生哲学を考えるきっかけになれればいいなぁ。
今、モンゴルは市場経済化20年という節目で、拝金主義に振り回されています。
だから、いくら貯金があれば楽に暮らせるとかっていうことよりも、どれだけ発想力があって、実践力をもって楽しみながら一生懸命働けば、幸せに充実感を持って暮らせるかっていうことを提示したいんです。
私はモンゴル語の語学力とモンゴル全土を陸路で踏破し、トータル8年余りのモンゴルの草原での野宿だったりゲルだったりオルツやテントだったりをネグラに地元の人たちの生活文化にどっぷりつかっていた経験があります。
なので、語学力やコーディネート力を生かしてモンゴルにおける日本政府や国際機関の支援プロジェクトに関わったりするのも好きです。やりがいもあるし、なんといってもギャラがいい。
なので、このODAプロジェクトで稼いだお金を、地元モンゴルに還元するために、9年間ずっとエコツアーの普及のために使っています。
フブスグル、バヤンウルギー、ドルノゴビ、ボルガン、ヘンティー、テレルジ、オブス、ザブハン、ゴビアルタイなどなど、素敵な遊牧民さんや自然保護レンジャー、狩人の人たちと協力して、ささやかでも皆が希望が持てるようなツアーを作っていこうって足しげく通ってます。
なかなかビジネスとして儲けるところまでいかないけれど、それでも私はTry and Errorを繰り返しながら、自分が充実したいい旅ができた!って思える旅を作っています。
あんまり商品として一般向けにはならないかもしれないけれど、やっぱりモンゴルらしい魅力を満喫するための旅を作る力は私、天下一品じゃないか、と思っています。
貯金を貯めて、定年退職するまでがんばってから、旅に出よう、とか、「いくら貯まったら旅にでよう」とか思わなくたって、思い立ったが吉日。
旅に出るときは、お金関係なしにその土地に呼ばれちゃうんです。そして、そこから運命が分かれて、日常生活では考えられなかったような展開でいい感じの幸福が見つかるんです。
私が最初にモンゴルに来たときは100万円とダッフルバックひとつでスタートでした。
5年後に数千万円の資本がたまったと思ったら、モンゴル人の共同経営者に一切合切持ってかれちゃいました。私が油断していたからで、彼らの見事なその手腕には舌をまくばかり。二度と人生関わりたくないって思うくらいの痛手でしたが、いい勉強にはなりました。
彼らと縁切りをして1年余。
貯金らしい貯金はないけれど、一応、欲しいなぁ、とか必要だなぁ、とかいう物は購入できるだけの仕事がまわってくるようになりました。
まだビジネスとして確立ってほどには成長できていませんが、要は手元のお金よりも、将来手に入れるお金のための計画力、実践力を磨くことが大事であり、いくら貯まったから、仕事は辞めていいやってことにはならないと思います。
ただ、私はあまりに自由な充実感を手に入れすぎちゃったから、いくら高い給料を提示されても給料取りの生活には戻れないなぁって思います。
私がお給料というものをいただいて働いたのは3年間くらいでした。
そういう会社員生活を辞めようと思ったときの貯金は200万円も無かったんじゃないかな。
でも、仕事に縛られて、給料のために働くっていう身を削る意識でいるなら、貯金なくてもとりあえず、仕事、やめちゃえば、って思います。
逆に、定期収入があることが自分の心の安定であり、自分の人生の中心にあるって思うなら、貯金額なんか関係なく、一生懸命仕事に誠実に働き、その仕事で生まれる人間関係に感謝したり、経験が蓄積することこそがホントの豊かさなんだって生甲斐に思っていればいいと思います。
どっちが楽かっていったら、サラリーマン生活のほうが資金繰りとか税務処理とか契約履行の責任とかいろんなシガラミや、事業目標の達成とか難しいことに頭を悩ませないですむから、きっとお金的にも精神的にもチャンスの面からもお勧めな気がします。少なくとも日本人のように組織の一部として組織を育てるってことに喜びを感じられる人たちにとっては向いている暮らしです。
ちなみにモンゴル人でひとつの職場に3年以上連続してとどまれる人って3割いないんだそうです。
給料が安いっていうこともあるけれど、何よりも規則に縛られたり、責任を果たすっていうことに対してのスペックが学校教育や家庭の躾で身についていないというのも原因だと思います。
そして貯金がなくても、わりとハッピーに平気で将来を悲観することなく生きてられます。
200万円くらいの貯金があって、人生に悩んでいる人は、3年くらいモンゴルで暮らしてみると、「なんだ生きるなんて簡単ジャン」ってたくましさが身につくかもしれませんよー。
私はお金を持ってるかどうかより、自分の才能や金稼げる能力があるか、のほうが重要だと思うけどね。