ブログネタ:お金、貯めてる? 参加中実は、ワタクシ、蟹座なのです。貯金が大好きなのです。この年になってくると、嫌だなぁ、と思っても、なんとなく蟹座っぽい性格であることを受け入れざるを得ないのです。
占いだと、ガナー君との相性って最悪なのです。そういえば、その前の人も、その前の前の人も、、、星占いとか四柱推命とか、いろんなもので相性が悪かった。。。
あー、ということは、やっぱり今回も・・・
と思うくらい、モンゴル人の男の人たちと私の金銭感覚は違う。
どんだけ収入が低くても、儲けがなくても、私はちょっこしでもお金を貯めようとしてしまいます。
一時期は、「お金なんざ溜め込んでも、運気がよどんでよくないぜ」とザル状態になってましたが、やっぱり性分です。
ギリギリ、の生活のさらにギリギリを極めるべく、「今、使わず、今度使う」というお金を「とっておく」のが好きなのです。
「ない袖はふれないよー」と群がるモンゴル人の強硬な誘惑や「困った、困った」だの「お金貸して」だのという「駄々漏れ」攻撃を跳ね除けつつ、がんばって、老後に備えたい!
でも、お金って溜め込みすぎるとよくないんですよ。
特にモンゴル国のような、景気がいいんだか悪いんだかよくわからず、貧困層のパーセンテージは年々増えているのに、高級車のロールスロイスだBMWだハマーだベンツだランクルだを何台も所有し、高級マンションを3軒も4軒も持って、不労所得ガンガン稼いでいる人もいる。
「働けない」「働かない」の悪循環で地べたを這いずり回るように生きている人も身近にいたりする国で、自分だけが豊かになろう、とすると、「くもの糸」の地獄におちた人々もまっつぁおなくらい、足をひっぱる輩が多いのです。
あなた、私の経済活動になーんの関係もないでしょ?貢献もしてないでしょ?
ただの、私の友達の誰かさんの兄弟の奥さんのお兄さんのお嫁さんの妹の知り合いの兄弟でしょ?
という人も、当然の権利みたいに、私がはらわたを煮え繰り返し、命を削って稼いだお金を「貸して」といいつつ、一方的に吸い取っていく・・・
嫌ですよね、こういう人。ほんと嫌。
貧乏神ってこういう人のこと?と思っちゃうくらい嫌。
モンゴルは、市場経済化を境に、いきなり金銭感覚が狂っちゃうようなインフレとか金利の暴落とか、法改正とか、「うっそー!」っていうことが相次いだので、「お金なんて・・・」と現金に対する信用度は低いんですね。金銭感覚が狂っちゃった人、多いと思います。もともと、「生きてる財産=家畜」との共存共栄で、いつでも資産が現金化でき、かつ吹雪や旱魃、家畜泥棒などの被害で、あっという間に全財産を失うこともあった人たち。
社会主義時代、都会の工場で工員をしてたりでそれなりの地位についてた人が、ソ連崩壊、モンゴル国内流通制度の崩壊で、一気に退職手当もなく失業。定期収入がいきなりゼロ。資産もなく、、、路頭に迷う、、、って壮絶な経験で、国やお金に対する信頼感がなくなっても仕方ない。それこそ90年代は「良心を売り払ってでも」と覚悟を決めない限りは貯金なんかできなかったくらいモンゴル人にとって厳しい時代だったのですから。タフな時代を生き抜き、あるいは価値観が迷走した大人たちに翻弄されて育った人たちの金銭感覚が私と違うのは当たり前です。
だから一方的に上から目線で、モンゴル人=金銭感覚ゼロって批判するのはいけないって反省しています。
モンゴルの人たちが「貯金をしない・できない」理由はいくつもあるでしょうが、銀行も倒産するし、とにかく他人が信用ならない、ってところが大きいような気がする。
だから、その時、その時の現金化しやすい、売却益が期待できるモノを購入してモノでもつ、という感覚なんでしょうね。うまく動けば、かなりの投資家ってことになります。
最初の婚約者のプロポーズの言葉は「僕には家畜がいるから、どんなに貧乏になっても飢えないんだ」というのも強烈でしたが、今のウランバートルには、「家畜も持ってない。貯金もない。財産もない。」ないないづくしでも開き直って生きている人がいっぱいです。こういう開き直りっていいような、悪いような・・・。自助努力って大事でしょ?と思うので、やっぱり、「自分でできる経済活動がないか(略奪・搾取行為は除く)」って地道な努力の道も模索してもいいんじゃない?
アジアの国って日本よりも生活コストが低いっていうイメージがあると思うのですが、モンゴルはいかんせん、生活費や日本人にとっては「日常生活に取り入れたい」と思うようなモノは割高なのです。
独り暮らしだと、節約できるのですが、扶養家族が増えると、確かに、「お金はなくても欲望は売るほどある」人たちなので、びっくりするくらい「働けど、働けど」お金が手元に残らない・・・
水が低きに流れるがごとく、人の意識は易きに流れる。
そして、金は天下のめぐりモノ。自分になければ、他人から流し込めばいい・・・そういう感じの生活観があり、「お金なんか無価値だ。」とか「お金がなくても生きていける」、「お金よりも大事なものが君には見えていないんだ」というモンゴル人たち。そういいつつ、「守銭奴」とか罵倒してる私に対する「お金」の無心が耐えないんだよなー。矛盾してません?
自分で持ってても、もっともっとって欲しくなる、と欲望管理が難しいからか?
自分が借金まみれでも、手元にちょっとでもお金があったら、友人に「借金」を申し込まれると、「なけなしの金」を貸しちゃう。その感覚は、美談ともいえるが、やっぱりお金管理のセンスがない、ともいえる。
相互扶助が相互依存と紙一重な国で日本人的に生きようとすると大変です。
宝くじに当たると、寄付と借金と投資の申し込みが殺到するそうですが、モンゴルではそんなラッキーなことがなくても、ギャラや支払いが入ってくるだけで、そんな感じになるので、かなり強い意志と自己管理能力とドライな人間関係がないと貯金は難しい。
私はもうモンゴルの企業とか誰かに投資しようとは思いませんが、自分の人生設計をしてみて、将来的に必要になりそう、というものを早めに自分が活用するために入手しておくのは悪いことじゃない、と思うようになりました。
モンゴル通貨での現金は確かに目減りする。でも今後は鉱山開発でこの為替バランス変わってくるやもしれません。お金の価値が流動的なのですから、モノの価値の判断基準をモンゴル通貨に依拠していては、たまるお金もたまりません。
流れをつかみつつ、うまくお金を運用する。
銀行に預けっぱなし、貯金しっぱなしというのは定期貯金であってもよくないかもしれません。
というのは、銀行も自分の都合で平気で定期預金ですらその利息率を変えてたり、まとめてお金を下ろせなくなっちゃったり、モンゴル通貨でしか引き下ろせない、とか言い出したり、倒産しちゃったりするからです。
地道にやってれば、今の経済活動ペースでもそれなりにお金はたまっているんだけれど、モンゴルって、「儲かってる」と見えるところから、あれこれと制度を変えてでも搾り取る、アウェイに厳しい国なので、気をつけないといけません。
貯金がたまったと「通帳眺めてうっしっし」ってことはやめました。
やっぱり何かあったときに、「ない袖はふれない!」と開き直れるくらいのカツカツさも大事です。
あとモンゴルでは未収金になっちゃう、つまりはクライアントがばっくれる、ということも少なくないので、確実に国内で受け取れるギャラはがっちり期日にもらう、というのを心がけたいです。
感覚と自分の育ってきた環境における経験だけでお金を貯めるのはそろそろ卒業したいなぁ、と思っています。
数字でちゃんと、損得勘定を目で見える形でプレゼンテーションできるようになれば、ガナー君たち、大切なモンゴル人にも「豊かになる」ための道が開けるかもしれません。
実は、、、通信教育でファイナンシャルプランナーの講座買っちゃいました。教材はほとんど全部、モンゴルまで来ています。最短3ヶ月って書いてあったけど、最長1年なのです。
だから、焦らず、自分のペースで確実に理解しながら、勉強していこうと思います。
計算とか数字が大の苦手な私ですが、こんな私が他人にわかりやすい資金計画が立てられるようになり、金融について説明できるようになったら、借金まみれで首が回らなくなって凶暴化するモンゴル人を減らすことができるかもしれない・・・借金を断るときも、剣呑にならずにすむかもしれない。
いつか日本で経済活動をすることになるかもしれないので、日本の経済感覚・金銭感覚に追いついてないとねー、という想いと、「お金を貯められないモンゴル人」にとって、「将来の人生設計を提案する」ということで、借金による人間関係の崩壊とか、一家離散とか、破産、ホームレス、貧困などを抑制できるようになったら、いいなぁ、と思っています。
日本とモンゴルでは今はいろんな制度が違うけれど、基本的なお金の運用の感覚って、お金=信用という基盤は世界共通なのだから、学んで無駄になることはないと思います。
これはリーズナブルな自己投資!と思って申し込んじゃったのですが、やらなきゃただの無駄遣いですね。そうならないように、コツコツ、関心をもってがんばろうと思います。
お金を貯める、というよりは、幸せになるためのツールを増やしていくって感覚で、楽しく経済活動に励みたいです。
ダイエットの成功の秘訣は、1人じゃなく、友達を巻き込んで一緒にがんばる、ことなんだと、「はかるだけダイエット」のNHKでやってました。「ためしてガッテン」の映像を「あさイチ」で使いまわすあたり、NHKの節約感覚もたいしたものです。
なので「預貯金」も私1人でやるのではなく、ガナー君たちモンゴル人もできる「無理なくできる貯蓄法」を編み出したいと思っています。
占いだと、ガナー君との相性って最悪なのです。そういえば、その前の人も、その前の前の人も、、、星占いとか四柱推命とか、いろんなもので相性が悪かった。。。
あー、ということは、やっぱり今回も・・・
と思うくらい、モンゴル人の男の人たちと私の金銭感覚は違う。
どんだけ収入が低くても、儲けがなくても、私はちょっこしでもお金を貯めようとしてしまいます。
一時期は、「お金なんざ溜め込んでも、運気がよどんでよくないぜ」とザル状態になってましたが、やっぱり性分です。
ギリギリ、の生活のさらにギリギリを極めるべく、「今、使わず、今度使う」というお金を「とっておく」のが好きなのです。
「ない袖はふれないよー」と群がるモンゴル人の強硬な誘惑や「困った、困った」だの「お金貸して」だのという「駄々漏れ」攻撃を跳ね除けつつ、がんばって、老後に備えたい!
でも、お金って溜め込みすぎるとよくないんですよ。
特にモンゴル国のような、景気がいいんだか悪いんだかよくわからず、貧困層のパーセンテージは年々増えているのに、高級車のロールスロイスだBMWだハマーだベンツだランクルだを何台も所有し、高級マンションを3軒も4軒も持って、不労所得ガンガン稼いでいる人もいる。
「働けない」「働かない」の悪循環で地べたを這いずり回るように生きている人も身近にいたりする国で、自分だけが豊かになろう、とすると、「くもの糸」の地獄におちた人々もまっつぁおなくらい、足をひっぱる輩が多いのです。
あなた、私の経済活動になーんの関係もないでしょ?貢献もしてないでしょ?
ただの、私の友達の誰かさんの兄弟の奥さんのお兄さんのお嫁さんの妹の知り合いの兄弟でしょ?
という人も、当然の権利みたいに、私がはらわたを煮え繰り返し、命を削って稼いだお金を「貸して」といいつつ、一方的に吸い取っていく・・・
嫌ですよね、こういう人。ほんと嫌。
貧乏神ってこういう人のこと?と思っちゃうくらい嫌。
モンゴルは、市場経済化を境に、いきなり金銭感覚が狂っちゃうようなインフレとか金利の暴落とか、法改正とか、「うっそー!」っていうことが相次いだので、「お金なんて・・・」と現金に対する信用度は低いんですね。金銭感覚が狂っちゃった人、多いと思います。もともと、「生きてる財産=家畜」との共存共栄で、いつでも資産が現金化でき、かつ吹雪や旱魃、家畜泥棒などの被害で、あっという間に全財産を失うこともあった人たち。
社会主義時代、都会の工場で工員をしてたりでそれなりの地位についてた人が、ソ連崩壊、モンゴル国内流通制度の崩壊で、一気に退職手当もなく失業。定期収入がいきなりゼロ。資産もなく、、、路頭に迷う、、、って壮絶な経験で、国やお金に対する信頼感がなくなっても仕方ない。それこそ90年代は「良心を売り払ってでも」と覚悟を決めない限りは貯金なんかできなかったくらいモンゴル人にとって厳しい時代だったのですから。タフな時代を生き抜き、あるいは価値観が迷走した大人たちに翻弄されて育った人たちの金銭感覚が私と違うのは当たり前です。
だから一方的に上から目線で、モンゴル人=金銭感覚ゼロって批判するのはいけないって反省しています。
モンゴルの人たちが「貯金をしない・できない」理由はいくつもあるでしょうが、銀行も倒産するし、とにかく他人が信用ならない、ってところが大きいような気がする。
だから、その時、その時の現金化しやすい、売却益が期待できるモノを購入してモノでもつ、という感覚なんでしょうね。うまく動けば、かなりの投資家ってことになります。
最初の婚約者のプロポーズの言葉は「僕には家畜がいるから、どんなに貧乏になっても飢えないんだ」というのも強烈でしたが、今のウランバートルには、「家畜も持ってない。貯金もない。財産もない。」ないないづくしでも開き直って生きている人がいっぱいです。こういう開き直りっていいような、悪いような・・・。自助努力って大事でしょ?と思うので、やっぱり、「自分でできる経済活動がないか(略奪・搾取行為は除く)」って地道な努力の道も模索してもいいんじゃない?
アジアの国って日本よりも生活コストが低いっていうイメージがあると思うのですが、モンゴルはいかんせん、生活費や日本人にとっては「日常生活に取り入れたい」と思うようなモノは割高なのです。
独り暮らしだと、節約できるのですが、扶養家族が増えると、確かに、「お金はなくても欲望は売るほどある」人たちなので、びっくりするくらい「働けど、働けど」お金が手元に残らない・・・
水が低きに流れるがごとく、人の意識は易きに流れる。
そして、金は天下のめぐりモノ。自分になければ、他人から流し込めばいい・・・そういう感じの生活観があり、「お金なんか無価値だ。」とか「お金がなくても生きていける」、「お金よりも大事なものが君には見えていないんだ」というモンゴル人たち。そういいつつ、「守銭奴」とか罵倒してる私に対する「お金」の無心が耐えないんだよなー。矛盾してません?
自分で持ってても、もっともっとって欲しくなる、と欲望管理が難しいからか?
自分が借金まみれでも、手元にちょっとでもお金があったら、友人に「借金」を申し込まれると、「なけなしの金」を貸しちゃう。その感覚は、美談ともいえるが、やっぱりお金管理のセンスがない、ともいえる。
相互扶助が相互依存と紙一重な国で日本人的に生きようとすると大変です。
宝くじに当たると、寄付と借金と投資の申し込みが殺到するそうですが、モンゴルではそんなラッキーなことがなくても、ギャラや支払いが入ってくるだけで、そんな感じになるので、かなり強い意志と自己管理能力とドライな人間関係がないと貯金は難しい。
私はもうモンゴルの企業とか誰かに投資しようとは思いませんが、自分の人生設計をしてみて、将来的に必要になりそう、というものを早めに自分が活用するために入手しておくのは悪いことじゃない、と思うようになりました。
モンゴル通貨での現金は確かに目減りする。でも今後は鉱山開発でこの為替バランス変わってくるやもしれません。お金の価値が流動的なのですから、モノの価値の判断基準をモンゴル通貨に依拠していては、たまるお金もたまりません。
流れをつかみつつ、うまくお金を運用する。
銀行に預けっぱなし、貯金しっぱなしというのは定期貯金であってもよくないかもしれません。
というのは、銀行も自分の都合で平気で定期預金ですらその利息率を変えてたり、まとめてお金を下ろせなくなっちゃったり、モンゴル通貨でしか引き下ろせない、とか言い出したり、倒産しちゃったりするからです。
地道にやってれば、今の経済活動ペースでもそれなりにお金はたまっているんだけれど、モンゴルって、「儲かってる」と見えるところから、あれこれと制度を変えてでも搾り取る、アウェイに厳しい国なので、気をつけないといけません。
貯金がたまったと「通帳眺めてうっしっし」ってことはやめました。
やっぱり何かあったときに、「ない袖はふれない!」と開き直れるくらいのカツカツさも大事です。
あとモンゴルでは未収金になっちゃう、つまりはクライアントがばっくれる、ということも少なくないので、確実に国内で受け取れるギャラはがっちり期日にもらう、というのを心がけたいです。
感覚と自分の育ってきた環境における経験だけでお金を貯めるのはそろそろ卒業したいなぁ、と思っています。
数字でちゃんと、損得勘定を目で見える形でプレゼンテーションできるようになれば、ガナー君たち、大切なモンゴル人にも「豊かになる」ための道が開けるかもしれません。
実は、、、通信教育でファイナンシャルプランナーの講座買っちゃいました。教材はほとんど全部、モンゴルまで来ています。最短3ヶ月って書いてあったけど、最長1年なのです。
だから、焦らず、自分のペースで確実に理解しながら、勉強していこうと思います。
計算とか数字が大の苦手な私ですが、こんな私が他人にわかりやすい資金計画が立てられるようになり、金融について説明できるようになったら、借金まみれで首が回らなくなって凶暴化するモンゴル人を減らすことができるかもしれない・・・借金を断るときも、剣呑にならずにすむかもしれない。
いつか日本で経済活動をすることになるかもしれないので、日本の経済感覚・金銭感覚に追いついてないとねー、という想いと、「お金を貯められないモンゴル人」にとって、「将来の人生設計を提案する」ということで、借金による人間関係の崩壊とか、一家離散とか、破産、ホームレス、貧困などを抑制できるようになったら、いいなぁ、と思っています。
日本とモンゴルでは今はいろんな制度が違うけれど、基本的なお金の運用の感覚って、お金=信用という基盤は世界共通なのだから、学んで無駄になることはないと思います。
これはリーズナブルな自己投資!と思って申し込んじゃったのですが、やらなきゃただの無駄遣いですね。そうならないように、コツコツ、関心をもってがんばろうと思います。
お金を貯める、というよりは、幸せになるためのツールを増やしていくって感覚で、楽しく経済活動に励みたいです。
ダイエットの成功の秘訣は、1人じゃなく、友達を巻き込んで一緒にがんばる、ことなんだと、「はかるだけダイエット」のNHKでやってました。「ためしてガッテン」の映像を「あさイチ」で使いまわすあたり、NHKの節約感覚もたいしたものです。
なので「預貯金」も私1人でやるのではなく、ガナー君たちモンゴル人もできる「無理なくできる貯蓄法」を編み出したいと思っています。