5月末に予定していた「モンゴル桜花見ラクダトレッキング」が、延期になりました。
5月15日に予定されていた在留邦人の集まりも延期になりました。
来週末のツアーガイドの話も全然話が入ってこないので、別の用事をいれちゃいました。
なんとなくぽっかりあいちゃった感じの5月。
遊牧作業はいろいろありますが、現金収入がどーんと入ってくる、という感じでもなく、冬の支出分の埋め合わせができるかどうかって感じですからね、まだまだ家畜で食ってけるって感触はありません。
とはいえ、なんとなくマッタリしてたんですよね。
仕事、このままずーっとなかったらどうしよう、って焦ることもなく。
ビジネスとか集客とか考えると、やばい、何か動かねば、とアクションを起こすべきだったのかもしれないのですが、「私、ぼーっとのんびり暇してます」って素直にブログとかTwitterとかで暴露しちゃってるほうが、よい仕事が舞い込んでくるんですよね。
私は昔からリバティなタイプで、マイペースを大事にしてしまいます。
自分の心の奥からの衝動があれば、それこそ朝から晩までがむしゃらにがっついてがんばれるんだけど、モチベーションがなくなっちゃうと、いくら報酬が高いとかステイタスとかネームバリューが上がるとか付加価値がついている仕事でも、「請けられない」ってへたれてしまう。
「請けたくない話」というのは、タイミングの問題だったりするんですね。
自分をできるだけ空っぽに、財布もおなかも空腹状態にして、「そろそろ動かなきゃいかん」という気力が持ち上がってくるタイミングで、「まとまった仕事」がどこからともなく舞い込んで来る。
なぜだかわかりませんが、18歳で通訳の仕事を始めた頃からそうなんです。
こんなことしたいなぁ、とか、なんとなく興味がわいて図書館でぱらぱらめくった本や、なんとなくチェックしたネットサイトでハマるテーマに食いついているときに、ちょうど関連した仕事が舞い込んでくる。
がつがつと営業とか集客とかってがんばろうとすると、潮が引くようにお客さまも寄り付かない感じ。
アベレージをキープして常に仕事をしているという状態は、向いてないんでしょうね。
モンゴル人も私のようなタイプの人、ウランバートルには多いような気がします。
定職についていないほうが、むしろ収入が多いタイプ。
「何でも屋」とか「便利屋さん」みたいな感じで、友達が多い人たち。
もちろん、数多くいるモンゴル人の知り合いの中には、大企業の経営をしていたり、起業してどんどん会社を拡大して活躍している人もいます。
ただ、気軽に友達づきあいが長続きしている、っていうのは、やっぱりどこか「プー太郎」みたいな感じの人たちです。
「ニート」とか「ひきこもり」というのとはちょっと違う。
コンピューターのプログラムができたり、印刷物やウェブのデザインが得意だったり、車の修理や家の水周りの修理、内装工事や家具作りなんかができたり、車の運転が上手だったり、まぁ、いろいろ。
ジョーカー的に「常にこの役割」で働くのは嫌だけど、オールマイティだったり。
気まぐれなアーティスト肌というか、欲があまりないため、家族との時間とか自分がのんびりできる時間のほうが大事で、収入にあった生活をすることを好むタイプですね。
遊牧民タイプってところでしょうか。
私は、狩猟民タイプですね。
普段は、ぼーっとしてるのが好きで、ろくでもない暇つぶしばかりをしていたりするけれど、獲物と出会ったら、昼夜を問わず、しとめるまでくらいつく。
大学院生の大半を狩猟を生業としている人たちの集落に住み込みで調査をし、狩猟にもくっついていったりしていたからでしょうか?
刹那的に自分の勘と技術を頼りにギリギリのところで勝負するテンションを大事にしたいと思っています。
普段の私は「ぐーたらママ」で、だらしない。
バイオリズムというか何かの加減で、「掃除しなきゃ」とか思い立って家事に精を出したりします。いつもって習慣づけができないんだよなぁ。
大きな、まとまったお仕事の話が舞い込んでくるときは、ぐーたら度が最高潮に達して、「このままだと、人間がダメになる」くらいに緩みきったときと大体一致しているのです。
これもまた、自分の宿命なのかもしれません。
もう不惑を意識せよって年齢になってるのだから、いいかげん「安定」を求めたいとか冬の間は思っていたのですが、やっぱり性分って年齢ごときでは変わらんのね。
ともあれ、まとまった仕事が入ったのだから、きちんとスケジュールをつくり、コツコツ体制に入ります。
スカイプやツィッターをビジネスツールとして活用しているアメブロガーの方も多くいらっしゃって、私も愛読しているんですが、確かに、こりゃ便利で効率もよろしいです。
自分に時間の余裕があるときしかスカイプもツイッターもやりませんから、そういうところで仕事の種をまいておくというのは、やはりオンラインでばしっとご縁が出来たとき、いい形で仕事の流れを作れます。
というわけで、遊牧生活専念、とまではいかないかな。。。
ガナー君が「ナーダムまで休養」宣言をされちゃったので、ぽつぽつある旅行手配の仕事とカシミアで食いつなぐしかないか、、、と思っていたところに、「ナーダム前までに仕上げる」という仕事が入ってきた、というのも巡り合わせでしょう。
通訳も翻訳もコーディネーターも、サービス業で、「誰かが必要」と頼ってくれたときに、フットワーク軽やかに「はいよ」と引き受ける、というほうが、広告宣伝や営業活動でがっついて「なんでも格安で引き受けます」なんて安請け合いして疲弊するよりも、よい仕事を集中してできる・・・
仕事がしょっちゅうないほうがいい、なんて会社、おかしいよね。
でも、そのマッタリ感が、「3年以上経営が続く中小零細企業は25%以下」というモンゴルで9年間、それなりにちょっぴりずつでも前年度よりは仕事量も収入も上向きっていう口コミとご縁頼りで会社を存続させられた秘訣かもしれぬ。
業績が下がったからといって落ち込んだりしない。焦ったりしない。
ガナー君によく言われます。
「君がお金がない、お金がないって言ったところで、財布が空っぽになるってことはありえないんだから」って。
そんな風に傲慢に「仕事なんかいつでもやろうと思ったらできるわよ」とは思えません。
「仕事欲しい!」ってがっつくとうまくいかない、って苦い経験を積んでしまっているから、逆に、「仕事が欲しい」と思わないようになったのです。
仕事として請けるというのが前提であることが望ましいのですが、まずは自分の精神状態をニュートラルにして、いかに平常心を保つか、いかに仕事がないときの自分を鍛えるか、が大切なのでしょう。
在留邦人の多くが、何かしらのミッションを持って、日々がんばっていらっしゃいます。
私ほど、ぼーっとマイペースで好きなこと中心でのらりくらりとしている人は少ないと思います。
日々のがんばりはきっと報われる。でも、私はダメなんだなあ。
持続的に発展するためには、緩急とか高低とか潮の満ち干のようなリズムがないと生きられません。
こういう風にとりあえず、また数ヶ月は生きられることに感謝です。
暇暇状態であったことに感謝。
予定が延びちゃったことに感謝。
お話をいただけたことに感謝。
謹んでお仕事をおしいただき、がーっとがんばるぞ。

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5月15日に予定されていた在留邦人の集まりも延期になりました。
来週末のツアーガイドの話も全然話が入ってこないので、別の用事をいれちゃいました。
なんとなくぽっかりあいちゃった感じの5月。
遊牧作業はいろいろありますが、現金収入がどーんと入ってくる、という感じでもなく、冬の支出分の埋め合わせができるかどうかって感じですからね、まだまだ家畜で食ってけるって感触はありません。
とはいえ、なんとなくマッタリしてたんですよね。
仕事、このままずーっとなかったらどうしよう、って焦ることもなく。
ビジネスとか集客とか考えると、やばい、何か動かねば、とアクションを起こすべきだったのかもしれないのですが、「私、ぼーっとのんびり暇してます」って素直にブログとかTwitterとかで暴露しちゃってるほうが、よい仕事が舞い込んでくるんですよね。
私は昔からリバティなタイプで、マイペースを大事にしてしまいます。
自分の心の奥からの衝動があれば、それこそ朝から晩までがむしゃらにがっついてがんばれるんだけど、モチベーションがなくなっちゃうと、いくら報酬が高いとかステイタスとかネームバリューが上がるとか付加価値がついている仕事でも、「請けられない」ってへたれてしまう。
「請けたくない話」というのは、タイミングの問題だったりするんですね。
自分をできるだけ空っぽに、財布もおなかも空腹状態にして、「そろそろ動かなきゃいかん」という気力が持ち上がってくるタイミングで、「まとまった仕事」がどこからともなく舞い込んで来る。
なぜだかわかりませんが、18歳で通訳の仕事を始めた頃からそうなんです。
こんなことしたいなぁ、とか、なんとなく興味がわいて図書館でぱらぱらめくった本や、なんとなくチェックしたネットサイトでハマるテーマに食いついているときに、ちょうど関連した仕事が舞い込んでくる。
がつがつと営業とか集客とかってがんばろうとすると、潮が引くようにお客さまも寄り付かない感じ。
アベレージをキープして常に仕事をしているという状態は、向いてないんでしょうね。
モンゴル人も私のようなタイプの人、ウランバートルには多いような気がします。
定職についていないほうが、むしろ収入が多いタイプ。
「何でも屋」とか「便利屋さん」みたいな感じで、友達が多い人たち。
もちろん、数多くいるモンゴル人の知り合いの中には、大企業の経営をしていたり、起業してどんどん会社を拡大して活躍している人もいます。
ただ、気軽に友達づきあいが長続きしている、っていうのは、やっぱりどこか「プー太郎」みたいな感じの人たちです。
「ニート」とか「ひきこもり」というのとはちょっと違う。
コンピューターのプログラムができたり、印刷物やウェブのデザインが得意だったり、車の修理や家の水周りの修理、内装工事や家具作りなんかができたり、車の運転が上手だったり、まぁ、いろいろ。
ジョーカー的に「常にこの役割」で働くのは嫌だけど、オールマイティだったり。
気まぐれなアーティスト肌というか、欲があまりないため、家族との時間とか自分がのんびりできる時間のほうが大事で、収入にあった生活をすることを好むタイプですね。
遊牧民タイプってところでしょうか。
私は、狩猟民タイプですね。
普段は、ぼーっとしてるのが好きで、ろくでもない暇つぶしばかりをしていたりするけれど、獲物と出会ったら、昼夜を問わず、しとめるまでくらいつく。
大学院生の大半を狩猟を生業としている人たちの集落に住み込みで調査をし、狩猟にもくっついていったりしていたからでしょうか?
刹那的に自分の勘と技術を頼りにギリギリのところで勝負するテンションを大事にしたいと思っています。
普段の私は「ぐーたらママ」で、だらしない。
バイオリズムというか何かの加減で、「掃除しなきゃ」とか思い立って家事に精を出したりします。いつもって習慣づけができないんだよなぁ。
大きな、まとまったお仕事の話が舞い込んでくるときは、ぐーたら度が最高潮に達して、「このままだと、人間がダメになる」くらいに緩みきったときと大体一致しているのです。
これもまた、自分の宿命なのかもしれません。
もう不惑を意識せよって年齢になってるのだから、いいかげん「安定」を求めたいとか冬の間は思っていたのですが、やっぱり性分って年齢ごときでは変わらんのね。
ともあれ、まとまった仕事が入ったのだから、きちんとスケジュールをつくり、コツコツ体制に入ります。
スカイプやツィッターをビジネスツールとして活用しているアメブロガーの方も多くいらっしゃって、私も愛読しているんですが、確かに、こりゃ便利で効率もよろしいです。
自分に時間の余裕があるときしかスカイプもツイッターもやりませんから、そういうところで仕事の種をまいておくというのは、やはりオンラインでばしっとご縁が出来たとき、いい形で仕事の流れを作れます。
というわけで、遊牧生活専念、とまではいかないかな。。。
ガナー君が「ナーダムまで休養」宣言をされちゃったので、ぽつぽつある旅行手配の仕事とカシミアで食いつなぐしかないか、、、と思っていたところに、「ナーダム前までに仕上げる」という仕事が入ってきた、というのも巡り合わせでしょう。
通訳も翻訳もコーディネーターも、サービス業で、「誰かが必要」と頼ってくれたときに、フットワーク軽やかに「はいよ」と引き受ける、というほうが、広告宣伝や営業活動でがっついて「なんでも格安で引き受けます」なんて安請け合いして疲弊するよりも、よい仕事を集中してできる・・・
仕事がしょっちゅうないほうがいい、なんて会社、おかしいよね。
でも、そのマッタリ感が、「3年以上経営が続く中小零細企業は25%以下」というモンゴルで9年間、それなりにちょっぴりずつでも前年度よりは仕事量も収入も上向きっていう口コミとご縁頼りで会社を存続させられた秘訣かもしれぬ。
業績が下がったからといって落ち込んだりしない。焦ったりしない。
ガナー君によく言われます。
「君がお金がない、お金がないって言ったところで、財布が空っぽになるってことはありえないんだから」って。
そんな風に傲慢に「仕事なんかいつでもやろうと思ったらできるわよ」とは思えません。
「仕事欲しい!」ってがっつくとうまくいかない、って苦い経験を積んでしまっているから、逆に、「仕事が欲しい」と思わないようになったのです。
仕事として請けるというのが前提であることが望ましいのですが、まずは自分の精神状態をニュートラルにして、いかに平常心を保つか、いかに仕事がないときの自分を鍛えるか、が大切なのでしょう。
在留邦人の多くが、何かしらのミッションを持って、日々がんばっていらっしゃいます。
私ほど、ぼーっとマイペースで好きなこと中心でのらりくらりとしている人は少ないと思います。
日々のがんばりはきっと報われる。でも、私はダメなんだなあ。
持続的に発展するためには、緩急とか高低とか潮の満ち干のようなリズムがないと生きられません。
こういう風にとりあえず、また数ヶ月は生きられることに感謝です。
暇暇状態であったことに感謝。
予定が延びちゃったことに感謝。
お話をいただけたことに感謝。
謹んでお仕事をおしいただき、がーっとがんばるぞ。
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