昨日、4月5日月曜日の「公約実現を要求する市民連合(仮称)」のデモ集会は混乱も無く、予定通りに実施されました。
神聖さをあらわす青い絹の布「ハダク」を首に巻いた、このデモ集会の主催者である市民団体のリーダー格が2時過ぎに国会議事堂内に入り、国会官房庁に要求書を提出したそうです。
モンゴル各地のアイマグセンターでも県庁所在地近くにある広場での集会が行われました。特に保守党が強いオブス県でも集会が実施された、ということに、国会議員の「ばらまき公約」とともに、外交戦略的経済鉱区であるオユートルゴイ、タワントルゴイといった、モンゴル国民の冬の生活や工場の心臓部ともいえる燃料である石炭炭鉱、世界的にも貴重な金、ウラン、石油鉱脈などの鉱山開発の国際協約の不平等性や「金のあるものに翻弄される」自主独立の危機に対する関心の高さがうかがえました。
今回のデモ集会に対しては、「根も葉もないことを主張し、国会議員の名誉を汚し、社会を混乱させるロビイスト」たちの言葉に翻弄されるな、といった国会議員からの意見や、「市民の声」として、デモ集会主催者たちのプライバシーや名誉をメタメタにするようなビラが配られたり、ということもあり、集会当日もいつもより多くの警官が配備されていました。
要求書を提出してから、ウランバートルでは、ウランバートル市役所にリーダーたちが赴き「スフバートル広場で72時間のピケをはるためのゲルとテントを設置する許可」の申請手続きをしました。事前に連絡をしていたため、この申請は滞りなく受理されました。
しかし、地方の人民革命党が強い地域では、集会、デモ行進も警察や行政が許可を与えない、アピールをするための拡声器やマイクの電源を使えないようにする、など体制側の妨害も数多くあったようです。
今も、公には発表されていませんが、ひそかな「テロ対策」ともいえる「厳戒態勢」がしかれていて、ゲルのパーツあるいはゲル本体を積んだトラックや、密閉式の冷蔵車のようなトラックは、のきなみ交通警察にとめられ、かなりしつこい車内・車外検査を受けています。
今回の主張のすべてが通るとも思わないし、ちょっと無茶じゃない?と思うアピールもありますが、それでも、民主主義の名の下に、一般市民が政府や国会議員といった国家権力に対して、「公約を守れ」とか「国家の自主独立を尊重し死守せよ」とデモ集会といった形でアピールをし、国会に要求をつきつける、ということが可能になった、ということは、モンゴル民主化20年間によって、勝ち得た市民の自由や「自分で考える頭」が浸透してきたこととして喜んでもいいこと、のような気がします。
マスコミがくすぶった批判をするだけでなく、日本だって、もっともっと怒ったっていいはずです。
日本のマスコミがどこでどうとったのかわからない数字発表の「支持率」がどうの、ということよりも、じゃあ、どうすりゃいいんじゃい!!ってことを国民の声としてまとめられる人がいない、っていうことが、日本の行き詰まりを感じる今日この頃です。

にほんブログ村主張が正しいかどうかって、今、すぐにはわからないけれど、まずは「Speak out」できるってことが民主主義のいいところだって、そして、その人権を行使するのがどれだけ勇気がいることかって、今回のデモにかける主催者たちの意気込みやマスコミの扱いで実感しました。
神聖さをあらわす青い絹の布「ハダク」を首に巻いた、このデモ集会の主催者である市民団体のリーダー格が2時過ぎに国会議事堂内に入り、国会官房庁に要求書を提出したそうです。
モンゴル各地のアイマグセンターでも県庁所在地近くにある広場での集会が行われました。特に保守党が強いオブス県でも集会が実施された、ということに、国会議員の「ばらまき公約」とともに、外交戦略的経済鉱区であるオユートルゴイ、タワントルゴイといった、モンゴル国民の冬の生活や工場の心臓部ともいえる燃料である石炭炭鉱、世界的にも貴重な金、ウラン、石油鉱脈などの鉱山開発の国際協約の不平等性や「金のあるものに翻弄される」自主独立の危機に対する関心の高さがうかがえました。
今回のデモ集会に対しては、「根も葉もないことを主張し、国会議員の名誉を汚し、社会を混乱させるロビイスト」たちの言葉に翻弄されるな、といった国会議員からの意見や、「市民の声」として、デモ集会主催者たちのプライバシーや名誉をメタメタにするようなビラが配られたり、ということもあり、集会当日もいつもより多くの警官が配備されていました。
要求書を提出してから、ウランバートルでは、ウランバートル市役所にリーダーたちが赴き「スフバートル広場で72時間のピケをはるためのゲルとテントを設置する許可」の申請手続きをしました。事前に連絡をしていたため、この申請は滞りなく受理されました。
しかし、地方の人民革命党が強い地域では、集会、デモ行進も警察や行政が許可を与えない、アピールをするための拡声器やマイクの電源を使えないようにする、など体制側の妨害も数多くあったようです。
今も、公には発表されていませんが、ひそかな「テロ対策」ともいえる「厳戒態勢」がしかれていて、ゲルのパーツあるいはゲル本体を積んだトラックや、密閉式の冷蔵車のようなトラックは、のきなみ交通警察にとめられ、かなりしつこい車内・車外検査を受けています。
今回の主張のすべてが通るとも思わないし、ちょっと無茶じゃない?と思うアピールもありますが、それでも、民主主義の名の下に、一般市民が政府や国会議員といった国家権力に対して、「公約を守れ」とか「国家の自主独立を尊重し死守せよ」とデモ集会といった形でアピールをし、国会に要求をつきつける、ということが可能になった、ということは、モンゴル民主化20年間によって、勝ち得た市民の自由や「自分で考える頭」が浸透してきたこととして喜んでもいいこと、のような気がします。
マスコミがくすぶった批判をするだけでなく、日本だって、もっともっと怒ったっていいはずです。
日本のマスコミがどこでどうとったのかわからない数字発表の「支持率」がどうの、ということよりも、じゃあ、どうすりゃいいんじゃい!!ってことを国民の声としてまとめられる人がいない、っていうことが、日本の行き詰まりを感じる今日この頃です。
にほんブログ村主張が正しいかどうかって、今、すぐにはわからないけれど、まずは「Speak out」できるってことが民主主義のいいところだって、そして、その人権を行使するのがどれだけ勇気がいることかって、今回のデモにかける主催者たちの意気込みやマスコミの扱いで実感しました。