先程、アップした記事に、早速、中国領土内のモンゴル民族自治区・内モンゴル自治区のご出身と思われる方からコメントをいただきました。

モンゴル民族の場合、独立国としてわれらがモンゴル国がありますが、その周辺には、中国領土内に内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区、青海省等、ロシア連邦内のブリヤート共和国、カルムイク共和国、トゥバ共和国等、アフガニスタンのハザラ族(もはやモンゴル語の片鱗も残っていないとも言われてますが)などに居住しており、さらにモンゴル国、中国領土からのモンゴル民族は欧米諸国、韓国、日本等に出稼ぎやら留学やら国際結婚やらで実に世界中に散らばっております。

そして、問題のホーミーについても、これがモンゴル独自か?というと、、、うーん・・・

アルタイ山脈周辺の騎馬民族たちには、この倍音を様々なやりかたで出す唱法は広く分布していたのです。

実際、日本にも、日本ホーメイ協会なるものがあり、トゥバ民族からのホーメイ(ホーミーに酷似)を習得した人たちが中心で設立されてて、モンゴルのホーミーを学んだ人たちとの間で、「ホーミー」か「ホーメイ」か、でどっちが「正統派」か、なんてもめるので、統一して「喉歌」という言葉であつかっているのです。

つまりは、モンゴル国のモンゴル人たちが、「ホーミーはわれわれ独自の文化であり、それを中国が横取りした」と主張することは、ある意味、もっともなんだけれど、もっともっと広い意味で、この「喉歌」というものに慣れ親しんだ耳としては、「おいおい、トゥバ人だって、ロシア連邦内の共和国(もとは自治共和国)だけど、ホーメイは俺たちのものって思ってるのでは・・・」と思っちゃうのです。

じゃあ、どこが発祥の地か?ということになるわけですが、どれが古い形か、ということでかなり調査検証をする必要があるでしょう。中国側は、もう登録承認された、と発表があった、ということでモンゴル国でも大騒ぎになったのですが、今、モンゴル側はユネスコに対して、登録の妥当性の再検討のための調査依頼を即時に出して、その対応をまっている状態です。

例えば、モンゴル国では、私たちのような観光業者のうたい文句で、「ホーミー発祥の地」とか「ホーミーの村」として、元関脇・旭鷲山バトバヤルの出身ってこともあり、ホブドアイマグのチャンドマニソムは、ホーミー人口がやたらと高いってことで、ホーミー国際会議や国際ホーミーフェスティバルなどを開催してきました。
こうした活動も世界遺産にモンゴル伝統の民謡として認めてもらうための地道な宣伝普及活動だったのです。

モンゴル国の無形文化遺産としては、ホーミーに先駆けて、馬頭琴(モリンホール)、オルティンドーが登録承認されていますが、オルティンドーについては、内モンゴル自治区などに居住している部族(ヤスタン)等の独自の民謡も含まれるということを尊重し、モンゴル主体でありながら、中国・モンゴルの国際的な登録としたのです。

ホーミーもまたそのような動きで進めていたはずが・・・蓋をあけてみれば・・・

この事実は、モンゴルのホーミー歌手の第一人者が国際民謡コンサートに参加しようとした際に、「ホーミーは中国の民謡ということで登録されているから」とエントリーを断られた、というところから騒動として勃発したのです。

とりあえず、モンゴル側は今はことを荒立てず、とにかくユネスコに自分たちの正当性を主張しながら、再調査を依頼し、その結果を待つ、という状態で、中国側との外交的な摩擦をさけようと対処しています。

国連の活動、ことにユネスコのような教育や文化といったものに関わる機関ですら、外交政治の道具として様々な根回しやら政治力の行使などが行われているということは、とても残念です。

でも、日本では、世界の民謡として、ホーミーはモンゴルの民謡として記載登録されています。
「音の世界遺産」なんて言い方で売り出されてもいるのです。

唱法としての「ホーミー」がモンゴル独自のものである、と主張して、中国の暴挙に抗議するならば、モンゴルはまた、トゥバ共和国、アルタイ共和国などの騎馬民族の末裔たちが継承してきている倍音唱法も尊重しなければ、いけないし、「井の中の蛙」であってはならない、と思うのです。

モンゴルの中国に対する、「モンゴル文化を死守」ぐらいの強い立場で意識しているのは、やはり隣接する大国であり、紀元前からの攻防の歴史がDNAレベルで受け継がれているからなのかしら?

たとえば、急にボヤントオハー国際空港というきわめてローカルな地名を冠にしていたモンゴルの国際空港が、「チンギスハーン国際空港」に変わったのも、中国の内モンゴル自治区の空港に「チンギスハーン」の名前をつけた空港ができそうだ、という情報から国際空港となると、同じ名前を使うことができない、ということで急遽、改変することになったのです。

モンゴル内モンゴル自治区オルドスには、「チンギス霊廟」なるものがあり、チンギスハーン、ここに眠る、という「歴史的事実」を作ってきたけれど、今現在も、チンギスハーンはおろか、モンゴル帝国の歴代ハーンたちの陵墓はまだひとつも見つかっていません。もう20年近く地道に続けられている日本モンゴル合同学術調査によって、テムジンがチンギスハーンとしてモンゴルを統一し帝国の長として認められ即位したヘンティーアイマグのフドゥーアラル近辺で文献等の根拠もあるチンギスハーンの先祖の霊廟跡が発見されました。これをもって、どっちの霊廟が「正統」というものでもありません。私はモンゴル民族ではないし、外野がやいのやいのといわずとも、学術調査によって明らかにされるでしょう。
フドゥーアラルは、チンギスハーンが即位した場所として、大きなモニュメントなども作られていますが、「オルドス」の「霊廟」の仰々しさや観光地としての整備のされ方に比べると、しょぼいのです。かなり道路整備がされて交通の便がよくなった、とはいうものの、舗装道路を外れて100km弱もがたごとする、しかも、そのモニュメント以外は、まだ調査中であるため、発掘調査をしたあとは、跡形もなくきれいに埋め戻しちゃうから、素人さんがちゃんと説明もできないガイドに連れられて現地にいっても、なかなか想像しにくいんですよね。

まぁ、観光地化されていない、というのは素朴さも含め、モンゴルの魅力なんだけれど、ようやく「モンゴル国内の遺跡、文化的遺産の保護・保全・修復」の見直し、重要視されてきているってところなんですよね。だからこそ、「世界遺産に登録される」ということはモンゴル人たちにとって、すごく「ステイタス」なのです。世界遺産めぐりっていう根強いファンは、世界中にいますからね。

ホーミー、オルティンドー、モリンホールは確かにモンゴルのすばらしい文化です。社会主義時代で、民族主義的なものをないがしろに、、、というときですら、この3つの文化は、モンゴルを代表する伝統芸術・芸能として国内外にアピールされてきたものです。だからこそ、守りたいって気持ちが強いんだと思います。といいつつ。。。ホーミーなどは、90年代はホーミー歌手自体がとても少なかったです。100人いなかったと思います。それが、最近は、モリンホール&ホーミーの組み合わせで習う人はモンゴル人、外国人が増えています。
特に、日本はモリンホール&ホーミー奏者にとっては、とても「おいしい」市場なので、「日本語・モリンホール&ホーミー教えます」っていう個人教授講座、グループレッスンの広告も最近はずいぶんよく見かけるようになってきました。

ホーミー騒動はほんと、どうなっていくのか、いろんな意味で関心がありますが、「他人のふりみてわがふり直せ」です。中国のやり方に憤るならば、モンゴル人もまた、独立国家であるってことにあぐらをかかず周辺のモンゴル民族やホーミー等同じ源流の文化を共有する騎馬民族の末裔たちのことをも顧みて、チンギスハーン的な壮大な視点で自分たちのアイデンティティを意識していくことが平和的解決をひっぱりだせるんじゃないかしら、と考えます。

また詳細、教えてくださいね。私も仕事が一段落したら、調べてみたいです。

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