にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
にほんブログ村


ほしいもの我慢する?買う? ブログネタ:ほしいもの我慢する?買う? 参加中

欲しいものを、買うかどうか、は即決すべきではない、というルールを自分に課しています。

「高いから買うのを我慢しよう」という場合は、「じゃあ、どのくらいの期間、我慢すればいいの?」ということを検討したうえで、買うのをあきらめるか、我慢するかを決めることにしています。
どうしても買いたいもの、というのは、商品を見てから欲しい、買いたい、と思うのではなく、常日頃、「欲しいもの」のイメージを具体的に思い描いていて、そのものずばりに「出会えた」時に生じる物欲です。なので、日ごろから自分にとって必要なものが何か?必要なものは何か?を思い描いています。そして、いろんなものの相場を眺めたり、調べたりしては、「自分が欲しいものは一体いくらぐらいするものなのだろうか?」ということを把握しています。

こういうものの欲しがり方って、モンゴル人に話しても、ピンとこないみたい。
「ふーん、すごいね」とは言われるけれど、あんまり共感してくれません。がっかり。

モンゴル人って、「あれが欲しい。」「これを買いたい」といっているものが、高級マンションとかランドクルーザーみたいな高級車など、結構でかい買い物だったりするし、ローン制やクレジットカードを使って、すごい派手な買い物をしている。そして、多くのウランバートルっ子たちが借金の返済をどうしようってあえいでいる。

日本に遅れること数年。モンゴルでもビジネス成功書とかロバート・キヨサキさんの「金持ち父さんシリーズ」のモンゴル語翻訳版が大ヒットしました。「欲しいものをまず手に入れてから、そこから不労所得を手に入れていく。借金しても、ちゃんとその買い物(不動産)が正しいものなら、ちゃんと資産がお金を生んでくれる。そしてもっと大きなものを買えるようになる。だから最初から自分の手元にキャッシュがなくても、お金持ちになることは可能だ」という考え方は、お金はないけれど、野望と物欲はたっぷり持ってるモンゴル人に大うけだったのです。


モンゴル人の人たちがよく言う言葉「借金のないモンゴル人はいない」。

金持ち父さん的「勝ち組」富裕層になっている人たち、あるいはそう見える人たちでも、実際は、結構、銀行からの融資をうけてビジネスを経営しているらしい。だから、意外と安定的なビジネスをして成功している人は少ない。預金利息がよいから、一番の確実な財テクは定期預金だったりするけれど、インフレも最近はすごいので、現地通貨での定期預金は年利が20%とかでも、あんまりお得感がないから、外貨を手にするチャンスが少ないモンゴル人は、あまり預金に期待していない。

中流以下の人たちの場合の借金は、住宅ローン、自動車ローンといったちょっとした資産をゲットするためで、銀行のローンが利用できるようにするために、大手のチェーン店グループを持つデパートとかのメンバーズカードを作ってたりします。あるいは生活費。

モンゴル人の友達を持つ日本人の人だったら、「あー、よくあるある」って心当たりあるでしょう。
「ちょっと100ドル貸して。」とか「ちょっと3,000トゥグルグ貸して」とか。借用書も返済期限なども明確なものがなく、でも「友達なんだから貸してくれるのが当然でしょ」ってな雰囲気でとても気軽に「貸して」といってくる。最初の小額のときは、ちゃんときっちり返して、いかにも義理堅い性格と生活態度であるかのように振る舞い、徐々に借りる金額を増やしていく。
そして、そのうち3000ドルとか5000ドルとか、かなりまとまった金額の無心をしてくる。

モンゴル人の友人ではなく、私たち外国人に対して借金の「お願い」をしてくるのはなぜか?といえば、「モンゴルで長く暮らしている日本人(外国人)は金をまとめて持ってきているが、すぐに使うってことはしないで、計画的に預金している。」と知っているから。1年以上の長期滞在をしている私たちのような外国人は、自分の預金口座をドルやトゥグルグで持っているし、「もしも」のときのために、ある程度まとまった額を定期預金にしていたりするものなのです。
そして、外国人で「雇われ」あるいは、「駐在」できている人は確実に日本から高い給料をもらっている、ってことも織り込み済み。

他の国の外国人に比べて日本人は、「友情」とか「生活にとても困っている」という頼られ方をしたときに「No」というのが苦手だ、ということもモンゴル人はちゃんと知っているのです。

そして外国人に不義理をしたところで、裁判で訴えられても、あの手、この手で、「ホーム」のモンゴル人のほうが有利である、ってこととか、そもそも日本人は「友人とのいざこざを警察沙汰や裁判沙汰にする」ということが嫌いだし、面倒くさいと思っている、ということもわかっています。そして、借用書なども公証役場(ノタリアット Notary)での手続きをしていないと証拠としての根拠が弱いことや、裁判所命令が出たとしても、生活苦で手元にお金がないってことだったら、結局返済義務から逃れる、という判決も出る可能性があるってこともわかってる。

もちろん、最初っから「返すつもりなく借りる」わけではない。でも、そもそもが計画性がないから、彼らが立てる超楽観的な計画は、計画通りには進まず、したがってお金も計画通りになんか返ってこない。そのうち逆ギレして、「ないものはない」とケツをまくってくることもいとわない。だって、私たちは外国人だから、いくら外国人がほざいたところで、モンゴル人はモンゴル人の味方だって高をくくっているのだ。

そういう人たちと一緒に暮らしていて、ストレスなく自分のペースでお金をためたり、使ったりって難しいんですよね。正直いって。

実は私もかなり苦手なんです。預貯金、お金を増やすとか稼ぐのは嫌いじゃないし、苦手じゃない。むしろ、自分がおかれた立場や環境、条件などを考えると、かなり資金繰りは得意なほうだ。

でも、金食い虫のモンゴル人が近くにいると、うかつに、「自分がお金を持っている、あるいは稼いでいる」というのをひけらかしたりするのはよくない。たとえ、夫婦同然、家族同然だったとしても。
自分が欲しいものを買えない、買わないっていのはストレスでござる。

2007年6月から始まったモンゴル人との闘争で、私はモンゴルだったらマンション一棟建てられるくらいのお金を失った。ちょっとずつ、ちょっとずつの金の無心に、大柄に「ま、しょうがないなぁ」とか、彼らのベンチャービジネスを応援して、恩を着せようとか、いろいろスケベ心もあった。自分もお金の必要がでて、「早く返せ」と強引に迫ったこともある。自分のビジネスは紆余曲折、クレーマー攻撃とか、細かい失敗などはあったけれど、それなりに順調に仕事をとることができるようになり、軌道にのってきた、、、。モンゴル人に金を貸しても返ってこないようである、民間の預金融資組合(ハトガラムジ ゼーリン ホルショー)などは利息が高いから預金は簡単に増やせるけれど、自分の預金をすぐには引き出せないようだ、という不安がダンダン芽生え、実際、私の元共同経営者は、この預金融資組合の経営者でもあったので、そこに応援する気持ちや簡単な財テクなつもりで預けていたけれど、数十万ドル規模に預金額が膨れ上がったとき、それはゼロと同然で、何も引き出せなくなってしまっていた。「今、全部融資に金を出してしまっていて手元に金がない」といういいわけが何度も繰り返され、そのうち、「利息分を記帳するから預金通帳をもってこい」といい、そして、「一日で記帳しきれないから後で届ける」という話になった。記帳してから後で届けてくれる、というのはよくあったので、そのときは信用して、というか無理くり納得して引き下がった。それから、「これから通帳を届ける」といっても「途中で用事ができた」とか言い出したり、そのうち、事務所自体がどこかに移っていた。「だまされた」と気づいたけれど、共同経営者だし、ご両親も知り合いだし、まさか、そんな。。。とそれでも信じていた。

そのうち脅された。数万ドル分の借金もついでにチャラにしろ、ということを迫られ、にっちもさっちもいかなくなる。ビザの延長もできなくなる。犬の散歩中に暴走してきた車にひかれそうになること数度。

弁護士に相談するも、弁護士自体が相手方に寝返った。

当時のお金は欲しいものは何でも買えるだけのものがあったけど、私には、そのとき、欲しい、買いたい、と思えるものがなかったから、預金という贅肉を溜め込んでいた。そして、それは気がついたら泡のように消えていた。もちろん、物理的に消えたわけじゃない。いつの間にか、モンゴル人のルールでモンゴル人のやり方で、所有権が強制移動されちゃってたのだ。

そんなわけで、私は、物欲っていうのはある意味大事だと気がついたのです。お金はためるものではなく使うものだ、と。

でも、欲しいもののために借金をしてまで、とは思えないのです。今でも。
投資的な意味での冒険でも、借金してまですることはしたくない。借金はしない、それが私のルールです。

本当に欲しいものだけを確実にゲットする方法。
それは、まず欲しいもの、というのが何かをハッキリさせることです。

欲しいものは何?
なぜ、それが欲しいの?
それを手に入れて、どうやって使うの?
それを手に入れて、使ったら、自分はどういう幸せを手に入れるの?
それを手に入れたとき、どんなリスクをしょいこむことになるの?
それを手に入れたら、私以外の誰が幸せになるの?楽になるの?
それをいつ、手に入れたいの?
それをいつまでに手に入れなきゃいけないの?
それをどうやって手に入れたいの?
それを手に入れたときの幸せが最高潮!っていうタイミングはいつ?
こんな風に、いくつもの質問を自分に課し、そしてその答えを紙に書き付けていくのです。

そして、自分が今稼いでいるお金、手元にあるお金、すぐに売ることができる資産(流動資産)などがどんなものがあるのかをリストアップします。
そして、そのリストアップしたもので、今、活用しているもの、重要度、入手難易度などをさらにリストアップしていきます。
いらない、と思ったものを手放してお金にかえたら、自分が欲しいものは手に入るのだろうか?と考えてみる。自分が欲しい、と今思って手に入れようとしているモノは、今、自分の手元にあるものを交換する価値があるのかどうかを検討してみます。
今、自分の手元にあるものがどのような経緯でどんな風にして自分の手元にやってきたのか、自分がどうやって手に入れたのかを思い出してみます。

そうやって考えていくとね、意外とお金で買えるものを購入するのは簡単な気がするのです。
他のアジア諸国に比べれば生活費は高いと思いますが、それでも私は清貧が好きなので、水道光熱費もほとんどが最低レベルに抑えることができます。
ちょっとの贅沢が外食だったけれど、今は腎臓病からの高血圧など付随する生活習慣病の恐れがたくさんあるので控えるようになっています。
だから、お金も稼いでいる限り、確実にプラスで生活できるのです。

ガナー君もこの冬は仕事をして稼いでいたから、生活費の一部は負担してもらっているし、子狐の養育費も基本的には食材費と衣類以外はガナー君が負担しています(っていってもほんのちょっぴりだけど)。家畜の維持とかいろいろお金はかかるけれど、基本的に、命に関わるお金は惜しむべきではない、というお金の使い方の原則を増やしました。

独り暮らしのときのお金の使い方と家族ができてからの使い方は変化するもんなのですね。

そして、仕事に対しての投資の仕方も。今まで自分が自分のビジネスに対して投資してきたスタイルは間違っていない、と思います。間違っていたのは、モンゴル人経営パートナー選び。スタート地点で間違っていたのだからえらそうなことはいえませんが、とにかく2年あまりをかけて、100%外資系企業として再出発し、金銭面での縁切りも完結させました。

これから必要になることは、四輪駆動車と半牧半X確立のための投資です。

フォーティーズになるっつーことで、ちょっと自分が身に着ける衣類なども少しクオリティの高いちゃんとしたフォーマルなものを増やしていこうと思っています。

そして、ダイエット。ちゃんとした健康体を手に入れたい。
お金をかけるべき方法とお金をかけなくてもよい方法。
精神的、内面的な部分を鍛えることと肉体的、外面的な部分のそぎ落とすべきところをよく検討しようと思います。

クレジットカードでの買い物をなるべく控えよう、インターネットでの通販を控えよう、と思っています。

インターネットやブログでの、広告、ビジネスノウハウやダイエット等の自称「コーチ」や「コンサルタント」という人たちのブログは大体文章構造がおんなじ。説得の仕方なども結局、一緒ジャン・・・
王道はそういうもんだ、ってこともあるのだろうけれど、最初の数ヶ月は面白く、「よくこんなにネタがあるなあ」と興味深く、勉強になるなぁ、刺激になるなぁと思ってたけれど、結局、半年過ぎぐらいになると「なぁんだ繰り返しジャン」というか、結局は、「お金をひっぱる」っていうのが目的なんだから、こんなものだよね、、、と見えてくる。そして、じゃあ、お金を支払った先になにがあるの?というのも、実は見えてきてしまうのです。

それ、ほんとに自分が欲しいと思ってたもの?
冷静に考えると、今の自分の生活で必要ってわけではないかもしれないなぁ。無料のブログで読めるところで十分だ、って思えたら、それはもういらないもの、なのです。

本当に欲しい!っていうものは、「欲しい」ではなく「ほんとに必要だ」という切実さがなければやっぱりいつまでも、欲しがり続けることはできないのです。
そして、ほんとに欲しくて、必要なものって、切実で、本気でゲットのための計画や可能性を検討するようになるのです。「ここを切り詰めれば」とか「あそこを我慢すれば」ってぎりぎりまで自分の「欲しい」を際立たせるための節約方法に知恵を絞るようになる。

節約だけでなく、「使うところで使う」というタイミングも見極められるようになります。

高値すぎる・・・ってものの場合は、あきらめます、というか、今までは、自分の手が届かない、ってほどの荒唐無稽なものを欲しがったことがありません。夢がちっせーってことなのかもしれないけれど。

「欲しい」という気持ちって長くて1年くらいしか持たない気がします。そもそも「欲しがりません、勝つまでは」っていう精神なのです。「勝つ」っていう勝負の対象がなにか?といったら、自分自身の無駄遣い体質だったり、逆境だったりするんですね。

どばーん!と大きな夢を見る前に、今は目の前の難題だらけの「小さな幸せ」をどうやって育むか、というところで必死です。

幸せの積み重ねがお金で買える物をたくさん買い与えることにはつながらないって継子・子狐との付き合いで、挫折感と共に思い知らされている毎日です。私にとって、子狐が欲しがるものを買い与えることなんか、難しいことではない。「実母と暮らしたい」って彼女の夢以外はね。でも、いくら私が買い与えても、一度、ドカン!と雷を落とせば元の木阿弥の冷え切った関係に逆戻りなのです。
つまりはお金を使うことで幸せを作ることはできない、満足感を得られないってことなのです。
欲しい、ほしいって思う飢餓感を解消するためには、その欲しいものを得るまでのプロセスも含めて、理想的な、ドラマティックなものであることが重要なのです。

車が欲しい、ならば、いろいろ相場を調べてみる。手ごろな値段の車があった、とする。
でも、焦って買わないほうがいい。本来の値段に比べてズガーンと安いものは、それなりの理由があるってにらんだほうがいい。となってくると、結局、ちゃんと信用がおけるディーラーが輸入してくる「新車」の購入が理想的ってことになる。でも、そうなると、4LDKの新築アパートが買えるくらいの値段になっちゃう。

さて、今の水漏れおんぼろ隙間風中古マンションから新築4LDKの高級マンションに引っ越すほうがお得じゃない?とかって比較の気持ちが生まれてくる。

では、とマンションの価格検討に入ってみる。

その高級マンションに暮らす自分たちを想像してみる・・・
うまく想像ができなくなる。

むしろ、草原の暮らしのほうが幸せそうじゃない?ってなってくる。

想像の軸がぶれてるってことは、「ほんとに欲しいもの」ではないってことがわかってくるのです。

ほんとに欲しいものじゃないけれど、「今持ってるお金で買える」ってものを購入すると、後が大変です。

実際、去年9月の家畜購入は、失敗といえば失敗です。タイミングが悪く、準備もお金だけではすませられないものが多すぎました。
今朝現在で購入当初260頭-6頭+7頭(なぜかはわからないけれど移動中に迷子がまざりこんでいた)で、移動後は、261頭になり、そこから、この冬に40頭ほどが死にました。15%の損失は覚悟していましたが、20%弱の損失となってしまいました。来週以降は、羊やヤギが出産シーズンを迎えます。ここで生まれた子畜を確実に育て、肉なり毛なりカシミアなりの現金収入にしなければいけません。資産的には結構損失、赤字状態なのですが、それでもかけがえのない経験を得ることができました。といいつつ、「牧畜は金がかかる上に、現金収入を得られるのは、シーズン性が強い」という自分が学生時代から持っていた定説は、間違いではなかった、ということがわかったのです。
でも、大学院時代、「羊・ヤギ100頭からの素人遊牧民の自立経営シナリオ」という仮説をその3倍弱の260頭からスタートさせているのですから、3年後には自立採算が取れる牧畜経営のモデルにせねばなりません。

欲しいものを手に入れるのを「今、持っているお金」と照らし合わせて考えて、あきらめるというのも、我慢して先送りするっていうのももったいないって思います。特にモンゴルのような環境だと、「今、あるいいもの」が「明日もある」と言う保証はないのです。ドル相場や石油価格によって変動する物価は、高くなることすらあれ、安くなることはない。トゥグルグ安状況は、民主化・市場経済化以降ずっと続いている傾向ですが、昨年末からスタートした経済戦略的鉱山開発による国際ビジネスの成り行き次第では、そのうち、トゥグルグ高になる日が繰るかもしれません。
でも、デフレって輸入品中心生活だと、やっぱり考えられないって思うんですよね。円高・ドル高のときはトゥグルグベースで考え、円安・ドル安のときは円ベース、ドルベースで考えると、やっぱりモンゴルって他のアジア諸国に比べると物価高っていう状況は続きます。

お金を無駄遣いせず、適切に活用していくためには、自分のライフスタイルをどうしたいのか、理想的な自分はどんな私なのか、ってことを自問自答し、リストアップしたり、ほんとに「いいもの」というクオリティベースでの物欲の刺激の仕方とか目利きできる判断力も鍛えていかないといけません。


モンゴル人は、1990年までは「与えられるモノ」を手に入れることで物欲を満たし、1990年代前半までは、物不足と言う強烈な飢餓感やインフレにあえぎながら、「手に入れるものは何が何でも手に入れる」とか「金を手にして何ぼ」というそれまでなかった露骨な人間的本能に従った物欲に支配されてきました。21世紀になって、「勝ち組」の人たちは、不動産や高級車に目覚め、そして2005年以降は、海外旅行(買出しツアーじゃない、純粋な観光やリゾートへの旅)がはやるようになりました。マズローの5段階欲求そのものだ・・・
といいつつも、私は今のモンゴル国内外に暮らすモンゴル人が、「ホントのホントに」長い目で見てモンゴル人にとって必要なものを欲しがっているようには見えません。なまじ裕福になって、資本主義的な消費物欲に振り回されている、成金っぽい感じがあって、なんとなーく、「いいなー」と素直にあこがれることができません。

その辺が、我慢と清貧をよし、として生きてきた私が、「お金を有効活用する」ための物欲をなかなか刺激しきれず、ふらふらとした無駄遣いというか「小金使い」をしちゃう原因かもしれません。


小金使いの最たるものがゴムボート。これを活用するためには、かなづちのガナー君や子狐を水泳教室に通わせる必要がある。。。まぁ、ゴムボート遊びに絶好の河川や湖はいくらでもあるから、無駄遣いにはならないって思うんだけどね。

聖書のレビ記にある収入の10%の献金。それと10%プラスαの税金を取り除き、生活費を除いた、さらにその残りの10%を預金に回していれば、ほんとに欲しいものと、自分の手元にある活用できる資産のバランスは結構理想的なものになっていくようです。

私はもっと上手に「欲しがる」ことを覚えたほうがよい、と思います。

逆に私の周りのモンゴル人たちは「欲しいものを我慢する」習慣を早急に身につけて欲しいと思います。ほんとに必要じゃないのに、コマーシャルとか「あの人が持ってる」みたいな誘導のされかたで生まれた物欲なんかに振り回されないようにしていただきたい。特に、ガナー君!テレビショッピングにかじりついて、「おー!これ、便利!!欲しい」とかっていつも叫んでいます。

便利そう、ぐらいの欲しがりものは、実生活では「必要ない」ですから。






All About「ストレス」買い物にはまりやすい人への3つの提案
All About「節約」ご褒美貧乏に気を付けろ!


にほんブログ村 海外生活ブログ モンゴル情報へ
にほんブログ村長々しい文章を最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。ついでに別ウィンドウで開く「モンゴル情報ブログ」にぽちっと一票応援していただけたことに感謝です。