今日は、モンゴル人力士・横綱・朝青龍の進退を決める重要な横綱審議委員会の臨時委員会だぁ、と昨日、おとといあたりの新聞からモンゴルの日刊紙でも、話題もちきり、という感じでした。
ちょっと仕事で職場を留守にしている間に、横審の決定はあっという間に出てしまったようで・・・
モンゴル人スタッフから、「朝青龍、引退だって」と聞かされました。
引退会見のニュースのほうを先に知ったのですが、「引退勧告」と前後したみたいですね。
勧告書を受ける前に、「自ら進退を決した」ということで、どうやら横綱の地位を泥まみれにして、相撲界から追放、という最悪シナリオは免れたようですね。
身代わり被害者として名乗りでたあげく辞任することになった日本人マネージャーさんや、膨大な示談金を得たといわれる「ホントの被害者」の男性の示談話や示談書も、結局、横審では通用しない、ということで、それ以上の追及を免れない、という状況になる前に、、、「潔く」ってことなのでしょうね。
速報で入ってきた、読売新聞社のオンラインニュースの記事から、前後して、入ってきたニュースを引用転載させていただきます。
後ほど、こちらでの反応などについての記事を更新します。
朝青龍が引退表明、暴行問題で(2010年2月4日15時10分 読売新聞)
引退を表明した朝青龍、左手前は高砂親方(4日午後、東京・両国国技館で)
大相撲で歴代3位の優勝25回を果たしたモンゴル出身の横綱朝青龍(本名・ドルゴルスレン・ダグワドルジ)(29)(高砂部屋)が4日午後、現役引退を表明した。
1月の初場所開催中に都内で泥酔した上、男性の顔を殴ってけがをさせた責任を自ら取った。同日、両国国技館で開かれた日本相撲協会理事会で事情聴取を受けた後、引退を決断した。
横綱は「(理事会で)世間を騒がせたという意見があった。今は晴れたような気持ち」と語った。
朝青龍は日本国籍を取得しておらず、相撲協会に残ることはできない。
1999年初場所が初土俵の朝青龍は、2003年初場所で連続優勝を飾ってモンゴル出身初の横綱に昇進した。抜群の運動神経を生かしたスピード相撲が観衆を魅了。大鵬の6場所を抜く、7場所連続優勝も達成した。
だが、力量とは対照的に常に品格問題がつきまとった。07年名古屋場所後、地方巡業を休場してモンゴルに無断帰国し、サッカーに興じていたことが発覚して問題となり、相撲協会から2場所連続出場停止処分を受けた。
(2010年2月4日15時10分 読売新聞)
朝青龍に横審初の「引退勧告書」2010年19時20分の記事
朝青龍
横綱審議委員会(横審)は4日の臨時委員会で、朝青龍が横綱としての体面を汚したとして鶴田卓彦委員長名義の「引退勧告書」を武蔵川理事長に出した。
勧告書は「示談の成立は当事者間の和解に過ぎない。横綱に対する国民の期待に背いた責任を免れるものではない」と、今回の不祥事が及ぼした社会的影響を重くみた。
1950年設立の横審が、引退勧告に踏み込んだのは初めて。横審の内規は、出席委員の3分の2以上による決議で「激励・注意・引退勧告等」ができると定めており、今回は欠席者が1人いたものの満場一致だったという。
横審が勧告書をしたためたのは、委員会前の両国国技館内。書面作成と午前中の理事会に先立ち、鶴田委員長は「委員の大半が厳しい意見だ」と、理事長に口頭で伝達していた。横審の意向は、理事会の議論の行方や横綱の決断に影響を及ぼしたとみられる。
鶴田委員長は、暴行を受けたとされる一般男性の鼻の傷(大きさ1ミリ)を撮影したビデオと写真の存在を知ったと明かしたうえで「刑事事件にするべき話。国民の目線で見たら許して頂けないと思った」と説明。
沢村田之助委員は「横綱が(勧告書を受けてではなく)自分から引退届を出したのは立派」と語った。
(2010年2月4日19時20分 読売新聞)

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ちょっと仕事で職場を留守にしている間に、横審の決定はあっという間に出てしまったようで・・・
モンゴル人スタッフから、「朝青龍、引退だって」と聞かされました。
引退会見のニュースのほうを先に知ったのですが、「引退勧告」と前後したみたいですね。
勧告書を受ける前に、「自ら進退を決した」ということで、どうやら横綱の地位を泥まみれにして、相撲界から追放、という最悪シナリオは免れたようですね。
身代わり被害者として名乗りでたあげく辞任することになった日本人マネージャーさんや、膨大な示談金を得たといわれる「ホントの被害者」の男性の示談話や示談書も、結局、横審では通用しない、ということで、それ以上の追及を免れない、という状況になる前に、、、「潔く」ってことなのでしょうね。
速報で入ってきた、読売新聞社のオンラインニュースの記事から、前後して、入ってきたニュースを引用転載させていただきます。
後ほど、こちらでの反応などについての記事を更新します。
朝青龍が引退表明、暴行問題で(2010年2月4日15時10分 読売新聞)
引退を表明した朝青龍、左手前は高砂親方(4日午後、東京・両国国技館で)
大相撲で歴代3位の優勝25回を果たしたモンゴル出身の横綱朝青龍(本名・ドルゴルスレン・ダグワドルジ)(29)(高砂部屋)が4日午後、現役引退を表明した。
1月の初場所開催中に都内で泥酔した上、男性の顔を殴ってけがをさせた責任を自ら取った。同日、両国国技館で開かれた日本相撲協会理事会で事情聴取を受けた後、引退を決断した。
横綱は「(理事会で)世間を騒がせたという意見があった。今は晴れたような気持ち」と語った。
朝青龍は日本国籍を取得しておらず、相撲協会に残ることはできない。
1999年初場所が初土俵の朝青龍は、2003年初場所で連続優勝を飾ってモンゴル出身初の横綱に昇進した。抜群の運動神経を生かしたスピード相撲が観衆を魅了。大鵬の6場所を抜く、7場所連続優勝も達成した。
だが、力量とは対照的に常に品格問題がつきまとった。07年名古屋場所後、地方巡業を休場してモンゴルに無断帰国し、サッカーに興じていたことが発覚して問題となり、相撲協会から2場所連続出場停止処分を受けた。
(2010年2月4日15時10分 読売新聞)
朝青龍に横審初の「引退勧告書」2010年19時20分の記事
朝青龍
横綱審議委員会(横審)は4日の臨時委員会で、朝青龍が横綱としての体面を汚したとして鶴田卓彦委員長名義の「引退勧告書」を武蔵川理事長に出した。
勧告書は「示談の成立は当事者間の和解に過ぎない。横綱に対する国民の期待に背いた責任を免れるものではない」と、今回の不祥事が及ぼした社会的影響を重くみた。
1950年設立の横審が、引退勧告に踏み込んだのは初めて。横審の内規は、出席委員の3分の2以上による決議で「激励・注意・引退勧告等」ができると定めており、今回は欠席者が1人いたものの満場一致だったという。
横審が勧告書をしたためたのは、委員会前の両国国技館内。書面作成と午前中の理事会に先立ち、鶴田委員長は「委員の大半が厳しい意見だ」と、理事長に口頭で伝達していた。横審の意向は、理事会の議論の行方や横綱の決断に影響を及ぼしたとみられる。
鶴田委員長は、暴行を受けたとされる一般男性の鼻の傷(大きさ1ミリ)を撮影したビデオと写真の存在を知ったと明かしたうえで「刑事事件にするべき話。国民の目線で見たら許して頂けないと思った」と説明。
沢村田之助委員は「横綱が(勧告書を受けてではなく)自分から引退届を出したのは立派」と語った。
(2010年2月4日19時20分 読売新聞)
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