えー。いきなり乱暴な言葉でタイトル作っちゃいましたが。すみません。
結構、凶暴なときは凶暴です。えへっ。
そして、おばあちゃんの回想録が含まれるので、面白いけど、長いです。
私、1990年代初頭、市場経済化移行の混乱期をモンゴルで暮らしていたせいか、なんかかなり深刻な病に感染しております。
その当時、共に暮らし、同じ艱難辛苦をなめた日本人はわずか10人足らず。
食糧配給時代。配給ノートがモンゴル政府国費留学生に配られ、それにしたがって、指定の配給食料品店に、不定期の配給日に購入しにいかないと、食べ物がまともに手に入らない、という流通混乱物不足の日々でした。
一応、我々の代の、モンゴル政府国費留学生の募集要項には、「3ヶ月に一度5kgの白米支給。5万円相当の奨学金支給。学生寮・授業料はタダ。学割等の公共サービス交付。」とのことでした。
でも、まずけっつまずいたのが、奨学金です。インフレ率が月200%とか300%とかで、5万円どころか500円足らずまで急降下。とてもやっていけません。さらに、白米支給についても、「え?なにそれ??きてませーん。」とまず大学当局にばっくれられ、さらにモンゴル国の文科省担当者に談判に行くも、「これ、日本語で書いてあるからわからない。日本大使館の管轄でしょ」といわれ、「在モンゴル日本大使館」に行くも、「うーん、これ日本の文部省管轄だからねぇ。大使館って外務省なので管轄外なんだよね。。。でも困ったねぇ。。。」といわれ、、、結局、白米支給はうやむやに。でも、この交渉のあと、ちょっぴりだけど奨学金は賃上げされました。でも、賃上げされても、大学の会計課に行くと、「あたしの給料だって遅延されてるのに、なんで先進国のあんたらにあげるお金があるっていうの!」とにべもなく。。。あぁ、こんな仕打ちが私たちのモンゴル語力やモンゴル耐久力を格段とパワーアップさせてくれたことは間違いない。
実際、今現在、ほんとのトップランクでモンゴル関係第一線で活躍している人って、私たちの代ぐらいだものね。外務省の中途採用で一等書記官になった方もいれば、在日本モンゴル大使館の現地スタッフ・顧問の人、ODAのプロジェクト通訳、JETRoなど、まぁ、道はいろいろですが、やっぱり、モンゴル語力と、くっていくための通訳技能はこの時代の苦労してやった分、モンゴルってものの浸透の仕方、モンゴルで生き抜くための処世術、対応、判断力はずば抜けているって思います。
語学、会話力だけなら、もちろん90年代中盤以降の留学生は環境も恵まれているから、上手な人がいると思います。ディープにモンゴルと仲良くしている人たちもね。
でも、とにかく、あの「物のない」時代というのは、いかにして「食料を手に入れるか」ということは日常生活第一優先課題だったのです。
「物乞い」、「日本からの差し入れの分け合い。共用」、「肉体奉仕」(通訳等の技能職含む)など「面白いから」ではなく「食ってかねばならぬから」がんばってたハングリーな私たち。
だって、自分たちでがんばるしか、もう誰も頼れないって状態になっちゃってたんだもん。
で、どんな病気に感染しているかっていうと・・・「バイフクイ病」です。
バイフクイというのは、モンゴル語で「ない」「いない」という意味。
モンゴル語を実生活で学ぶ人は、かなり初期段階でこの単語を体験するはずです。
何を頼んでも、私がオーダーしたものだけ、「ない」といわれる。
嫌がらせか?と思うけれど、そうではなく、、、「たまたま、終わっちゃった」なのです。
もうしょっちゅうなので、「もうあの病が・・・」と凹まなくなりました。
でもって、、、
教訓。
モンゴルでは、「いいな」と気に入ったものがあったら、「その場で買っておけ」です。
「どこどこのお店で1週間前に売ってた」とか「あそこの市場で2日前に見た」とかいっても、「今」なければ、それは「ない」なのです。
日本だと、「あいにく今、在庫を切らしておりますが、お取り寄せができますが・・・」というような対応がありますが、モンゴルの場合、大抵は、「もう売り切れた。次の入荷はいつかはわからない」といわれてしまう。
需要が高いものならば、別ですが、もう発売直後はキャンペーンをはって大々的にやっているけれど、ある程度の供給をしてしまい、見込み市場では出尽くした、というくらいの量が販売されちゃうと、その商品は「おしまい」。
例えば、携帯電話とかPCプリンターとかの類。
モンゴルの販売流通ってちょっと独特、というか、子供会の模擬店みたいなところがあります。
需要と供給のバランスや市場開拓、参入、拡大のバランスなどがものすごくチグハグ。
特に今みたいに不況でキャッシュのめぐりが悪いと、あからさまにその傾向があり、「売りつくしたら、しばらく冬眠」みたいな商売も出てきます。季節性が高いから仕方ないんだけれど。
実はG-mobileの携帯電話が一個、紛失というか盗まれちゃったのですね。スリの人に。
被害者になってしまった方は怪我がなくて何より、って感じなのですが、正月休みと日曜日が重なり警察は担当者がいないため、被害届が出せず、盗難証明が出ない。。。ま、これは月曜日から再チャレンジしますが。
まあ盗まれちゃったものは仕方ないのですが、問題は、連絡ライフラインがなくなること。
なので、早速、G-mobileにガナー君を送り出したのですが、、、契約が私の名前だから、私がでばらなければいかん、と。めんどくせーなー。パスポートと+3000tgで復活できるって電話で問い合わせたときは言ってたのに。。。病気の体を無理やり奮い立たせて行ってきましたよ。
無事、携帯番号は復活したのですが、今度は、私が購入した「売れ筋」といわれてた機種がなーい!!
つい11月の話なのに。。。ないのです。そして、「いつ入ってくるかは未定」なのです。
G-mobileのインターネットの携帯用モデムもしかり。ちっちゃくて携帯にも便利で、何より、速度は遅いけれど55,000tg/月で使い放題!というところが魅力的なサービスと商品、、、だったのです。私好みの情熱の赤色で可愛くって、、、これも今年の6月くらいにみかけた商品だったのに、7月には売り切れちゃったんだそうです。
そして「人気商品」というくせに、もう再入荷してない。もうしないのか、というと、そうでもない、みたいなことを言って煮え切らないのです。
この辺、日本の携帯電話会社等の過剰サービスに慣れていると、イライラしますよね。
でも、私は平気です。だって、90年代初頭のあの頃に比べれば、、、ってね。
おかしいって言われても、そうやってモンゴルの市場経済が回ってるんだからしょうがねーじゃんか、と思います。
被害者の方は納得いただけると思うのですが、多分、「あいつ」がまた余計なことを言ってきそうなので、血圧もあんまり下がってないことだし、ほとぼり冷めるまで、自宅療養&作業を続けさせていただくことにします。。。
6時近くまで明るくなってきていますが、治安が悪いのは相変わらずですから、皆様、出歩くときはくれぐれもご注意ください。
強盗とか、絡み屋に絡まれたりといったときは、ものさえ手放せば命までは取られることは稀です。
そして、盗まれたものというのはまぁ、戻ってくることはないし、警察も「物取り」事件についてはあんまり興味がないのか検挙率も低いからあきらめちゃうしかないですが、被害証明さえ発行してもらえれば、現金などでなければ大抵は日本で加入する「海外旅行保険」でカバーしてもらえることが多いです。現金はだめですよ。名前書いてないし、所有の証明ができないから。
心配な人は換金率が悪く、普通の両替商などではチェンジできないけれど、盗難にはめっぽう強い(といっても多分、再発行は日本になっちゃうかも。よっぽど現地のエージェントががんばってくれないと)トラベラーズチェックをおすすめします。
なんか、あれやらこれやら教訓が多くなっちゃいましたね。
今年は1記事を簡潔に、1教訓のみって思ってたのですが。
でも、ま、いいです。一粒で二度おいしいってことで、お正月だから許してね。
明日はきっといい日です。

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結構、凶暴なときは凶暴です。えへっ。
そして、おばあちゃんの回想録が含まれるので、面白いけど、長いです。
私、1990年代初頭、市場経済化移行の混乱期をモンゴルで暮らしていたせいか、なんかかなり深刻な病に感染しております。
その当時、共に暮らし、同じ艱難辛苦をなめた日本人はわずか10人足らず。
食糧配給時代。配給ノートがモンゴル政府国費留学生に配られ、それにしたがって、指定の配給食料品店に、不定期の配給日に購入しにいかないと、食べ物がまともに手に入らない、という流通混乱物不足の日々でした。
一応、我々の代の、モンゴル政府国費留学生の募集要項には、「3ヶ月に一度5kgの白米支給。5万円相当の奨学金支給。学生寮・授業料はタダ。学割等の公共サービス交付。」とのことでした。
でも、まずけっつまずいたのが、奨学金です。インフレ率が月200%とか300%とかで、5万円どころか500円足らずまで急降下。とてもやっていけません。さらに、白米支給についても、「え?なにそれ??きてませーん。」とまず大学当局にばっくれられ、さらにモンゴル国の文科省担当者に談判に行くも、「これ、日本語で書いてあるからわからない。日本大使館の管轄でしょ」といわれ、「在モンゴル日本大使館」に行くも、「うーん、これ日本の文部省管轄だからねぇ。大使館って外務省なので管轄外なんだよね。。。でも困ったねぇ。。。」といわれ、、、結局、白米支給はうやむやに。でも、この交渉のあと、ちょっぴりだけど奨学金は賃上げされました。でも、賃上げされても、大学の会計課に行くと、「あたしの給料だって遅延されてるのに、なんで先進国のあんたらにあげるお金があるっていうの!」とにべもなく。。。あぁ、こんな仕打ちが私たちのモンゴル語力やモンゴル耐久力を格段とパワーアップさせてくれたことは間違いない。
実際、今現在、ほんとのトップランクでモンゴル関係第一線で活躍している人って、私たちの代ぐらいだものね。外務省の中途採用で一等書記官になった方もいれば、在日本モンゴル大使館の現地スタッフ・顧問の人、ODAのプロジェクト通訳、JETRoなど、まぁ、道はいろいろですが、やっぱり、モンゴル語力と、くっていくための通訳技能はこの時代の苦労してやった分、モンゴルってものの浸透の仕方、モンゴルで生き抜くための処世術、対応、判断力はずば抜けているって思います。
語学、会話力だけなら、もちろん90年代中盤以降の留学生は環境も恵まれているから、上手な人がいると思います。ディープにモンゴルと仲良くしている人たちもね。
でも、とにかく、あの「物のない」時代というのは、いかにして「食料を手に入れるか」ということは日常生活第一優先課題だったのです。
「物乞い」、「日本からの差し入れの分け合い。共用」、「肉体奉仕」(通訳等の技能職含む)など「面白いから」ではなく「食ってかねばならぬから」がんばってたハングリーな私たち。
だって、自分たちでがんばるしか、もう誰も頼れないって状態になっちゃってたんだもん。
で、どんな病気に感染しているかっていうと・・・「バイフクイ病」です。
バイフクイというのは、モンゴル語で「ない」「いない」という意味。
モンゴル語を実生活で学ぶ人は、かなり初期段階でこの単語を体験するはずです。
何を頼んでも、私がオーダーしたものだけ、「ない」といわれる。
嫌がらせか?と思うけれど、そうではなく、、、「たまたま、終わっちゃった」なのです。
もうしょっちゅうなので、「もうあの病が・・・」と凹まなくなりました。
でもって、、、
教訓。
モンゴルでは、「いいな」と気に入ったものがあったら、「その場で買っておけ」です。
「どこどこのお店で1週間前に売ってた」とか「あそこの市場で2日前に見た」とかいっても、「今」なければ、それは「ない」なのです。
日本だと、「あいにく今、在庫を切らしておりますが、お取り寄せができますが・・・」というような対応がありますが、モンゴルの場合、大抵は、「もう売り切れた。次の入荷はいつかはわからない」といわれてしまう。
需要が高いものならば、別ですが、もう発売直後はキャンペーンをはって大々的にやっているけれど、ある程度の供給をしてしまい、見込み市場では出尽くした、というくらいの量が販売されちゃうと、その商品は「おしまい」。
例えば、携帯電話とかPCプリンターとかの類。
モンゴルの販売流通ってちょっと独特、というか、子供会の模擬店みたいなところがあります。
需要と供給のバランスや市場開拓、参入、拡大のバランスなどがものすごくチグハグ。
特に今みたいに不況でキャッシュのめぐりが悪いと、あからさまにその傾向があり、「売りつくしたら、しばらく冬眠」みたいな商売も出てきます。季節性が高いから仕方ないんだけれど。
実はG-mobileの携帯電話が一個、紛失というか盗まれちゃったのですね。スリの人に。
被害者になってしまった方は怪我がなくて何より、って感じなのですが、正月休みと日曜日が重なり警察は担当者がいないため、被害届が出せず、盗難証明が出ない。。。ま、これは月曜日から再チャレンジしますが。
まあ盗まれちゃったものは仕方ないのですが、問題は、連絡ライフラインがなくなること。
なので、早速、G-mobileにガナー君を送り出したのですが、、、契約が私の名前だから、私がでばらなければいかん、と。めんどくせーなー。パスポートと+3000tgで復活できるって電話で問い合わせたときは言ってたのに。。。病気の体を無理やり奮い立たせて行ってきましたよ。
無事、携帯番号は復活したのですが、今度は、私が購入した「売れ筋」といわれてた機種がなーい!!
つい11月の話なのに。。。ないのです。そして、「いつ入ってくるかは未定」なのです。
G-mobileのインターネットの携帯用モデムもしかり。ちっちゃくて携帯にも便利で、何より、速度は遅いけれど55,000tg/月で使い放題!というところが魅力的なサービスと商品、、、だったのです。私好みの情熱の赤色で可愛くって、、、これも今年の6月くらいにみかけた商品だったのに、7月には売り切れちゃったんだそうです。
そして「人気商品」というくせに、もう再入荷してない。もうしないのか、というと、そうでもない、みたいなことを言って煮え切らないのです。
この辺、日本の携帯電話会社等の過剰サービスに慣れていると、イライラしますよね。
でも、私は平気です。だって、90年代初頭のあの頃に比べれば、、、ってね。
おかしいって言われても、そうやってモンゴルの市場経済が回ってるんだからしょうがねーじゃんか、と思います。
被害者の方は納得いただけると思うのですが、多分、「あいつ」がまた余計なことを言ってきそうなので、血圧もあんまり下がってないことだし、ほとぼり冷めるまで、自宅療養&作業を続けさせていただくことにします。。。
6時近くまで明るくなってきていますが、治安が悪いのは相変わらずですから、皆様、出歩くときはくれぐれもご注意ください。
強盗とか、絡み屋に絡まれたりといったときは、ものさえ手放せば命までは取られることは稀です。
そして、盗まれたものというのはまぁ、戻ってくることはないし、警察も「物取り」事件についてはあんまり興味がないのか検挙率も低いからあきらめちゃうしかないですが、被害証明さえ発行してもらえれば、現金などでなければ大抵は日本で加入する「海外旅行保険」でカバーしてもらえることが多いです。現金はだめですよ。名前書いてないし、所有の証明ができないから。
心配な人は換金率が悪く、普通の両替商などではチェンジできないけれど、盗難にはめっぽう強い(といっても多分、再発行は日本になっちゃうかも。よっぽど現地のエージェントががんばってくれないと)トラベラーズチェックをおすすめします。
なんか、あれやらこれやら教訓が多くなっちゃいましたね。
今年は1記事を簡潔に、1教訓のみって思ってたのですが。
でも、ま、いいです。一粒で二度おいしいってことで、お正月だから許してね。
明日はきっといい日です。
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