朝7時半過ぎても、真っ暗で、えらい早起きした気分になるモンゴル。
元旦の初日の出ですら8時過ぎだから、気合いれんでも、わりとらくーに見れちゃうモンゴル。
昨日、12月22日は冬至でした。
モンゴルだと、冬至は「太陽が戻る日」です。夏至もまた同じですが。
太陽と月のリズムが生活に取り入れられているモンゴル。
なので、そろそろ自分の体も回復し始めるのではないか、と根拠のない期待。
といいつつも、モンゴルの冬はこれからが本番です。
ホワイトクリスマスはいつものことです。
マロースおじさん、冬将軍、冬おじさん、なんでもいいけど、とにかく冬至とともにやってくる冬の寒さ。
これがユスンユス(9の9)の始まりです。
9という数字はモンゴル人にとって、特別縁起の良い数字です。
数秘術、カバラ、まぁ、いろいろと世界各地に数の神秘と人間の運命を結びつけて占うものはありますが、モンゴルもまた数字に結構支配されてます。
9は、3の二乗なので縁起がよい。なんのこっちゃ?
だけれど、そうなのです。
3という数字は、「過去・現在・未来」であり、三宝であり、、、
旅立ちやその日一日の幸福、安寧を祈って、ミルクやスーティツァイを天と地の神に振りまく道具「ツァツァル」もまた「ユスンヌド(9つの目)」と呼ばれる9つに目が仕切られたものが縁起物とされています。
ユスンユスは3の3の3の3でわけて、まぁ9の9でわけて、、、
冬至から最初の9日間x3が、「若いユス」といわれ、寒さがバリバリと若さにまかせてぐいぐいと進んでいくわけで、次の9日間x3が「真ん中のユス・中年のユス」といわれ、わりと働き盛りに寒さ活躍、安定する。そして次の9日間x3が「老年のユス」で、寒さもそろそろよぼよぼ、衰え始めるのです。そして春。
春っつーと、モンゴルは、日本と一緒、あるいはアジア諸国と一緒で、ツァガンサル=旧正月を節目として、いかに寒かろうが、こっから「春の最初」と宣言するのですが、実際の春っぽさは、「ユスンユス」の終わりをもって感じるのです。
ツァガンサルは月の動きと人の暮らしのサイクルで、ユスンユスは太陽の動きと自然のリズムのサイクル。
このダブルスタンダードをモンゴル人は古来から生活の中で感じ、節目として取り入れてきているのです。
根拠はないけど自信はある、と私は常々モンゴル人気質を、そんな風に感じるのですが、時たま、屁理屈、と笑えない、何かえらい説得力に満ち溢れた説明、だけど「ん?」とはてなマークが頭の中に充満するときがあります。
それは、自分の内部の奥底で、そこはかとなく感じるリズムが共鳴するからかなぁ?
こじつけのような気がする説明もあるけれど、それは、モンゴル人が、異国や異文化の習慣を取り入れるにあたって、自分たち自身が「へぇ」って納得するために裏づけとして生み出した、「A・HA」な根拠なのかも?
私も時々、自分に対して「モンゴル人ってこうなんだ」って納得させるために、いろいろな裏づけを持ち出すのと一緒なのかな?
痛みの中で思う冬至。回復の兆しとして、明るくとらえよう、と思っています。
ゆず湯はできなかったけど、ゆず茶を飲んで体を温めています。
クリスマスっぽいバナーになってたので、こちらもクリックいただけると嬉しいです。
Inが少ないと、Outがいっぱいあっても、2位に転落中・・・なので、返り咲きたいっす。

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元旦の初日の出ですら8時過ぎだから、気合いれんでも、わりとらくーに見れちゃうモンゴル。
昨日、12月22日は冬至でした。
モンゴルだと、冬至は「太陽が戻る日」です。夏至もまた同じですが。
太陽と月のリズムが生活に取り入れられているモンゴル。
なので、そろそろ自分の体も回復し始めるのではないか、と根拠のない期待。
といいつつも、モンゴルの冬はこれからが本番です。
ホワイトクリスマスはいつものことです。
マロースおじさん、冬将軍、冬おじさん、なんでもいいけど、とにかく冬至とともにやってくる冬の寒さ。
これがユスンユス(9の9)の始まりです。
9という数字はモンゴル人にとって、特別縁起の良い数字です。
数秘術、カバラ、まぁ、いろいろと世界各地に数の神秘と人間の運命を結びつけて占うものはありますが、モンゴルもまた数字に結構支配されてます。
9は、3の二乗なので縁起がよい。なんのこっちゃ?
だけれど、そうなのです。
3という数字は、「過去・現在・未来」であり、三宝であり、、、
旅立ちやその日一日の幸福、安寧を祈って、ミルクやスーティツァイを天と地の神に振りまく道具「ツァツァル」もまた「ユスンヌド(9つの目)」と呼ばれる9つに目が仕切られたものが縁起物とされています。
ユスンユスは3の3の3の3でわけて、まぁ9の9でわけて、、、
冬至から最初の9日間x3が、「若いユス」といわれ、寒さがバリバリと若さにまかせてぐいぐいと進んでいくわけで、次の9日間x3が「真ん中のユス・中年のユス」といわれ、わりと働き盛りに寒さ活躍、安定する。そして次の9日間x3が「老年のユス」で、寒さもそろそろよぼよぼ、衰え始めるのです。そして春。
春っつーと、モンゴルは、日本と一緒、あるいはアジア諸国と一緒で、ツァガンサル=旧正月を節目として、いかに寒かろうが、こっから「春の最初」と宣言するのですが、実際の春っぽさは、「ユスンユス」の終わりをもって感じるのです。
ツァガンサルは月の動きと人の暮らしのサイクルで、ユスンユスは太陽の動きと自然のリズムのサイクル。
このダブルスタンダードをモンゴル人は古来から生活の中で感じ、節目として取り入れてきているのです。
根拠はないけど自信はある、と私は常々モンゴル人気質を、そんな風に感じるのですが、時たま、屁理屈、と笑えない、何かえらい説得力に満ち溢れた説明、だけど「ん?」とはてなマークが頭の中に充満するときがあります。
それは、自分の内部の奥底で、そこはかとなく感じるリズムが共鳴するからかなぁ?
こじつけのような気がする説明もあるけれど、それは、モンゴル人が、異国や異文化の習慣を取り入れるにあたって、自分たち自身が「へぇ」って納得するために裏づけとして生み出した、「A・HA」な根拠なのかも?
私も時々、自分に対して「モンゴル人ってこうなんだ」って納得させるために、いろいろな裏づけを持ち出すのと一緒なのかな?
痛みの中で思う冬至。回復の兆しとして、明るくとらえよう、と思っています。
ゆず湯はできなかったけど、ゆず茶を飲んで体を温めています。
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