仕事一筋でがむしゃらに闘ってきた自分を、結構、好きです。
いろんな人に裏切られて、憎まれて、死にそうな目にあったりしても、逃げなかった自分も好きです。
まぁ、そもそもそんな悲惨な目にあったのも自業自得だよ、といわれれば、それもまたその通りと肯定できます。自業自得。自分のキャラとして、子供の頃から損してきている「一言多い」「他人への評価が厳しい」「なりふり構わず仕事に前のめり」といった性格なくして、自分は窮地に陥ることはなかったでしょう。
欠点だらけの自分ですが、これまでの人生を振り返った時、そういう人生の失敗も含めて、「わが人生悔いなし」と仁王立ちで今この瞬間に往生しても笑ってられるくらい、全力疾走で駆け抜けています。
そうはいっても、それは自分独りでサバイバルする「おひとりさま人生」を選択した場合のこと。
家族をもち、家庭を築くってことでは、もう駄目駄目です。
子供をもつ余地なんか、今まで全然なかったし、これまでも全然考えられなかった。
仕事は「こういうことがやりたい」と思い描くだけで次から次へと転がり込んでくるし、報酬にこだわって仕事を選ばなくても、そこそこ自分が理想としている生活を送ることができている。
40前に自分の力で家も持てたし、やりたいことで会社も経営し、自分の自由に時間を使うことができている。「おひとりさま」としてはそれなりに「上出来」と褒めてあげたいけれど、家族との折り合いとか、そういう意味では、私は落第者だ。
仕事が山積みであれやこれやって時間拘束された状態で、さらに家に子供がいる、と想像しただけで、「自分がどうやって暮らせばいいのか」と途方にくれ、人生を閉ざされたような気がしている。大袈裟に悲劇的に受け止めてしまっているよわよわしい自分。
いつの日か、子供の母親になる、子供を授かれたらいいなぁ、温かい家庭を築けたらいいなぁ、と思っていましたが、それは「いつの日か」の話であって、心構えもできていない「今すぐ」ではなかったのです。
おなかのなかに子供を授かった、という状況だったら、もう少し、つわりとかでムカムカしたりしながらも、少しずつ母親になる覚悟ができたのかもしれないけれど、いきなり、卵をわるよりも簡単に、わがもの顔でふるまう6歳児が家にいついていた、、、という状況から母親にならざるを得なくなった、という現実。いやはや、、、暇なときはかなり楽しんでいた状況が、子供の学校の問題という物理的にも精神的にも子供中心目線で生活構築をせよ、的に強制状態になってみると、「無理無理」なことだらけな自分にイライラし、そういう状況にイライラし、まだ実際、その状況に身をおいていないのにパニック状態で絶望的になっている。。。かっこ悪いなぁ。
子供の教育ってこれはその時、その時で大事なプロセスがあると思うし、成績っていうことだけでないメンタル面の成長にも親ってすごく影響するから、どうしたものか・・・私は母親ごっこはできても、母親になるのは無理なんじゃないか?そもそも、私にその義務、責任は発生するのが当然とは思えんぞ・・・と逃げの姿勢にもなりかねない。逃げられないのはわかってるんだけど。
結局、今最善なのは、オフィスに寝る場所を作ること、のような気がしています。
子狐の学校は、我が家からなんと徒歩30秒のところ。
私、自分の通っていた中学校がとても近くて、NHKの朝ドラを見終わってから家を出ても8時半の学校始業に間に合っていたのですが、それよりもさらに近いのです。
むしろアパートの階段のほうが長いくらいに近い。
この絶好のロケーションは子狐にとっては大切だと思います。
そして、実の父親に甘える時間も、母親が遠く離れて、次にいつ、会えるかわからないという状況ではとても大切。
清潔さを保つためにもお風呂のある我が家が必要です。
ゆっくり寝られる温かいベッドや、温かい食事をつくれる台所も必要。
ガナー君と子狐にとっては、我が家は必要な生活環境なのです。
一方、私は仕事に押しつぶされそうなまま、これから3月くらいまで過ごしているのが現実。
家に仕事は持ち込みたくない、と思っているけれど、たぶん、これからはそういう状況も出てくるでしょう。
ならば、家に仕事を持ち込まず、私自身が仕事に埋没してしまえばいいのではなかろうか?
ずーっととはいわずとも、仕事に専念したいって言うとき必要なのは仕事場とベッドだけです。睡眠は大切だから。
今のところ、私にとって家はくつろげる場所ではなくなっていて、むしろ仕事場のほうがマイペースでいられる。そんな状況なのです。
家を捨てるわけではないけれど、子狐と私の間で板挟みになるよりは、今、この時期に愛情を全面的に注がねばならない相手である子狐にガナー君が専念できるようにするためには、私のほうがむしろ邪魔ものではなかろうか。邪魔者とはいわないまでも、やっぱりペースとスペースの問題って赤の他人同士だと、結構調整に気遣いしなきゃいけないのです。
たまにならうまくいくコミュニケーションも毎日もれなくベッタリとなったとき、今の自分の気力と体力ではたぶん、ポテンシャルが下がって、平常な精神状態が保てなくなる危険性すらある。
追い詰められているなぁ・・・
大人同士の口論なら、いつかどこかで解決、落とし所を見いだせるけれど、子供にそんな落とし所なんてない。最初っから子供が勝利するのはわかっている。そして、ある年齢の時期、わがままっていうレベルじゃないところで、全面的に安心して自己主張ができるってことはとても大切で、その見極めって赤の他人の理屈ではない。。。
仕事がないときは、赤の他人っていう立場であっても、ある程度母性を発揮できていた私ですが、今、もうアップアップです。かっこ悪いくらい。
あれもしなきゃ、これもしなきゃって 「Should」であり「Must」な義務的行為が同じ時間に重なってやりくりどころじゃなくなっている。
きっとあたふたしながら不義理の連続っていう日々な気がしています。クラックラ。
庇を貸して母屋を取られる、的なシチュエーションに傍目で見えたとしても、アパートはガナー父子にあげてでも、私は私の心を守りたいし、子供やガナー君の心を守りたい、、、。
これって極端すぎる意見で間違ってるのかも?
ガナー君は反対しています。
そんなことはおかしいと。
やはり家庭を持ったことのある人の意見は違います。
どれだけ困難であっても、家族一丸となって乗り切るべきだと。
そうなんだよね。それが正論なのだ。
それができたらかっこいいんだけどさ・・・
私、今、ほんとビビってる。
今まで、なんだかんだいっても、実母がいるから、「困った時は実母」っていう逃げ場が子狐にも私にもあったのに、子狐には逃げ場がなくなってしまった。
ガナー君だけが頼りになった子狐にとって、ここが完全なる居場所だって落ち着ける環境の家にするには、私はあまりにもヒステリックで頑固で批判的で厳しすぎる継母なのです。
父親であるガナー君と仲良くして、子狐に厳しいなんて、ヨーロッパの童話に出てくる典型的な意地悪継母キャラにはなりたくない。
でも、きっとそうなっちゃう。
愛情さえたっぷり注がれていれば、片親だって、子供はちゃんと育つはず。
でも、厳しい批判とかヒステリックな叱責は、子供の成長の妨げになってしまう。
わかってるのにでも、たぶん、私は、ヒステリックになってしまう。意地悪継母になってしまう。
ならば、私の唯一の財産となった家を捨てでも、意地悪にならないための自分の逃げ場を確保したい。
仕事が逃げ場とはいえないけれど。でも、少なくとも自分らしくいられるのは仕事をしている時間だけになっちゃうからなぁ。。。
結局、「おひとりさま慣れ」しちゃってるから、今、破滅的な解決法しか思いつかないのかも・・・
いざ、ウランバートルに帰って、子狐に抱きつかれたら、今のこのかたくなさが一気に氷解しちゃったありするかも、、、
そうであってほしいけれど、砂の城はあまり長持ちしないからなぁ。。。
きれいごとだけではうまくいかん。
あー、今、ほんと駄目駄目な悲劇のヒロイン酔いしれ状態の嫌な女です。
もうちょっと自分が我慢する、耐える、捨てるってことをできればいいのになぁ。
財産は捨てられても、やっぱり仕事に対する責任とかやりがいって捨てられないんだよね。
ほんと、何かいい案ないかしら?
託児所はあっても、小学生の学堂保育みたいな施設、見つからないんですよね。。。
信頼できるシッターさんもいないし。
あーーーーーーー。
いろんな人に裏切られて、憎まれて、死にそうな目にあったりしても、逃げなかった自分も好きです。
まぁ、そもそもそんな悲惨な目にあったのも自業自得だよ、といわれれば、それもまたその通りと肯定できます。自業自得。自分のキャラとして、子供の頃から損してきている「一言多い」「他人への評価が厳しい」「なりふり構わず仕事に前のめり」といった性格なくして、自分は窮地に陥ることはなかったでしょう。
欠点だらけの自分ですが、これまでの人生を振り返った時、そういう人生の失敗も含めて、「わが人生悔いなし」と仁王立ちで今この瞬間に往生しても笑ってられるくらい、全力疾走で駆け抜けています。
そうはいっても、それは自分独りでサバイバルする「おひとりさま人生」を選択した場合のこと。
家族をもち、家庭を築くってことでは、もう駄目駄目です。
子供をもつ余地なんか、今まで全然なかったし、これまでも全然考えられなかった。
仕事は「こういうことがやりたい」と思い描くだけで次から次へと転がり込んでくるし、報酬にこだわって仕事を選ばなくても、そこそこ自分が理想としている生活を送ることができている。
40前に自分の力で家も持てたし、やりたいことで会社も経営し、自分の自由に時間を使うことができている。「おひとりさま」としてはそれなりに「上出来」と褒めてあげたいけれど、家族との折り合いとか、そういう意味では、私は落第者だ。
仕事が山積みであれやこれやって時間拘束された状態で、さらに家に子供がいる、と想像しただけで、「自分がどうやって暮らせばいいのか」と途方にくれ、人生を閉ざされたような気がしている。大袈裟に悲劇的に受け止めてしまっているよわよわしい自分。
いつの日か、子供の母親になる、子供を授かれたらいいなぁ、温かい家庭を築けたらいいなぁ、と思っていましたが、それは「いつの日か」の話であって、心構えもできていない「今すぐ」ではなかったのです。
おなかのなかに子供を授かった、という状況だったら、もう少し、つわりとかでムカムカしたりしながらも、少しずつ母親になる覚悟ができたのかもしれないけれど、いきなり、卵をわるよりも簡単に、わがもの顔でふるまう6歳児が家にいついていた、、、という状況から母親にならざるを得なくなった、という現実。いやはや、、、暇なときはかなり楽しんでいた状況が、子供の学校の問題という物理的にも精神的にも子供中心目線で生活構築をせよ、的に強制状態になってみると、「無理無理」なことだらけな自分にイライラし、そういう状況にイライラし、まだ実際、その状況に身をおいていないのにパニック状態で絶望的になっている。。。かっこ悪いなぁ。
子供の教育ってこれはその時、その時で大事なプロセスがあると思うし、成績っていうことだけでないメンタル面の成長にも親ってすごく影響するから、どうしたものか・・・私は母親ごっこはできても、母親になるのは無理なんじゃないか?そもそも、私にその義務、責任は発生するのが当然とは思えんぞ・・・と逃げの姿勢にもなりかねない。逃げられないのはわかってるんだけど。
結局、今最善なのは、オフィスに寝る場所を作ること、のような気がしています。
子狐の学校は、我が家からなんと徒歩30秒のところ。
私、自分の通っていた中学校がとても近くて、NHKの朝ドラを見終わってから家を出ても8時半の学校始業に間に合っていたのですが、それよりもさらに近いのです。
むしろアパートの階段のほうが長いくらいに近い。
この絶好のロケーションは子狐にとっては大切だと思います。
そして、実の父親に甘える時間も、母親が遠く離れて、次にいつ、会えるかわからないという状況ではとても大切。
清潔さを保つためにもお風呂のある我が家が必要です。
ゆっくり寝られる温かいベッドや、温かい食事をつくれる台所も必要。
ガナー君と子狐にとっては、我が家は必要な生活環境なのです。
一方、私は仕事に押しつぶされそうなまま、これから3月くらいまで過ごしているのが現実。
家に仕事は持ち込みたくない、と思っているけれど、たぶん、これからはそういう状況も出てくるでしょう。
ならば、家に仕事を持ち込まず、私自身が仕事に埋没してしまえばいいのではなかろうか?
ずーっととはいわずとも、仕事に専念したいって言うとき必要なのは仕事場とベッドだけです。睡眠は大切だから。
今のところ、私にとって家はくつろげる場所ではなくなっていて、むしろ仕事場のほうがマイペースでいられる。そんな状況なのです。
家を捨てるわけではないけれど、子狐と私の間で板挟みになるよりは、今、この時期に愛情を全面的に注がねばならない相手である子狐にガナー君が専念できるようにするためには、私のほうがむしろ邪魔ものではなかろうか。邪魔者とはいわないまでも、やっぱりペースとスペースの問題って赤の他人同士だと、結構調整に気遣いしなきゃいけないのです。
たまにならうまくいくコミュニケーションも毎日もれなくベッタリとなったとき、今の自分の気力と体力ではたぶん、ポテンシャルが下がって、平常な精神状態が保てなくなる危険性すらある。
追い詰められているなぁ・・・
大人同士の口論なら、いつかどこかで解決、落とし所を見いだせるけれど、子供にそんな落とし所なんてない。最初っから子供が勝利するのはわかっている。そして、ある年齢の時期、わがままっていうレベルじゃないところで、全面的に安心して自己主張ができるってことはとても大切で、その見極めって赤の他人の理屈ではない。。。
仕事がないときは、赤の他人っていう立場であっても、ある程度母性を発揮できていた私ですが、今、もうアップアップです。かっこ悪いくらい。
あれもしなきゃ、これもしなきゃって 「Should」であり「Must」な義務的行為が同じ時間に重なってやりくりどころじゃなくなっている。
きっとあたふたしながら不義理の連続っていう日々な気がしています。クラックラ。
庇を貸して母屋を取られる、的なシチュエーションに傍目で見えたとしても、アパートはガナー父子にあげてでも、私は私の心を守りたいし、子供やガナー君の心を守りたい、、、。
これって極端すぎる意見で間違ってるのかも?
ガナー君は反対しています。
そんなことはおかしいと。
やはり家庭を持ったことのある人の意見は違います。
どれだけ困難であっても、家族一丸となって乗り切るべきだと。
そうなんだよね。それが正論なのだ。
それができたらかっこいいんだけどさ・・・
私、今、ほんとビビってる。
今まで、なんだかんだいっても、実母がいるから、「困った時は実母」っていう逃げ場が子狐にも私にもあったのに、子狐には逃げ場がなくなってしまった。
ガナー君だけが頼りになった子狐にとって、ここが完全なる居場所だって落ち着ける環境の家にするには、私はあまりにもヒステリックで頑固で批判的で厳しすぎる継母なのです。
父親であるガナー君と仲良くして、子狐に厳しいなんて、ヨーロッパの童話に出てくる典型的な意地悪継母キャラにはなりたくない。
でも、きっとそうなっちゃう。
愛情さえたっぷり注がれていれば、片親だって、子供はちゃんと育つはず。
でも、厳しい批判とかヒステリックな叱責は、子供の成長の妨げになってしまう。
わかってるのにでも、たぶん、私は、ヒステリックになってしまう。意地悪継母になってしまう。
ならば、私の唯一の財産となった家を捨てでも、意地悪にならないための自分の逃げ場を確保したい。
仕事が逃げ場とはいえないけれど。でも、少なくとも自分らしくいられるのは仕事をしている時間だけになっちゃうからなぁ。。。
結局、「おひとりさま慣れ」しちゃってるから、今、破滅的な解決法しか思いつかないのかも・・・
いざ、ウランバートルに帰って、子狐に抱きつかれたら、今のこのかたくなさが一気に氷解しちゃったありするかも、、、
そうであってほしいけれど、砂の城はあまり長持ちしないからなぁ。。。
きれいごとだけではうまくいかん。
あー、今、ほんと駄目駄目な悲劇のヒロイン酔いしれ状態の嫌な女です。
もうちょっと自分が我慢する、耐える、捨てるってことをできればいいのになぁ。
財産は捨てられても、やっぱり仕事に対する責任とかやりがいって捨てられないんだよね。
ほんと、何かいい案ないかしら?
託児所はあっても、小学生の学堂保育みたいな施設、見つからないんですよね。。。
信頼できるシッターさんもいないし。
あーーーーーーー。