習い事、何してた?何したい? ブログネタ:習い事、何してた?何したい? 参加中
子供の頃は、お稽古事で忙しかったです。
自分のお習い事、お稽古事履歴を列挙してみようかな。

2歳の頃は習ったのかどうかは不明ですが、すでに絵本など字を読んで、2歳年下の弟に読みきかせをしていました。

3歳ちょっと前くらいからピアノ。これは家で母がピアノ教室を開いていたため、一番身近なオモチャでした。でも、習っていたのは、母からではなく、近所に住んでいた母方の伯母。理由は、親子での弟子関係は家族関係が険悪になるから。

4歳で幼稚園に入り、早朝の右脳強化かなんかの教室に通わせてもらってた記憶あり。幼稚園は、私立だったのですが、結構、有名人とか金持ちのご子息が多かったらしい、と卒園後20年ほどたってから気がつきました。いわゆる「お受験幼稚園」の走りだったみたい。放課後のお絵かき教室などもやらせてもらいました。共稼ぎだった両親が、少しでも長く、幼稚園にとどまらせるための作戦として、私を誘導した気もします。

幼稚園から、剣道の道場に通い始めていました。といっても、ちっちゃいころは危ないから、と看取り稽古ばかり。正座して、先輩たちの稽古の様子をみたり、先生の長い長いお説教を聞いたり、ひたすら黙想したりしていました。思えば、こうした修行のおかげで、集中力や忍耐力が鍛えられたんだと思います。

7歳から水泳教室に通い始めました。これは小学校6年生まで続けました。

9歳から軟式野球。これは有志による小学校の課外クラブでした。
同時に、近くの区立児童館で無料でやってた、リコーダー教室とかオカリナ教室、作曲教室。
あと少年少女合唱団。

11歳で、珠算。学校でソロバンの授業があり、面白くなったから、というのと、珠算教室の先生の息子さんが背が高くてかっこよくて、珠算検定の引率をしてくれてたから、というのが理由。12歳まで続けて2級まで。でも暗算はできません。

13歳から19歳までは、学習塾行った様な。同級生の社交場みたいなものでした。

17歳でアメリカの片田舎に留学し、バスケットボール、バレーボールと乗馬三昧。
あと、高飛び込みも習いました。今じゃ信じられないけれど、10mの飛び込み台からも平気でクルクルまわっていた。。。

19歳からモンゴル語。これが一番長く続いているお習い事かな。剣道は怪我で断念するハメになりましたが、15年間1日も休まず修行していました。
モンゴル語については、途中、2年ほどのブランクがあったので、やっぱり同じくらいですね。未だに習うべき、学ぶべきことが多く、奥深い未知なるお習い事であります。

最近、お習い事、っぽいお習い事、やってません。
独学じゃなく、ちゃんとお教室に通う、というのは、楽しいし、達成感もありそうだな、と思うんだけど。

母は50代半ばからモンゴル語の夜間クラスなどに通い始めて、モンゴル語を学習すること約10年。
ただ、と名のつくものはかなり積極的にやってて、区民サービスのバドミントンとか、タオル体操とか、ストレッチ、区民大学、古典文学研究教室などなど色々通ってます。その学習熱心さは、鬼気迫るものがあり、すっげーなー、と一時帰国するたびに感心します。

私も何か習おうかな、と思うのですが、なかなか時間を作れません。

ガナー君は、馬頭琴を習いたい、と言っています。
子狐は民族舞踊をやりたいみたいなのです。今年の冬はちょっと忙しすぎて、お教室に通わせて上げられそうにありません。
来年からは少し、心の余裕や子供との時間をきちんと作れるように生活パターンを確立せねば。

ロシア語をちゃんとできるようになりたいし、スペイン語やドイツ語もさびついてきているので、もう一度基礎からブラッシュアップしないといかん。
英語もTOEICとか受けなおしたほうがいいと思うんですよね。映画とかニュースを見たり、聞いたり、話したり、レポートを読む分にはなんの問題もない気がするのですが、実際、じゃあ、レポート書いてみろよ、といわれると、かなりフリーズ状態です。
高校時代のレポートとか論文ですら、ちんぷんかんぷんです。辞書をひきひき読み返して、「なんだか小難しいことを、よくもこれだけ論理的に構築していたねー」と我ながら驚く。まぁ、学校で、そういう論文教室のクラスをとって、先生の指導の下に書いたからなんだけどね。

でも、モンゴルでもかなり英語が浸透してきているし、援助協力などの仕事の場合、公用言語となるのは、やっぱり英語。英語からモンゴル語、モンゴル語から英語に文書を訳さねばならないこともしばしばあります。英語からモンゴル語は問題ないのですが、モンゴル語から英語がたどたどしい私。

といいつつも、ある程度のレベルに達してしまうと、外国語習得って結局、自分で経験値ををあげて、失敗を繰り返しながら、自分の中で練り直し、積み上げていくしかないって思うんだな。

モンゴルでは習う機会はなさそうなのですが、実は、やってみたい習い事は、フラダンス。

映画「フラガール」のDVDをモンゴルで見てからなんだけど。

もうちょっとモンゴルらしいもので、、、となると、時間がないので、ほんと、どこかで一念発起して基礎を習わねば!と思ってるのが、手芸。

フェルト細工とか刺繍。あと、民族衣装の手縫いも思い出したいです。
せっかく羊を飼ってるのだから、羊毛から糸を紡いだり、フェルトを手作りして、ついでに毛糸の靴下なんか編んじゃったりして。

やりたいこと、てんこ盛りなわりに、本腰入れて習い事の時間を作りきれてない。

逆に、教える話ばっかり来るので困っちゃう。

ただ、教えるってことで、再び、自分が学べること、深められることも多いなぁ、とも思うので、教師っぽい仕事も実はむいているのかも、、、と最近は思うようになりました。

人に親切にする、というのは、剣道のときの「人として心がける3か条」のうちの2つ目にも入ってました。

ちなみに第一条は、自分のことは自分でする。
第二条が人に親切にする。
第三条が人に迷惑をかけない。
でした。

剣道の師匠がいうには、この三か条を常に心がけていれば、多少、失敗が多かったり、成績が悪かったり、秀でた能力がなかったとしても、人として社会で生きていけるんだそうです。

子供の頃から、1日たりとも忘れたことのない、常に心がけてはいる3か条ですが、完璧にこなすのは、どれも大変なのでした。

でも、人として生きる、というのも、いろいろな教訓を他人の言葉から得たり、教えてもらったりはできても、やっぱり「お習い事」のように、こうすれば、こうなる、とか上達する、とかいうものでもないから、難しいものですね。

といいつつ「お習い事」で上達するための秘訣は、
1;他人の話をよく聞いて、よく見て、実践する、ということと、
2;愚直なまでに、何度も繰り返し、毎日続ける
ってこと以外にはないんじゃないかな、というのが、実感です。

ネコとお散歩。(旧猫日和)