会社の定款と設立契約書の更新をお願いしていた弁護士さんとの打ち合わせが、相手の体調不良でお流れに。
てなわけで、会社のことで都会でアクセクというところが、草原でアクセクってことに変更になりました。
昨日、ウランバートル一の高級食料市場メルクーリで高級段ボール箱をゴミ捨て場であさってたら、浮浪者の皆様がお集まりになりまして、「おらっちのゴミ捨て場で何しとる!」と。
きいてみたら、最近、何千とも何万ともいわれているウランバートル市のホームレスですが、一応、ゴミ捨て場にも縄張りがあるんだそうです。市場やお店、レストランなどの近くにあるゴミ捨て場は特に人気。
従業員や市場の売り子さん達や消費者の荷物運びを手伝ったりしながら、段ボール箱を集めて、リサイクル業者に持っていく、というのが彼らのお金の稼ぎ方、とのこと。
でも、ナラントール市場の段ボール箱を買うよりは、断然リーズナブルなお値段でした。
大体、みかん箱ぐらいのが10箱分くらいで1000tg、大きいので1500tg、という感じなのですが、ラブワゴンの後部座席いっぱいに段ボール箱を購入しても、5,500tg。
ゴミ捨て場にはなかったものでも、商談成立、となったら、ホームレスのおじさん、おばさんが、わらわらと段ボール箱の束(つぶしたものを持ってきてくれるんだけど、私独りじゃ抱えて切れないくらい重いのです!)を持ってきてくれました。
これに、我が家にあった洗濯機やテレビ、冷蔵庫の空き箱や、日本からの荷物の空き箱、引越しのときにつかった空き箱などと、隙間に詰めるボロ布やかつて窓の目張りにつかってた綿なども詰め込みました。
これから寒い時期だから、ホームレスの人たちも、地下の生活になるんでしょうね。
地下っつーのは、マンホールのこと。
マンホールにもいろいろあるのですが、集中暖房の管路が通ってたり、上下水やいろんなケーブル類が通ってる場所だと、地下には、普通のアパートのリビングルームよりちょっと狭いぐらいの部屋があるのです。
この中だと、集中暖房のお湯の蒸散熱のおかげで暖かいし、浄水も確保できるのです。
1992年、留学中に配給のヤギ肉をせしめて、しめしめ、なんて帰宅途中にストリートチルドレンに囲まれ、「その肉、よこせ!」なんて言われたことがありまして、あまりの薄着に、不憫というより驚いて、どうやって冬を暮らしているのか?とたずねたら、ニンマリ笑って「秘密のいい場所があるのさ」なんていうのでした。
興味しんしんになったので、肉も野菜もあげるから、そこ、連れてってクレイ!といって、、、とことこついていったらば、、、それは、当時の最高級ホテル、ウランバートルホテルの裏、科学アカデミーなどがそびえる中庭にあるマンホールの中だったのでした。
窓ガラスが割られ、停電やら断水やら集中暖房ストップやらと公共インフラに問題のあった私の学生寮の部屋よりもよっぽど快適にしつらえてあり、驚きました。
市場経済化への移行期で配給制にしても食糧難、さらにはインフラがバンバンすすみ、銀行の預金金利が月50%ってのも当たり前だった頃です。
その後、NHKやテレビ朝日などで、モンゴルの「マンホールチルドレン」というテーマでの取材が相次ぎました。マンホールに住んでいる、しかも子供たちのコミュニティがある、というのは、バブル絶頂からややかげりがある頃の日本には珍しく、インパクトも強かったんでしょうね。
今じゃ、チルドレンは寒くなると養護施設などのシェルターに避難し、マンホールは主に大人のホームレスの人たちの住処となっております。
メルクーリ市場の近く、というと、今年の2月にモンゴルの酸いも甘いもかみわけたベテラン日本語教師の日本人女性が殺害された現場近くってことで、加害者として逮捕され懲役13年の実刑判決がでた青年もこのあたりをネジロにしていたのでした。
ダークネスな世界に生きるホームレスですが、意外と皆さん大人しく、彼らなりの世界での秩序と我らの日常生活との折り合いを上手にこなしております。
ホームレスのなかに、片目がつぶれたおばさんがいたのですが、このおばさんが段ボール箱をあさってた我々に最初に声をかけたのでした。
「市場経済ってのは、人が捨てたものにだって値段がつく世の中なのさ」
いろんな意味で心に焼きついたコミュニケーションでした。
てなわけで、会社のことで都会でアクセクというところが、草原でアクセクってことに変更になりました。
昨日、ウランバートル一の高級食料市場メルクーリで高級段ボール箱をゴミ捨て場であさってたら、浮浪者の皆様がお集まりになりまして、「おらっちのゴミ捨て場で何しとる!」と。
きいてみたら、最近、何千とも何万ともいわれているウランバートル市のホームレスですが、一応、ゴミ捨て場にも縄張りがあるんだそうです。市場やお店、レストランなどの近くにあるゴミ捨て場は特に人気。
従業員や市場の売り子さん達や消費者の荷物運びを手伝ったりしながら、段ボール箱を集めて、リサイクル業者に持っていく、というのが彼らのお金の稼ぎ方、とのこと。
でも、ナラントール市場の段ボール箱を買うよりは、断然リーズナブルなお値段でした。
大体、みかん箱ぐらいのが10箱分くらいで1000tg、大きいので1500tg、という感じなのですが、ラブワゴンの後部座席いっぱいに段ボール箱を購入しても、5,500tg。
ゴミ捨て場にはなかったものでも、商談成立、となったら、ホームレスのおじさん、おばさんが、わらわらと段ボール箱の束(つぶしたものを持ってきてくれるんだけど、私独りじゃ抱えて切れないくらい重いのです!)を持ってきてくれました。
これに、我が家にあった洗濯機やテレビ、冷蔵庫の空き箱や、日本からの荷物の空き箱、引越しのときにつかった空き箱などと、隙間に詰めるボロ布やかつて窓の目張りにつかってた綿なども詰め込みました。
これから寒い時期だから、ホームレスの人たちも、地下の生活になるんでしょうね。
地下っつーのは、マンホールのこと。
マンホールにもいろいろあるのですが、集中暖房の管路が通ってたり、上下水やいろんなケーブル類が通ってる場所だと、地下には、普通のアパートのリビングルームよりちょっと狭いぐらいの部屋があるのです。
この中だと、集中暖房のお湯の蒸散熱のおかげで暖かいし、浄水も確保できるのです。
1992年、留学中に配給のヤギ肉をせしめて、しめしめ、なんて帰宅途中にストリートチルドレンに囲まれ、「その肉、よこせ!」なんて言われたことがありまして、あまりの薄着に、不憫というより驚いて、どうやって冬を暮らしているのか?とたずねたら、ニンマリ笑って「秘密のいい場所があるのさ」なんていうのでした。
興味しんしんになったので、肉も野菜もあげるから、そこ、連れてってクレイ!といって、、、とことこついていったらば、、、それは、当時の最高級ホテル、ウランバートルホテルの裏、科学アカデミーなどがそびえる中庭にあるマンホールの中だったのでした。
窓ガラスが割られ、停電やら断水やら集中暖房ストップやらと公共インフラに問題のあった私の学生寮の部屋よりもよっぽど快適にしつらえてあり、驚きました。
市場経済化への移行期で配給制にしても食糧難、さらにはインフラがバンバンすすみ、銀行の預金金利が月50%ってのも当たり前だった頃です。
その後、NHKやテレビ朝日などで、モンゴルの「マンホールチルドレン」というテーマでの取材が相次ぎました。マンホールに住んでいる、しかも子供たちのコミュニティがある、というのは、バブル絶頂からややかげりがある頃の日本には珍しく、インパクトも強かったんでしょうね。
今じゃ、チルドレンは寒くなると養護施設などのシェルターに避難し、マンホールは主に大人のホームレスの人たちの住処となっております。
メルクーリ市場の近く、というと、今年の2月にモンゴルの酸いも甘いもかみわけたベテラン日本語教師の日本人女性が殺害された現場近くってことで、加害者として逮捕され懲役13年の実刑判決がでた青年もこのあたりをネジロにしていたのでした。
ダークネスな世界に生きるホームレスですが、意外と皆さん大人しく、彼らなりの世界での秩序と我らの日常生活との折り合いを上手にこなしております。
ホームレスのなかに、片目がつぶれたおばさんがいたのですが、このおばさんが段ボール箱をあさってた我々に最初に声をかけたのでした。
「市場経済ってのは、人が捨てたものにだって値段がつく世の中なのさ」
いろんな意味で心に焼きついたコミュニケーションでした。