「モンハン」ってなんかはやってるらしいですね。
「モンハン」っていわれて、思わず「ノモンハン事件」とかって思っちゃった人、、、それは相当のモンゴルフリーク。

日本ではノモンハン事件と言われていますが、モンゴル国では「ハルハ河戦争」と呼ばれております。
そして、ジューコフ元帥率いるモンゴル・ソ連連合軍が関東軍との激戦の末勝利した記念すべき戦闘として、モンゴル近現代史ではかなり重要な歴史的事件であります。
モンゴル人でハルハ河戦争という言葉を知らぬ人はいませんが、日本人の中には、「え、モンゴルと日本って戦争してたの?」という人もいらっしゃるでしょうし、「ノモンハン」も「ハルハ河」も、それってどこ?っていう人の方が圧倒的多数、って思います。

明日は、終戦記念日です。
敗戦記念日ともいえるのかもしれません。

モンゴルでは、1921年の社会主義革命で第二次独立勝利をした日やら、なんちゃら戦争での勝利の日やら、いろいろと記念すべき軍事的記念日が日本に比べると多いです。
軍人が首都を闊歩している姿をみかけるのも、首都・東京で自衛隊の制服組幹部を見る確率よりも圧倒的に高いです。

ノモンハン事件=ハルハ河戦争は、今年で70周年を迎えます。
今年は、この歴史的事件を記念したイベントが目白押しで、モンゴル人の間でも、モンゴル東部のドルノドアイマグ、ハルハ河地域に旅行するのがちょっとしたブームみたい。

かなりマイナーで日本史の教科書にも、ほんの一行、書かれているかいないか、って感じであり、また高校の授業でも習うまで授業が続いているかどうか微妙な、かなり現代に近い、しかし、太平洋戦争開戦間近のくすぶった時期のひとつの紛争として「盧溝橋事件」なんかとならんで、さらっと書かれちゃってて、その内容そのものまできちんとつきつめて調べている高校生なんか、そうそういないと思います。

私だって、モンゴル語学科卒業だけど、仕事でハルハ河行くまで、あんまりハルハ河戦争のことを調べようとも思ってなかったもの。大学院の同期生で、ハルハ河戦争の生き残り兵士や将校の話を聞いたりしていた歴史専攻の人がいたけれど、、、正直、その研究意義は理解できなかったというか、すごいなー、という感想だけで興味が持てなかったのでした。

実際に、仕事でその現場に行ってみて、そして、現場で話をきいてみて、その兵士の遺体や遺骨を見て、初めてその壮絶さや悲惨さが強烈に身にしみたのでした。

旧ソ連軍とモンゴル軍にとっては、大きな勝利であり、戦車戦という近代兵器による戦法の確立が、のちのベルリン陥落につながっていくということを考えると、世界史的にもとても意義深い事件なのです。

ハマルダワーという80kmにわたる丘陵地の争奪戦であり、その上空には人類史上、類をみないほどのたくさんの戦闘機が飛び交ったといいます。
シンプルなスコップひとつで、モンゴル兵はわずか30分足らずで高射砲用の装甲車を隠すほどの塹壕を掘っていたとか。永久凍土層が厚かった70年前に驚異的な能力です。スコップ黒帯レベルです。

上から下を見下ろす形で迎え撃つ形になったモンゴル軍、それに立ち向かう関東軍。
丸見え状態になると、子供でもわかるような戦場で、ひるむことなく前進し、銃弾に倒れた人たちの多くは、20代の若者たち。その犠牲を本国に知らせることなく、事実は隠ぺいされ、生き残った兵士の多くは、さらに過激で生存率の低い南洋の戦場へと、まるで口封じのように送られたとも言われます。

モンスターハンターというゲームの略が「モンハン」だなんて、思いもよりませんでした。

明日、8月15日が終戦記念日っていうことで、つたない知識で書いちまいましたが、これをきっかけに、「ハルハ河戦争」について、興味を持っていただけたら幸いです。。。
なぁんて言っておきながら、私もほとんど聞きかじりで、まだ、全然、本質も概要も理解しきれておりませんが。

ちなみに・・・
ウランバートル市スフバートル区の北部「ダンバダルジャー」に「日本人墓地」(実際のお柱は、みな荼毘にふされて遺族団・慰霊団の手によって帰国しています)で慰霊されている800余の人たちは、この「ハルハ河戦争」で捕虜になったのではなく、太平洋戦争の中国戦線に送られ、旧ソ連軍に捕虜にされシベリア送りになる途中でモンゴルにおろされた兵隊さんたちであります。
時々、ガイドさんでも勘違いしている人がいて、妙な説明をしちゃうことがありますが、管理人さんはちゃんと説明してくれていますし(モンゴル語オンリーだけど、とっても一生懸命、お墓の管理をしてくださってます。お線香、あげてあげてくださいね)、今年、ダンバダルジャーの日本人墓地についての日本語ガイドパンフレットも出版され、資料館で無料で配布されています。

つい先日、仕事関係で訪れたのですが、立派な献花がいくつもされています。
夏の暑い日も、雨の日も、冬の吹雪の日も、春の砂嵐が続く日も、管理人の人は、「いつ、誰が慰霊に参拝しても、気持ちよくいられるように。落ち着いて参拝できるように」と通路や慰霊碑、慰霊場の掃除をしてくれていて、ごみひとつ落ちていません。

戦後○○年って、8月15日になるといつも言われるけれど、この終戦記念日が、日本国にとってこれからもずっと終戦記念日であり続けるように、戦争放棄を人類史上最初にうたった平和憲法の意義をあらためて考える日としたいって思います。

私にとっては、終戦記念日であるっていうだけでなく、愛する人生の師匠・故高橋昇さんのお誕生日であるっていうことでも、特別な日なのです。