「恋愛」「仕事」「自分の時間」、大切な順に並べて ブログネタ:「恋愛」「仕事」「自分の時間」、大切な順に並べて 参加中
恋も仕事も両立したい!って20代の働き盛りで、ぴっちぴちの若さで幸せをガンガンつかんでいる時って思ってました。

恋愛ってなかなかうまくいかないから、うまくいって恋人って100%実感できるくらいタップリの愛情を注いでくれる男性と付き合えてたら、もうそれだけで幸せっていう気もします。

30代は仕事、仕事、仕事ーっていって、自分の人生基盤を気づきたいってがむしゃらでした。
テレビ業界でのディレクターという仕事は老若男女の別なく過酷な状況で、平等っちゃあ平等だけれども、誰もが平等に余裕を失う職種だなぁと思いました。時間との闘いの中で、いかにして自分を見失わず、取材内容の本質を突き詰めていきながら、人生教訓とか社会へのメッセージとか、視聴者にわかりやすく、かつ「見てよかった!」という満足感をもっていただける番組が作れるかってことに夢中になっていると、恋愛も自分の時間もどうでもよくなってしまうのでした。

通訳も翻訳もガイドもコーディネーターの仕事も、私が携わる仕事は全て、「お客様があって」初めて成立する仕事ばかりです。私は仕事にやりがいを持っているし、自分の能力をフル活用してお客様のニーズ+αを提供したり、提案したりできることが幸せです。

プライベートな時間も仕事で生かせる形に変換しながら体験し、蓄積していくことが習慣化しています。

だから、恋愛っていう仕事とは全然関係ない事柄に対して、かなり不器用です。

家の中も雑然としているし、四六時中、愛する人のことを考えて、仕事が手につかないっていう体験もここ20年くらいしていませんね。。。
つまりは、アルバイトを始めてからは、恋愛は二の次、三の次になってしまっている、ということか。

仕事に夢中になってしまっていると、さしたる決定的な要因なくして恋愛が終わってしまうのですね。

1年近くのモンゴル出張行ってる間に、相手が醒めちゃったとかね。
今みたいにインターネットでスカイプで会話したり、メッセンジャーでチャットできたり、メールのやりとりが簡単にできたりっていう状況ではなかったし、実際問題として、私自身、仕事に夢中で、恋人が必ずしもいなくてもいーやー、みたいになってしまいがちだから仕方なかった。

どこかで自分の限界を感じたり、結婚を意識したりっていう女性としての本能にスイッチが入るもんだって勝手に思っていたのですが、恋愛モードのスイッチって自分で意識的に入れる気合がないと、いつまでたっても、独身で仕事バリバリで、仲良しの友達や先輩に囲まれて楽しくのほほーんと暮らしてっていうのに満足しちゃって、「ベターハーフを探さなきゃ」っていう焦燥感が生まれません。

大切な順って、結局、自分が1日、24時間の使い方の多い順ってことなのかなぁ、なんて思います。

仕事がないときはプライベートが一番大事。自分の時間が大切です。
この「自分の時間」ってモンゴルで1人暮らしをしていると、日本では想像できないほどタップリととることができちゃいます。ただ日本のように必要な、あるいは自分が欲しいと要求している情報や刺激や体験が簡単に手に入るわけじゃないので、家でぼーっとしちゃうことも多いです。

本を読んだり、インターネットをしたり。

1人の時間が退屈だって、モンゴルにいるときに思わなくなったのは、もう孤独じゃなくなったからなんだろうな、と喜んでいます。

いつも誰かと一緒にいると、「1人になりたいな」って思ったりするんでしょうけれど、今はいつでもその気になれば、1人になれちゃうから、ありがたみが薄れてきてはいるけれど。

大切な順であり、自分が自信を持って取り組みたいものの順番でもありますね。

恋愛のプライオリティがなんとなく低いのは、自分1人じゃどうにもならないじゃん、って思っているからかもしれません。

相手の仕事やプライベートの活動や、いろんなことも関わってくるし、私も自分の時間やこれまでの経験やリズムを崩したくないって思っちゃうから、ついつい、後回しみたいなフリをして、余裕を持ちたいのかもしれないな、と思います。

もうちょっと経済的にも、これまでに失った大きな財産の分を少しずつ取り戻して、日本人としての社会人基盤を確立できたら、この順番も変わってくるかもしれません。