言葉では何パーセントの気持ちが伝えられると思う? ブログネタ:言葉では何パーセントの気持ちが伝えられると思う? 参加中
通訳という仕事を始めてからもう20年間という年月がたっています。ティーンエイジャーの頃からだから、半生以上を言葉を伝えることでお金を稼いでいることになります。言葉がたどたどしかったときの方が、気持はむしろダイレクトに伝わっていたような気がします。

言葉って便利なようで、とても不自由なコミュニケーション手段だなぁ、って。
情報伝達ではもちろん、正確に迅速に伝えるテクニックというのがあって、きちんとした技能と知識を持ち、情報の共有をして用語等の使い方にも共通認識と決定的なものを固定しておけば、言葉というのはとても便利です。

動物でいってみれば、違う泣き声を出しても、ちゃんと脳内変換して正しく情報伝達するわけですから、人間はたいした知的生物だって思います。逆にいうと、世界の海をまたにかけて、自由自在に泳ぎ回り、きっと平和的にお互いの生息域を共有したりすみわけたりしている鯨のほうがすごいのかもしれないけれど。

ともかく、外国語を使っても、技能と知識と徹底した訓練と最新情報の共有などによって、通訳を介しても国際会議がとんでもない方向に言葉を理解していないからって迷走することはない、という状況までは持っていくことができるようになりました。

でも、、、気持を伝えるってほんとに難しいです。
気持を理解するって同じ国の人同士でも故郷が同じでも、たとえ生年月日が同じだったとしても、全部を理解することなんてできない。

それに言葉って、受け取る側の変換機能でどんどんずれていく。

「好きだ」って言葉ひとつでもそう。

そして、言葉で伝えられない「好き」だってこの世にはたくさん存在しているのです。

ほんとの、「好き」を、愛情の深さや広さや真剣さを、言葉で伝えようとすればするほどに、うそっぽくなり、安っぽくなっていく。

言葉で伝えられる気持・感情って30%くらいで、残りはボディラングエージとアイコンタクトなんだって聞いた事があります。

「目は口ほどにものをいう」っていう。

「愛し合う恋人同士に言葉はいらない」とかね。

外国人との国際恋愛、国際結婚をみていても、言葉が100%通じ合わないカップルのほうが、細かいいざこざがなくてうまくいっているように思えます。
言葉で伝えられない分、気持が体からあふれて、ちゃんと相手と向き合ったり、「ま、しょうがないや」と言葉が通じないっていうあきらめで、かえってうまく折り合えるのかもしれません。

言葉を上手に使いこなせるほどに、自分の本音とはかけはなれていく「外交的」な自分が少し嫌になってくる。
それは、通訳としての自分が言葉で気持を伝え切れないっていう限界を感じるからなのかも?

逆に、友情を確かめ合う二人の間に言葉での通訳はしなくてもいい。
お互いに通じているってわかったら、それでいい。

でも、ちゃんと通じてないなって思ったら、もちろん、双方の文化的背景や心理状況についての補足を含めて通訳します。
優先すべきは、言葉なしでの気持の交流で、それがだめなとき、30%でもいい、50%、60%ならうれしい、でも、100%にするために、言葉だけじゃなくて、私も全身と誠心誠意を投入して伝える努力します。

自分の気持を伝えるときは、それがかけがえのない人への愛情ならば、ぎゅーって抱きしめるしかないなって思ってます。