ぶっちゃけ部屋はキレイ?汚い? ブログネタ:ぶっちゃけ部屋はキレイ?汚い? 参加中
片付けられない女です。片付けが嫌いなわけではないんだけれど、生活していると、どうしても散らかります。百人一首やカルタ、神経衰弱が子供の頃から好きでした。散らばっているものの中から、「これぞ!」というターゲットを正確にすばやくキャッチすることと、ごちゃごちゃ、ばらばらに散らばったものをそのままの位置で記憶するのも得意です。
この性質が、私の部屋を「ぶっちゃけカオス」にしているのだと分析するわけです。

なぜならば、ダルハンでの仕事の時や旅先などでは、それほど混沌とはならないからです。
他人のテリトリーでは、ちんまりとできるだけスペースをとらないように、「使ったものは元の位置に戻す」という原則を律儀に守れる。

でも、自宅となると、それは「My world」、「My space」なのです。
収納の本や整理整頓に関わる本は図書館が作れるほど持っています。
そういう本がまた、私の部屋のごちゃごちゃ感を増幅させている気がします。
来客が、私の部屋と、「片付け本」のずらりと並んだ本棚を見て、「ふっ」と苦笑するのを見るのが嫌で、本棚は人目につかないところにおいています。

埃がもうもうとか、不衛生ってことではありませんよ。
そういうところは、自分がハウスダストのアレルギーがあるから、それなりに暇さえあれば、箒ではき、濡れ雑巾で拭くというのは習慣化することに成功しました。

洗い物はすぐにやって片付けるようにもしています。

それでも、ごちゃごちゃするのは、どう考えても収納しきれていないから。
ダンボール箱に愛着があり、捨てられないで、そのまま使っているからです。

来客には、ガラクタの集合体であったり、生活動線が明らかな「獣道」に見えたとしても、私の中では秩序があるのです。勝手に動かされたくないのです。

あと、持ち物エントロピーの法則っつーのがあると思います。
与えられた自分のスペースに対して、持ち物は拡散していくのです。
最初、モンゴルで起業したときは、お金も乏しかったし、部屋数も少なかったし、家具が充実していたし、そして、何より、オフィスを持っていたので、仕事空間と生活空間をかっきり分けることができていました。

それが今は、もうごっちゃごちゃです。
オフィスも広くなり、カフェなんていうものも経営した挙句、閉鎖してあふれかえった荷物の多くが我が家を侵略し、それがそのまま占領し続けているから、私スペースの秩序もまた、不協和音を奏で、居心地の悪い「乱雑な空間」という印象を発散しているのです。

私の座る位置に座って、翻訳作業をしてみればわかると思います。
全てのものが、半径90cm以内、つまりは、「手を伸ばせば届く位置」に、「見なくてもわかる位置づけ」で配置されているので、作業を始めたら、「トイレに行く」という作業以外の全てをそのまま続けることができるという黄金の配置、ベスポジなのです。

「鶴の恩返し」で、鶴が機織りをするときに、「絶対開けてはなりませぬ」といっていたのは、鶴に変身して折っていたからというのもあるでしょうが、何よりも、「自分のベストなポジションとベストな仕事体制」というのが、他人から見たらびっくり仰天なものであることを知っていたからなのではないか、と私は解釈しています。

きちんとした仕事をするために、必ずしもピカピカなオフィスや立派な道具も整理整頓もスッキリ快適も必要ない。

何よりも自分にとって仕事しやすい環境であることが最優先です。

モンゴルではお客様がいつ来てもよいように、ときれいに片付けるのが当たり前です。
ゲルという円形ワンルーム空間で大家族が暮らし、さらにいつでもひっきりなしに来客があったり、突然の泊り客にも対応できるという生活スタイルが培った、快適住空間としての生活習慣であり、伝統なのです。

いろいろと自分の会社内部におけるごちゃごちゃがスッキリしたこともあり、部屋を1つずつ、整理整頓し、スッキリさせる試みをしています。まずは玄関と水周り、そして台所。

ここまでは済みました。
なぜなら、あまり親しくないモンゴル人が真っ先に入るのが、玄関、トイレ、ダイニングキッチンとなっている台所、だからです。

メゾネットなので、来客対応ということならば、下の階のリビングが今、仕事場と仕事関係(主にキャンプ道具)の置き場になっているのを、上の階に移動させれば、リビングもまぁ、なんとか見られるでしょう。

ごちゃごちゃとした膨大な量の仕事道具が果たしてどれだけのスペースをとるのか、というのは、パズルのようで、上の階はただいま2部屋ありますが、ここは、きっと禁断のスペースとなるのでしょう。

1つずつ、クリアにしていく私空間。
神様は、わずか6日間で、世界を創世し、7日目には、その出来ばえに満足しつつお休みになられたから、神様の偉業に感謝しつつ日曜日を休み、神様のことを思う安息日としていますが、私はほとんど毎日が安息日状態、あるいは四六時中、365日がカオスの創世時代です。。。

これでいいのだ、と開き直るのはそろそろ止めにして、せめて、友達が遊びに来たときに「大掃除を始めたくなる」衝動に駆られない程度の常識の範囲内の秩序は取り戻そうというのが4月のテーマです。