先日、仕事でウランバートルにある「国立自然史博物館」と「国立歴史民族博物館」に行ってきました。
日本からの観光ツアーの定番コース。
実はじつに半年以上ぶりに訪れました。
モンゴル人の若い人たちは、初めて、という人も珍しくなく、博物館とか雑学とかへの興味の薄さを感じます。
でも、最近は、モンゴルは子どもの課外授業やサークル活動などに力を入れているようです。
社会主義時代は、ピオネールという共産党少年部みたいな機関があり、ボーイスカウト・カブスカウトのようなサマーキャンプや普段の奉仕活動、アウトドアライフや自然環境に関わる知識を吸収したり、学年や住む地域が違う子ども同士の交流の場があったり、児童文化会館でも色々なサークル活動があったりして、日ごろから学校教育以外の知識や知恵をはぐくむチャンスがあったものです。(って私は社会主義時代のモンゴルは授業でしか知らなくって、その名残、ってなものしか実際には体験したことありませんが)
児童文化会館での歌やダンス、民族舞踊や民族楽器などの教室は、大人になってから「金になる」ので親が好んで通わせるものですが、一般的な科学教室とかは廃れてました。
今回、自然史博物館にいったら、鉱物資源コーナーが大きく展示場所も変わり、随分スペースのとり方も変わっていて戸惑いました。
鳥類コーナーはまぁ、剥製の置き方などは変わっていないのですが、鉱物資源コーナーが移動したため、ストーリーとしてガイド解説するのがちょっとやりづらい。
正直、ちょっと面白くなくなっちゃってました。
恐竜コーナーも、またいくつかの化石展示物が国外の展示出稼ぎに出されたようで、減ってしまっていたし。
まぁ、恐竜の卵なんか、ごろごろ似たようなものが転がってたって仕方がないとは思うんだけど、マイアサウロス(カモノハシ竜の全身完全化石がモンゴルでは出土している)やイグアナドンが早く帰ってこないかなぁって思っているのですが、もしかしたら、半永久的に貸し出し状態になっちゃってるのかも?
マイアサウロスの全身体は世界でもほとんど発見されていない稀有な標本で、今はイタリアだかにあるらしい。一時期、(今もあるのかな?)日本の某博物館だか資料館だかに貸し出されたままのレプリカがあるとか。。。
あとカブト竜が一体まるまる消えていました。
ヴェロキラプトルの化石も減っていて、なんだか自慢の恐竜コーナーが、スッキリした分、逆に寂しい感じ。
モンゴル人ガイドにとっては、覚える展示数が減ってよかったかな?
それでも国立自然史博物館は本気で見てまわろうとすると、8000点以上の展示品があります。
以前はごった煮みたいな状態で1万点以上ありました。
自然史博物館という名前ではなく、「国立博物館」という名前で、今の歴史民族博物館に展示されているものもごちゃごちゃとありました。
そういうところから覚え始めていて、博物館の人も顔パスっていうくらい通っていたので、目新しいって思って博物館を訪れる、というよりは、展示品のレイアウトの確認と、新たなガイド解説のストーリーというかシナリオを構築するっていう訓練のために訪れる場所なのです。
でも数年ごとに展示品のレイアウトを変更する、というのは、21世紀になってもう3-5回くらいかな?
90年代はほとんど代わり映えがなかったことを考えると博物館員たちの意識も変わってきているのかなぁ、と思います。
モンゴル語のみやたどたどしい丸暗記英語だけの解説員ではありますが、展示コーナーごとに一応、人員配置していたりもするし。
歴史民族博物館では、1階の先史時代コーナーの奥に「子どもの部屋」というのがあって、なんだか幼い子ども達が、お絵かきだかなんだかやってました。
私は自分が子どもの頃に、近所にあった「科学教育センター」で無料でプラネタリウムを見たり、プラネタリウムの解説シナリオや映像資料の制作の手伝いをやったり、太陽の黒点研究のためにまるまる1年間、タダで毎日昼休みの約40分を本格的な大きな天体望遠鏡を借りたり、地質研究をさせてもらったり、科学に関わるいろいろな教室に通っていました。他にも遺跡の発掘の手伝いや上野の国立科学博物館や美術館、逓信総合博物館から江戸時代の関連の展示品をホンモノの江戸っ子のおじいさん達の解説で楽しむ博物館や資料館など、いろんな博物館に行ったり、体験学習をするのが大好きでした。
子どもの頃って頭が柔らかいから、本などで頭でっかちに理屈から入るんじゃなくて、自分なりの理論の組み立てや作業の段取りを考えるっていう機能を育てるためには、こういう博物館の展示品や体験学習ってすごくいいのではないか、と思います。
私は決して頭がよいってわけじゃないと思うのは、数学が苦手だから。高校数学からほんと、全然ダメ。全国テストとかならなんとかなったけど、高校の先生が作る定期テストは、11点とか8点とか100点満点なのに、、、という信じられない点数ばかり。クラスの平均点も10点とか12点だから、まぁ、平均点ちょっと下、ぐらいなのですが、そういう難問でも100点近くをゲットする生徒もそれなりの人数いました。
でも、今考えてみると、学校の成績って言うこと以外では、応用力や論理を組み立てたり、段取りをするっていうことは、学校の授業以外の博物館や子ども科学教室、サイクリング教室など、大人や年上のお兄さん、お姉さんと接する機会があったことは、今の私にとってはとてもよかったと思うのです。
私には子どもはいないのですが、親が「子どものため」って習わせたりするお稽古事よりも、むしろ、遊びみたいな体験とか自分が好奇心を持って「学ぶ」場に飛び込むってことが、心を膨らまし、しなやかにしてくれるのではないか、と思っています。
モンゴルでのお習い事って、むかし、日本でもいた「教育ママゴン」みたいな、へんな「エリート意識」を子供に植え付けたり、「大人になって金になる」というみょうちきりんな価値観でやられてて、すっごくアグリーな感じなものが多くて、教えている人も教えられている人も、どうも鼻につくって思ってました。
「何かの役に立つ」って学ぶことにとって、それほど重要なことなんだろうか?って、大学でモンゴル語を選考した私は思ってしまうのです。
もちろん、社会には「勝ち組」とか「負け組」って線引きが現実にあって、生活水準とか仕事を得るチャンスや住環境をゲットするときに大きな影響を与える、ということはわかるんだけれど、「役にたつ」かどうかは、金になる、ならないだけで判断はできないっていうことを、そろそろモンゴル人にもわかってほしいなぁ、、、。
大きなお世話なのかもしれないけれど。
だから、歴史民族博物館という私が留学時代お世話になった(革命博物館から歴史民族博物館になる準備段階で、私はここで民俗学の授業を受けながら、博物館の資料整理の手伝いやカード作り、展示資料の取り扱い、洗浄、復元の仕方などを教わりました)機関で、今、子供たちが、考古学的なことをお絵かきというようなやり方から学んでいる場を、チラ見できたのは、かなり嬉しかったです。
正直、考古学って日本で日本考古学を選考すれば、「くいっぱぐれない」(建築物を建てる場合、基礎堀り中に遺跡と思しきものが出てきたら、必ず調査するから仕事は一杯なんだって)らしいけれど、モンゴルでは、考古学調査は金がかかるから、どうしても外国との共同調査になるので、チャンスをつかむのが結構大変だから、いわば「お遊び感覚の勉強」のお教室みたいな感じなんだと思ったのです。
仕事に役に立たなさそうな「雑学」を膨らませたり、子供の想像力を育てたり、ただ、「面白い」っていう感覚をゆたかにする活動ってモンゴルでは大事なんじゃないかな。
仕事として必要だから博物館に行くっていうのではなく、ただ、ぼーっと暇つぶしみたいに博物館の展示物を眺めているうちに、インスパイヤされるものがあるっていう空間にモンゴルの施設もなるといいなぁ。
なんか話がそれましたが、そんなことを考えるほどに、今年の博物館のレイアウトは様変わりしています。
前に行ったことがある、なんて方でも、モンゴルにいらっしゃったら、ぜひ、また博物館を覗いてみてください。
ひとつの施設でたっぷり2時間半は楽しめると思います。(わけわからずだとつまらないかも。私が時間があるときはご案内しますんで、メッセででもご予約くださいませw)
日本からの観光ツアーの定番コース。
実はじつに半年以上ぶりに訪れました。
モンゴル人の若い人たちは、初めて、という人も珍しくなく、博物館とか雑学とかへの興味の薄さを感じます。
でも、最近は、モンゴルは子どもの課外授業やサークル活動などに力を入れているようです。
社会主義時代は、ピオネールという共産党少年部みたいな機関があり、ボーイスカウト・カブスカウトのようなサマーキャンプや普段の奉仕活動、アウトドアライフや自然環境に関わる知識を吸収したり、学年や住む地域が違う子ども同士の交流の場があったり、児童文化会館でも色々なサークル活動があったりして、日ごろから学校教育以外の知識や知恵をはぐくむチャンスがあったものです。(って私は社会主義時代のモンゴルは授業でしか知らなくって、その名残、ってなものしか実際には体験したことありませんが)
児童文化会館での歌やダンス、民族舞踊や民族楽器などの教室は、大人になってから「金になる」ので親が好んで通わせるものですが、一般的な科学教室とかは廃れてました。
今回、自然史博物館にいったら、鉱物資源コーナーが大きく展示場所も変わり、随分スペースのとり方も変わっていて戸惑いました。
鳥類コーナーはまぁ、剥製の置き方などは変わっていないのですが、鉱物資源コーナーが移動したため、ストーリーとしてガイド解説するのがちょっとやりづらい。
正直、ちょっと面白くなくなっちゃってました。
恐竜コーナーも、またいくつかの化石展示物が国外の展示出稼ぎに出されたようで、減ってしまっていたし。
まぁ、恐竜の卵なんか、ごろごろ似たようなものが転がってたって仕方がないとは思うんだけど、マイアサウロス(カモノハシ竜の全身完全化石がモンゴルでは出土している)やイグアナドンが早く帰ってこないかなぁって思っているのですが、もしかしたら、半永久的に貸し出し状態になっちゃってるのかも?
マイアサウロスの全身体は世界でもほとんど発見されていない稀有な標本で、今はイタリアだかにあるらしい。一時期、(今もあるのかな?)日本の某博物館だか資料館だかに貸し出されたままのレプリカがあるとか。。。
あとカブト竜が一体まるまる消えていました。
ヴェロキラプトルの化石も減っていて、なんだか自慢の恐竜コーナーが、スッキリした分、逆に寂しい感じ。
モンゴル人ガイドにとっては、覚える展示数が減ってよかったかな?
それでも国立自然史博物館は本気で見てまわろうとすると、8000点以上の展示品があります。
以前はごった煮みたいな状態で1万点以上ありました。
自然史博物館という名前ではなく、「国立博物館」という名前で、今の歴史民族博物館に展示されているものもごちゃごちゃとありました。
そういうところから覚え始めていて、博物館の人も顔パスっていうくらい通っていたので、目新しいって思って博物館を訪れる、というよりは、展示品のレイアウトの確認と、新たなガイド解説のストーリーというかシナリオを構築するっていう訓練のために訪れる場所なのです。
でも数年ごとに展示品のレイアウトを変更する、というのは、21世紀になってもう3-5回くらいかな?
90年代はほとんど代わり映えがなかったことを考えると博物館員たちの意識も変わってきているのかなぁ、と思います。
モンゴル語のみやたどたどしい丸暗記英語だけの解説員ではありますが、展示コーナーごとに一応、人員配置していたりもするし。
歴史民族博物館では、1階の先史時代コーナーの奥に「子どもの部屋」というのがあって、なんだか幼い子ども達が、お絵かきだかなんだかやってました。
私は自分が子どもの頃に、近所にあった「科学教育センター」で無料でプラネタリウムを見たり、プラネタリウムの解説シナリオや映像資料の制作の手伝いをやったり、太陽の黒点研究のためにまるまる1年間、タダで毎日昼休みの約40分を本格的な大きな天体望遠鏡を借りたり、地質研究をさせてもらったり、科学に関わるいろいろな教室に通っていました。他にも遺跡の発掘の手伝いや上野の国立科学博物館や美術館、逓信総合博物館から江戸時代の関連の展示品をホンモノの江戸っ子のおじいさん達の解説で楽しむ博物館や資料館など、いろんな博物館に行ったり、体験学習をするのが大好きでした。
子どもの頃って頭が柔らかいから、本などで頭でっかちに理屈から入るんじゃなくて、自分なりの理論の組み立てや作業の段取りを考えるっていう機能を育てるためには、こういう博物館の展示品や体験学習ってすごくいいのではないか、と思います。
私は決して頭がよいってわけじゃないと思うのは、数学が苦手だから。高校数学からほんと、全然ダメ。全国テストとかならなんとかなったけど、高校の先生が作る定期テストは、11点とか8点とか100点満点なのに、、、という信じられない点数ばかり。クラスの平均点も10点とか12点だから、まぁ、平均点ちょっと下、ぐらいなのですが、そういう難問でも100点近くをゲットする生徒もそれなりの人数いました。
でも、今考えてみると、学校の成績って言うこと以外では、応用力や論理を組み立てたり、段取りをするっていうことは、学校の授業以外の博物館や子ども科学教室、サイクリング教室など、大人や年上のお兄さん、お姉さんと接する機会があったことは、今の私にとってはとてもよかったと思うのです。
私には子どもはいないのですが、親が「子どものため」って習わせたりするお稽古事よりも、むしろ、遊びみたいな体験とか自分が好奇心を持って「学ぶ」場に飛び込むってことが、心を膨らまし、しなやかにしてくれるのではないか、と思っています。
モンゴルでのお習い事って、むかし、日本でもいた「教育ママゴン」みたいな、へんな「エリート意識」を子供に植え付けたり、「大人になって金になる」というみょうちきりんな価値観でやられてて、すっごくアグリーな感じなものが多くて、教えている人も教えられている人も、どうも鼻につくって思ってました。
「何かの役に立つ」って学ぶことにとって、それほど重要なことなんだろうか?って、大学でモンゴル語を選考した私は思ってしまうのです。
もちろん、社会には「勝ち組」とか「負け組」って線引きが現実にあって、生活水準とか仕事を得るチャンスや住環境をゲットするときに大きな影響を与える、ということはわかるんだけれど、「役にたつ」かどうかは、金になる、ならないだけで判断はできないっていうことを、そろそろモンゴル人にもわかってほしいなぁ、、、。
大きなお世話なのかもしれないけれど。
だから、歴史民族博物館という私が留学時代お世話になった(革命博物館から歴史民族博物館になる準備段階で、私はここで民俗学の授業を受けながら、博物館の資料整理の手伝いやカード作り、展示資料の取り扱い、洗浄、復元の仕方などを教わりました)機関で、今、子供たちが、考古学的なことをお絵かきというようなやり方から学んでいる場を、チラ見できたのは、かなり嬉しかったです。
正直、考古学って日本で日本考古学を選考すれば、「くいっぱぐれない」(建築物を建てる場合、基礎堀り中に遺跡と思しきものが出てきたら、必ず調査するから仕事は一杯なんだって)らしいけれど、モンゴルでは、考古学調査は金がかかるから、どうしても外国との共同調査になるので、チャンスをつかむのが結構大変だから、いわば「お遊び感覚の勉強」のお教室みたいな感じなんだと思ったのです。
仕事に役に立たなさそうな「雑学」を膨らませたり、子供の想像力を育てたり、ただ、「面白い」っていう感覚をゆたかにする活動ってモンゴルでは大事なんじゃないかな。
仕事として必要だから博物館に行くっていうのではなく、ただ、ぼーっと暇つぶしみたいに博物館の展示物を眺めているうちに、インスパイヤされるものがあるっていう空間にモンゴルの施設もなるといいなぁ。
なんか話がそれましたが、そんなことを考えるほどに、今年の博物館のレイアウトは様変わりしています。
前に行ったことがある、なんて方でも、モンゴルにいらっしゃったら、ぜひ、また博物館を覗いてみてください。
ひとつの施設でたっぷり2時間半は楽しめると思います。(わけわからずだとつまらないかも。私が時間があるときはご案内しますんで、メッセででもご予約くださいませw)