昨日で税務監査は終わり。罰金というか申告時に経理の帳簿がいい加減で支払い忘れた所得税源泉徴収分とか、まぁ、そういう払うべきものとその期限超過の課徴金、それに市場で購入した食材に消費税が課税されたという形でした。
まぁ、金額的には少なくはないけれど、落ち込むほどでもない。
というのも、売却できないかもって思ってたロシアンジープが急に売れることになったから、その分で払える。
ロシアンジープについては、車にも申し訳ないことしちゃってた。
この3年間、多分、全然つかってなかったんだと思う。
私は2006年の前半に使っただけで、7月、8月のモンゴル帝国建国800周年記念の時も乗らなかったから。
どこにあったのかもわからなかったけど、ずっと雨漏りするガレージの中で、バッテリーを外され、ブレーキオイルも抜かれ、いろんな部品を外されて、塗料も剥げちゃって、、、。
2004年。どこにでもいける車ってことで、元経営パートナーが使っていたものを会社名義に大金払って変更した。ほんとにいろんなところに行って、どこか行く度に、いろいろ壊れてね、修理するから、私はロシアンジープはエンジン外されてバラかされてたって、部品がちゃんとそろっていれば、自分で組み立てられるくらい構造を覚えました。
こっから最初だったんだよね。
まぁ、2006年に売却っていうか、資本金最低額にするために市場価格以上の値段で、元経営パートナーがつぎこんだおんぼろアクセントとロシア製フォルゴン(最初の旅行でほとんど使えないこと判明した悲惨でのろわれた車でした。好きだったけど)からスタートだけど。
会社の収益で購入したのは、ロシアンジープとデリカです。
ロシアンジープ、でも田舎でだったらまだ走れる。がんばれ!可愛がってもらってね。
デリカも、案の定、サスペンションもぼろぼろ。いろんなところがガタピシいってて、自分で使うんだったらもう一度、しっかり整備と修理しなきゃ。お金、かかるなぁ。
デリカもあと1シーズンは働いてもらおう。
いろんな行きたいところに自由自在に旅しようって思ってます。
いつまで続くのかわからない長くて辛い急登の山道を、ただひたすらと重い荷物をしょいながら、一歩一歩登っていって、ようやく見えた頂上からの風景。そんな心境です。
今までと、世界が全然違って見えます。
税務署のほうともスムーズな関係。ま、払うもの払っちゃえばすっきりなんだものね。
車の処遇もぼちぼちやっていく。
これからの私の人生、どうするか・・・
なんというか、澄み渡った、奥磐梯の月夜の晩に訪れた湖の水面みたいな気持ちです。
自分自身を見つめなおすよい時間でした。
乗り切るってことがこれほど、いろんな感情に翻弄され、ゆさぶられ、多くのものを手放しながら、裸になっていくことだって、闘いを始めた当初は想像もしていませんでした。
最初は、自分の正義を貫くために、裏切り者を徹底的に完膚なきまでに、モンゴルの司法の場で叩き潰すって鼻息荒かったです。脅されたことや痛めつけられた右腕が不自由なままなことなど、いろんなことは未だに恐怖ではあるけれど、それにもまして、負けるもんかって思ってた。
だんだん、勝ち負けはよくなってきて、自分が生き延びるってことに目標シフトしてました。
仕事もどうでもよくなっちゃって、ただ、ひたすらモンゴルで暮らすってこと、ソートンと一緒にいるっていうこと、稼いだお金を取り戻すことを信じていた。
それもまた、だんだんどうでもよくなってきて、自分が自分でいられること。
まっすぐに、他人の痛みを分かち合い、励ましあい、元気を振りまいて、笑っていられればよくなってきちゃった。
ソートンと私が安心して元気に暮せるんだったら、私、日雇いだって全然オッケーって。
モンゴルにしがみつかなくてもいいって。
日本で働きたいって。
モンゴル語は捨てない。モンゴル語はいかさなければ、私を導いてくれた偉大なチンギスハーンが許してくれないだろうし、モンゴル国に対しても申し訳ない。
そして、なによりもモンゴル語の通訳能力は私が誇れる唯一の技術なのだ。
それは捨てる、捨てないではなく、私の一部であり身に付いたもの。
裸で生まれてきた私だから、今自分が裸でも持っていられるものだけを大切にしていく。
愛情や感情や理性や知識や能力や体力や経験、そういったもの。
それとソートン。
身軽になってしまえば、もしかしたら、もっと早くいろんなもの捨てちゃってれば、もっと早く、この頂上にたどり着けたのかな、なんて思いました。
納得して捨てるタイミングに捨てないと未練が残っちゃうから、ま、なるべくしてなったってことかも、とも思うけれど。
もう少し、片付けながら、自分の身の振り方を考えつつ、準備も始めます。
今日から、ウランバートルでは「観光フェア」が始まります。
本日は労働者組合文化会館で、観光科のある大学の学生さんたちのプレゼンテーションや雇用側となる旅行会社の会社説明会など。
21-22日は例年通り、ミシェールセンターでのツーリストキャンプやガイド派遣会社などのブースや展示があり、ツアーオペレーター業者などが契約を結ぶ、という感じです。
モンゴルも観光シーズンに向けて、エンジンかかってきてますよ。
まぁ、金額的には少なくはないけれど、落ち込むほどでもない。
というのも、売却できないかもって思ってたロシアンジープが急に売れることになったから、その分で払える。
ロシアンジープについては、車にも申し訳ないことしちゃってた。
この3年間、多分、全然つかってなかったんだと思う。
私は2006年の前半に使っただけで、7月、8月のモンゴル帝国建国800周年記念の時も乗らなかったから。
どこにあったのかもわからなかったけど、ずっと雨漏りするガレージの中で、バッテリーを外され、ブレーキオイルも抜かれ、いろんな部品を外されて、塗料も剥げちゃって、、、。
2004年。どこにでもいける車ってことで、元経営パートナーが使っていたものを会社名義に大金払って変更した。ほんとにいろんなところに行って、どこか行く度に、いろいろ壊れてね、修理するから、私はロシアンジープはエンジン外されてバラかされてたって、部品がちゃんとそろっていれば、自分で組み立てられるくらい構造を覚えました。
こっから最初だったんだよね。
まぁ、2006年に売却っていうか、資本金最低額にするために市場価格以上の値段で、元経営パートナーがつぎこんだおんぼろアクセントとロシア製フォルゴン(最初の旅行でほとんど使えないこと判明した悲惨でのろわれた車でした。好きだったけど)からスタートだけど。
会社の収益で購入したのは、ロシアンジープとデリカです。
ロシアンジープ、でも田舎でだったらまだ走れる。がんばれ!可愛がってもらってね。
デリカも、案の定、サスペンションもぼろぼろ。いろんなところがガタピシいってて、自分で使うんだったらもう一度、しっかり整備と修理しなきゃ。お金、かかるなぁ。
デリカもあと1シーズンは働いてもらおう。
いろんな行きたいところに自由自在に旅しようって思ってます。
いつまで続くのかわからない長くて辛い急登の山道を、ただひたすらと重い荷物をしょいながら、一歩一歩登っていって、ようやく見えた頂上からの風景。そんな心境です。
今までと、世界が全然違って見えます。
税務署のほうともスムーズな関係。ま、払うもの払っちゃえばすっきりなんだものね。
車の処遇もぼちぼちやっていく。
これからの私の人生、どうするか・・・
なんというか、澄み渡った、奥磐梯の月夜の晩に訪れた湖の水面みたいな気持ちです。
自分自身を見つめなおすよい時間でした。
乗り切るってことがこれほど、いろんな感情に翻弄され、ゆさぶられ、多くのものを手放しながら、裸になっていくことだって、闘いを始めた当初は想像もしていませんでした。
最初は、自分の正義を貫くために、裏切り者を徹底的に完膚なきまでに、モンゴルの司法の場で叩き潰すって鼻息荒かったです。脅されたことや痛めつけられた右腕が不自由なままなことなど、いろんなことは未だに恐怖ではあるけれど、それにもまして、負けるもんかって思ってた。
だんだん、勝ち負けはよくなってきて、自分が生き延びるってことに目標シフトしてました。
仕事もどうでもよくなっちゃって、ただ、ひたすらモンゴルで暮らすってこと、ソートンと一緒にいるっていうこと、稼いだお金を取り戻すことを信じていた。
それもまた、だんだんどうでもよくなってきて、自分が自分でいられること。
まっすぐに、他人の痛みを分かち合い、励ましあい、元気を振りまいて、笑っていられればよくなってきちゃった。
ソートンと私が安心して元気に暮せるんだったら、私、日雇いだって全然オッケーって。
モンゴルにしがみつかなくてもいいって。
日本で働きたいって。
モンゴル語は捨てない。モンゴル語はいかさなければ、私を導いてくれた偉大なチンギスハーンが許してくれないだろうし、モンゴル国に対しても申し訳ない。
そして、なによりもモンゴル語の通訳能力は私が誇れる唯一の技術なのだ。
それは捨てる、捨てないではなく、私の一部であり身に付いたもの。
裸で生まれてきた私だから、今自分が裸でも持っていられるものだけを大切にしていく。
愛情や感情や理性や知識や能力や体力や経験、そういったもの。
それとソートン。
身軽になってしまえば、もしかしたら、もっと早くいろんなもの捨てちゃってれば、もっと早く、この頂上にたどり着けたのかな、なんて思いました。
納得して捨てるタイミングに捨てないと未練が残っちゃうから、ま、なるべくしてなったってことかも、とも思うけれど。
もう少し、片付けながら、自分の身の振り方を考えつつ、準備も始めます。
今日から、ウランバートルでは「観光フェア」が始まります。
本日は労働者組合文化会館で、観光科のある大学の学生さんたちのプレゼンテーションや雇用側となる旅行会社の会社説明会など。
21-22日は例年通り、ミシェールセンターでのツーリストキャンプやガイド派遣会社などのブースや展示があり、ツアーオペレーター業者などが契約を結ぶ、という感じです。
モンゴルも観光シーズンに向けて、エンジンかかってきてますよ。