酔っ払うこと、どう思う? ブログネタ:酔っ払うこと、どう思う? 参加中
中川財務大臣のべろんべろん会見、YouTubeで見ました。
典型的な、よっぱらい。東京だったら新橋や新宿ゴールデン街や今はなきしょんべん横町なんかでよくみられたサラリーマンのおじさんみたい。ぶふふ。

それにしても、自分たちが身に覚えがあるせいか、あるいはそういうことをゆるさないせいか、日本人は政治家はつねに品行方正であるもの、とばかりになにかあるたびに、マスコミやら世論やらがたたいてきますよね。

正論で、ちょろっとしたことをここぞとばかりによってたかって破滅させるっていうのも、日本の文化なのだろうか?


子供の頃から、「酒は飲んでも飲まれるな」と、「飲んだら吐くな。吐くなら飲むな」と教えられてきたわたしですが、お酒に弱いです。

なんか体調と精神状態が決めてとなるのか、人によっては、私のことを、飲み好き、酒好きと思っている人もいるみたいだけど、基本的に、私はお酒を飲むのが苦手です。

お酒を飲む席にいるのは好きなんですよ。
酒の肴をつまむのは大好き。

でも外で飲むときは、緊張して気楽に飲めず、酔いも回りやすい気がします。
気の置けない仲間と飲んでる、バタンキューでよっぱらって寝ちゃっても、誰かが面倒見てくれる、あるいはそのまま寝ても風邪引かないってわかってるときは、量も飲めるし、悪酔いもしないんだけど。

仕事上、飲まざるをえない状況とかのときは、もう一口飲んだだけで、あるいは杯を唇につけただけで、気持ち悪くなりそうになる。酔っちゃいかん、というプレッシャーが逆に酔いを助長するのです。

モンゴルに留学していたときは、物不足の配給時代だったので、私たちの世代は、食料配給ノートというのを持って、指定の食料品店で並んで並んで並んで、、、わずかばかりの食料を購入していました。いまじゃ、食料品店にいくらでも、しかもいろんな銘柄がずらりとならんでいるモンゴルのウォッカ「アルヒ」ですが、当時は、酒瓶を持っていかなければ売ってくれない貴重品でした。月に1家庭に1本。
貴重です。瓶なしで購入することを、「シャグ」っていってました。
現代の大学生にこんなことをいっても「???」通じません。
時代が生んだ、その当時だけ通じた日常必須単語。

制限されるほどに飲みたくなる。それでなくても、なにかにつけてアルヒが登場するモンゴル。
留学生寮でもしばしば、皆がためておいたアルヒを、皆で集まってぶわーっと飲む、という阿鼻叫喚な飲み会がありました。

二日酔いで爪の先からも酒の臭いがする気がして、げろげろげろーって、もう胃の中からっぽで、胆汁しか出ない、、、という地獄の苦しみ。胃をひっくり返して、洗いたい!!と、羊の内臓を処理するときのことを想像して、さらに気持ち悪くなったり。

中川さんみたいに酔っぱらえるのは、相当に酒好きで酒に強い人であると思います。

私はすぐ赤くなるんですが、酩酊ってなかなかできないです。
幼い頃からのサブリミナル効果で飲んでも酔っぱらっちゃいかん、乱れちゃいかん、というプレッシャーで、ちっともべろべろになれない。

べろべろリミッターを外しても平気って時は、量は飲めるけど、意識はスッキリで、楽しいだけで、ろれつが回らなくなる前に眠くなっちゃう。

だから、ちょっとべろんべろんになって、支離滅裂になるまで飲める人がうらやましいです。

モンゴル人はお酒、大好きだけど、多分、親子代々、そうなんだろうけれど、そんなに綺麗にお酒を飲まないです。
つぶれるまで飲むっていうのが、モンゴル人には喜ばれる飲み方です。

つまりは「酔っぱらって泥酔するまで飲む」→「相手に気を許してる」→「裏表のないいいやつだ」
だから、つぶれたり、べろんべろんになるまで飲む人は、逆にモンゴルでは好まれるようです。
日本とモンゴルの友好のために、通訳の私がつぶれるわけにはいかぬ、と思ってても、場合によっては、特に地方なんかだと、日本人、全員撃沈!ぐらいのほうが、ウケはいい。
あるいは、がんがん飲める人は、なんだか信用される。

お酒にゆるーい人たちだから、お酒でゆるゆるになる人が好まれます。

去年、北京オリンピックで、モンゴル国は悲願の金メダルを2個、パラリンピックで1個ゲットしました。しかもお家芸の柔道とボクシング。

国は多いにわきました。

2008年7月1日に、モンゴル国会議員の総選挙の投票結果をめぐり、デモが暴動へと暴走し、人民革命党本部が焼き討ちにあう、という事件があり、与党、野党、市民、警察、もう入り乱れての、批判合戦で、ウランバートル市には装甲車や武装警官や軍人が街にあふれるという緊張した状態がありました。

で、8月。

私は、当時、原稿書きが進まず、徹夜でアパートにこもっていました。

ぱんぱんぱーん、という音と、ひゃーひゃー、だかわーわーだかなんともいえない叫び声が、国会議事堂あたりであがっていて、街の通りを「箱乗り」した若者たちがビャンビャン、車で走り回っていました。

私は、「すわ、また暴動か?」とびっくりしたのですが、つまりは、「重量級のトゥブシンバヤル選手がモンゴル史上初の金メダルを獲得!!」ということで、大喜びした人たちの喜びの騒ぎだったのです。

私はテレビもあとで再放送をみたのですが、夜通し続いたどんちゃん騒ぎは、べろんべろんによっぱらい、歓喜した大統領が「モンゴルの若者たちよ、スフバートル広場に集い、この歴史的な喜びを分かち合おうではないか!」みたいなアピールをしたのがきっかけだったそうです。

べろんべろんに酔っぱらった大統領、普段はダンディで冷静そうな首相、そして、舌鋒するどい民主党の当時の党首(この人はデモの首謀者だなんだと、刑務所にぶちこまれるかどうか、と噂されていた)らが、仲良く肩を組んで、「今日はぶれいこうだぁ」と、すっかりこわれたよっぱらい親父状態になっている姿がテレビのニュースで何度も放映されました。

これが日本だったら、やっぱり、すっごい批判されて、政治家生命が危ぶまれちゃったかもしれません。

でも、モンゴルだと許されちゃうんですよ。批判もおきなくって、おちょくりはあったとしても、皆がひとつになって、よっぱらった!ってことで、すごくよい感じで受け入れられていました。

お国柄ってことなのでしょうね。

酔っぱらうってことにとってもおおらかな国。
逆に「俺の酒が飲めないってのか」的な強引さもあったり、酒癖が悪くて、酒の席でのトラブルが、暴力沙汰や殺人事件に発展しちゃうことも多い。

酒で乱れることに躊躇がないっていうのは、未成熟な文化、っていうこともできるのかもしれないけれど、私は正論を振りかざして、その人の人生そのものを否定して、よってたかって、したり顔でたたく日本の世論よりは、モンゴルのべろんべろんでもいいじゃない、「人間だもの」っていうゆるゆる感が好きです。

理不尽なことはいっぱいあって、日本はいいなぁ、って地団駄踏みながら郷愁に誘われることはあるけれど、それでも、やっぱり、酒の席での失態は、その場限りで、翌日に持ち越さないっていう態度も「漢」よのぉって思います。

酔っぱらった友人に絡まれて、パンチを繰り出したところで、翌日は、笑い話。

そういうのも、ま、いいじゃない。

人としていかがなものか、的なしたり顔で批判する人は、よっぽどご立派な生き方してるんでしょうね。

でも、正しい道で、とんがって、人をツンツンするよりも、べろべろのだめだめでも、他人に対しての許容範囲が広く、いつも陽気な酒好きおじさんっていうほうが、なんか可愛いって気がします。

政治家は政治をしっかりやればいい。
世界に発信される映像での失態ですが、よってたかってたたくより、「あの酒好き中川、またやっちまった。こりゃまた、失礼しましたー」ぐらいで笑い飛ばして、おちょくって、さらっと流しちゃえばよかったのにな、って思ったりもします。

酒飲むと人が変わる人って、困っちゃうなぁって思うけれど、傍目で見てると、よく、そこまで気持ちよく酔っぱらえるものよ、となんか観察するのが楽しくなっちゃう。
絡まれないよう、身動きひとつしないで、私は「ぺこちゃん」のように、ただ不動でうなづくだけなんだけど。