ブログネタ:10代・20代・30代の恋愛の違いは? 参加中3月ともなると北の大地モンゴルといえど、暖かい春の日差しってやつを感じられます。「もーすぐ、はーるですねぇ!
」ってなことで、恋愛モードをちょっとギアチェンジしてみっかなぁ?
10代の恋愛というのは、ともかくも片思い。
ひたすら好き!っていう想いを自分の心に抱くだけで精一杯で、それが相手に通じるかどうか、なんて期待してませんでした。
もう好きな人がいるっつーだけで、毎日がハートフルなHappy days!
その人と目があった、会話した、挨拶した、挨拶された、、、
もうそういう、ささいなことで、いちいち舞い上がり、正直、高校時代は地に足がついていなかった気がします。
なんといっても、我が高校は、今と違って、男女比が2:1で圧倒的に男子優勢だったので、とにかく女の子は大切にされていました。
親切にしてくれる男の子、というだけでも素敵なのに、一応都立の進学校としては、1、2位を争う偏差値の高さを誇っていたりするので、頭もいいし、そもそも内申点が高い=素行がよい、そして、我が母校は、とにかくイベントが多く、定期試験の合間にイベントがあるのか、イベントの合間に試験をやっているのか、というくらい様々なイベントがあるので、何かしら、自分の特技を披露し、ヒーロー、ヒロインになるチャンスがあったのです。
だから、いい男に囲まれて、毎日がパラダイス。といっても、気軽な男友達はいくらでもできるのに、「好きになっちゃった」というそれだけで、意中の男子は遠い存在に。。。
不器用な私は、あたってくだけろの精神のバレンタインデーで告白、玉砕。
あの時、親友のかよちゃんと食べた、インディラでのカツカレーの味は忘れられません。
カツカレーは青春時代の失恋のほろ苦さと、うたれづよい私を象徴するパワーアップメニューです。
はい20代は、目覚めよ、本能!の時代でありましょう。
片思いじゃやだー!両想いになりたいよー!!
となり、熊よけベルをがらんがらんとならしながら、あるいはサバイバラスな無人島生活と、好きな先輩と一つテントの下で暮らす日々。。。煮詰まり具合がすさまじく、両想いになりたい、という執念がやがて女の嫉妬というコントロールしがたい感情を発生するのだ、と身を以て体験。
でも、嫉妬も執念も、はっきりいって、恋愛成就には無駄な感情だなぁ、と気がつくのはその10年後くらいのことです。
結婚適齢期ってやつで、いきなり、どーんと恋に落ちたり、そのまま転がって、あーれー!ってなるのも20代でしょう。
正直、私はティーンエイジャーだった頃は理性的だったし、自制心も強く、アメリカ時代等々、様々なラブな誘惑があっても、平気でつっぱねていた。
20代って本能が全開になって、頭、悪くなってんじゃないかなぁ?
女はあんまり小難しいことを考えず、本能のままにかわいらしく、素直でいれば、それだけでモテるのだ、と実感したのが20代です。
結婚だなんだと両親をあわてさせたり、意気消沈させたり、心配させたり、祝福させたり、しみじみさせたり、と家族からの自立、みたいなことを考えたのも20代。子供のくせにやたら、自立したがってたのは、結婚という意識があったからで、この勢いがなければ、ただのパラサイトになってたでしょう。
ただ、20代はほんとジェットコースターのようで、あっという間に終わっちゃった。
あっという間のわりに、すさまじく山あり谷ありで、なんか人生のすべてを悟っちゃったような気になりましたよ。
婚約者がいきなり重病で、喀血で私の直筆卒論原稿をすべて血まみれにしてくれたりと、まぁ、すさまじいこと、すさまじいこと。
結婚生活って、他人と一緒にハッピーに暮らすって相当に忍耐力が必要なんだなぁと思いました。
でも、自分のすべてを犠牲にしても、その人が生きてくれさえするだけで、私は幸せという、なんとも超越した、「好きな人のためなら自分はどうなってもいい」ぐらいに愛することができる人間という生き物はすごいなぁ、なんて、いう感じで、結局、永遠の別れを、20代で経験するとは想定外ではありましたが、そういう激しく熱愛の日々を送れたことは、「ま、幸せだったんじゃないの?」と後悔はしていません。
ただ、結婚につながる恋愛が、あのときのような情熱的で献身的で生身むき出しの恋愛だけじゃない、って思いたいっす。
だって、あんなの1回経験すりゃ、もういいもん。お腹いっぱい。
そして、30代。なんか、私が子供の頃は三十路過ぎはみんなおばさんだ、成熟した大人だ。完成品だって思ってたけど、全然、そんなことないのですよ。おどろいた。
全然、駄目だ。むしろ、子供化が始まっている。
恋よりも仕事に充実しちゃって、、、気がついたらアラフォーだ。
これは失敗です。
まだアラサー以下の人は、まねしちゃいけませんよ。
いくら仕事が面白くたって、恋愛と仕事は別です。両立できるもんです。
だから、仕事だけにかまけてちゃ、出会いのチャンスはどんどん消失していきますよ。
いい男は、仕事しながらもちゃーんと軽やかに恋愛を成就して、結婚という人生の基盤まで手に入れちゃってるんですから、女の私たちももうちょい、肩の力を抜いて、仕事も家庭も恋愛も全部手に入れられる時代になってるんだ!ってことを自覚して謳歌したほうがいいよー。
と30歳代はほんとめぼしい恋愛話が、ない。
傾向としてとらえられるほど、印象的で素敵な恋愛成就がない。
なんといっても婚約者との別離は、あまりにもあっけなく、私の力ではどうしようもない、もぎ取られるような形で終わってしまいました。私の一部、心の中で一番熱くて尊くて、柔らかくて美しい部分を、その人に預けたまま、返してもらえないままに、ぽっかり心に漆黒の闇のような大きな絶望的に深い穴を掘ったまま、埋める術もないままに、30代の大半を仕事、仕事となりふりかまわず駆け抜けちゃった。
でもいっくら仕事を愛しても、人に対する愛を埋めることなんかできないんだなぁ。むなしい。
10年経っても、15年たっても、もしかしたら、ちっとも変わらないんじゃないか。
このまま、私は屍みたいに他人を本気で愛することができないまま、孤独に押しつぶされて朽ち果てるんじゃないか?
それならそれでもいいや。早く、私をあの世に連れてってくれないかなぁ。
なんて、寂しさなんか見ないふりして、今を楽しもうって、友達と一緒にいられるシアワセ、両親が元気であることのシアワセ。
念願の犬を飼うことになった幸運。いろんな出会いに対しての感謝。
感謝と感動と愛で自分の人生をもう一度、彩ってみようと思えるようになったのはここ1、2年のことです。
30歳代で終わった恋については、あまり人生的な教訓を得られない、人間、「ま、いっか」と相手に望まれたからという理由で、結婚を考えちゃいけないってことぐらいかなぁ。まぁ、人間としての修行は少しは詰めたかもしれないけれど、それ以上に仕事での怒濤の波にもまれすぎちゃって恋愛どころじゃなかったです。
現在進行中の恋愛は、といえば、肩の力をぬかなきゃね、と相手のことを思うよりも自分を見つめ、自分を鍛えたいなどと思っています。
相手はのほほーんとしていますが、それなりに一生懸命生きているようだし。
よいお友達でもあるので、あまり焦って、つぶしちゃいけないな、と。
小さなウズラの卵を自分の胸に抱いて雛にしようとしているような気持ちで、繊細に扱っております。
がけっぷち、とか後がないってこともないんだな、と。
子供を生むってことを考えたら、焦らなきゃいけないらしいのですが、こればっかりは授かり物だし、恋愛は自分ばかりが鼻息荒くがんばろうと思って成就するものではないので、あんまり目の色かえて、「子供、子供」と執着するのはやめようと思います。
でも望まないわけではないので、早く、今、好きな人がそういう気持ちになってくれたら嬉しいけどな、ぐらいのそこはかとない期待はしています。
30歳からの恋愛というのは、20歳代の時のような、力強いアドバンテージ主張型ではなく、わりと控えめに、「こんな私でよろしければ」ぐらいの謙虚さが愛らしさにつながるのではないか、と最近は思います。
押しの強さよりも、土台を支える静かな力強さや懐の広さ、深さが三十路以降の女の武器になる、といいなぁ。
忍耐力と包容力、懐の深さとやわらかさ、そして、器のでかさは、自分でも「まかせなさい!」って思うんだけど。
あー、女に器のでかさって求められてないの?
そんなわけで、人生いろいろ。30歳代になってもまよいつづけ、40歳に突入しても、その分、よけいに臆病に、慎重に、でも愛の深みにはまって溺れていくのでしょうね。
そうなる前に、早く、私を捕まえて!
なんかめぐりめぐって、私、再び、ティーンエイジャーの恋のおさらいをしている、ような気がします。
」ってなことで、恋愛モードをちょっとギアチェンジしてみっかなぁ?10代の恋愛というのは、ともかくも片思い。
ひたすら好き!っていう想いを自分の心に抱くだけで精一杯で、それが相手に通じるかどうか、なんて期待してませんでした。
もう好きな人がいるっつーだけで、毎日がハートフルなHappy days!

その人と目があった、会話した、挨拶した、挨拶された、、、
もうそういう、ささいなことで、いちいち舞い上がり、正直、高校時代は地に足がついていなかった気がします。
なんといっても、我が高校は、今と違って、男女比が2:1で圧倒的に男子優勢だったので、とにかく女の子は大切にされていました。
親切にしてくれる男の子、というだけでも素敵なのに、一応都立の進学校としては、1、2位を争う偏差値の高さを誇っていたりするので、頭もいいし、そもそも内申点が高い=素行がよい、そして、我が母校は、とにかくイベントが多く、定期試験の合間にイベントがあるのか、イベントの合間に試験をやっているのか、というくらい様々なイベントがあるので、何かしら、自分の特技を披露し、ヒーロー、ヒロインになるチャンスがあったのです。
だから、いい男に囲まれて、毎日がパラダイス。といっても、気軽な男友達はいくらでもできるのに、「好きになっちゃった」というそれだけで、意中の男子は遠い存在に。。。
不器用な私は、あたってくだけろの精神のバレンタインデーで告白、玉砕。
あの時、親友のかよちゃんと食べた、インディラでのカツカレーの味は忘れられません。
カツカレーは青春時代の失恋のほろ苦さと、うたれづよい私を象徴するパワーアップメニューです。
はい20代は、目覚めよ、本能!の時代でありましょう。
片思いじゃやだー!両想いになりたいよー!!
となり、熊よけベルをがらんがらんとならしながら、あるいはサバイバラスな無人島生活と、好きな先輩と一つテントの下で暮らす日々。。。煮詰まり具合がすさまじく、両想いになりたい、という執念がやがて女の嫉妬というコントロールしがたい感情を発生するのだ、と身を以て体験。
でも、嫉妬も執念も、はっきりいって、恋愛成就には無駄な感情だなぁ、と気がつくのはその10年後くらいのことです。
結婚適齢期ってやつで、いきなり、どーんと恋に落ちたり、そのまま転がって、あーれー!ってなるのも20代でしょう。
正直、私はティーンエイジャーだった頃は理性的だったし、自制心も強く、アメリカ時代等々、様々なラブな誘惑があっても、平気でつっぱねていた。
20代って本能が全開になって、頭、悪くなってんじゃないかなぁ?
女はあんまり小難しいことを考えず、本能のままにかわいらしく、素直でいれば、それだけでモテるのだ、と実感したのが20代です。
結婚だなんだと両親をあわてさせたり、意気消沈させたり、心配させたり、祝福させたり、しみじみさせたり、と家族からの自立、みたいなことを考えたのも20代。子供のくせにやたら、自立したがってたのは、結婚という意識があったからで、この勢いがなければ、ただのパラサイトになってたでしょう。
ただ、20代はほんとジェットコースターのようで、あっという間に終わっちゃった。
あっという間のわりに、すさまじく山あり谷ありで、なんか人生のすべてを悟っちゃったような気になりましたよ。
婚約者がいきなり重病で、喀血で私の直筆卒論原稿をすべて血まみれにしてくれたりと、まぁ、すさまじいこと、すさまじいこと。
結婚生活って、他人と一緒にハッピーに暮らすって相当に忍耐力が必要なんだなぁと思いました。
でも、自分のすべてを犠牲にしても、その人が生きてくれさえするだけで、私は幸せという、なんとも超越した、「好きな人のためなら自分はどうなってもいい」ぐらいに愛することができる人間という生き物はすごいなぁ、なんて、いう感じで、結局、永遠の別れを、20代で経験するとは想定外ではありましたが、そういう激しく熱愛の日々を送れたことは、「ま、幸せだったんじゃないの?」と後悔はしていません。
ただ、結婚につながる恋愛が、あのときのような情熱的で献身的で生身むき出しの恋愛だけじゃない、って思いたいっす。
だって、あんなの1回経験すりゃ、もういいもん。お腹いっぱい。
そして、30代。なんか、私が子供の頃は三十路過ぎはみんなおばさんだ、成熟した大人だ。完成品だって思ってたけど、全然、そんなことないのですよ。おどろいた。
全然、駄目だ。むしろ、子供化が始まっている。
恋よりも仕事に充実しちゃって、、、気がついたらアラフォーだ。
これは失敗です。
まだアラサー以下の人は、まねしちゃいけませんよ。
いくら仕事が面白くたって、恋愛と仕事は別です。両立できるもんです。
だから、仕事だけにかまけてちゃ、出会いのチャンスはどんどん消失していきますよ。

いい男は、仕事しながらもちゃーんと軽やかに恋愛を成就して、結婚という人生の基盤まで手に入れちゃってるんですから、女の私たちももうちょい、肩の力を抜いて、仕事も家庭も恋愛も全部手に入れられる時代になってるんだ!ってことを自覚して謳歌したほうがいいよー。
と30歳代はほんとめぼしい恋愛話が、ない。
傾向としてとらえられるほど、印象的で素敵な恋愛成就がない。
なんといっても婚約者との別離は、あまりにもあっけなく、私の力ではどうしようもない、もぎ取られるような形で終わってしまいました。私の一部、心の中で一番熱くて尊くて、柔らかくて美しい部分を、その人に預けたまま、返してもらえないままに、ぽっかり心に漆黒の闇のような大きな絶望的に深い穴を掘ったまま、埋める術もないままに、30代の大半を仕事、仕事となりふりかまわず駆け抜けちゃった。
でもいっくら仕事を愛しても、人に対する愛を埋めることなんかできないんだなぁ。むなしい。
10年経っても、15年たっても、もしかしたら、ちっとも変わらないんじゃないか。
このまま、私は屍みたいに他人を本気で愛することができないまま、孤独に押しつぶされて朽ち果てるんじゃないか?
それならそれでもいいや。早く、私をあの世に連れてってくれないかなぁ。
なんて、寂しさなんか見ないふりして、今を楽しもうって、友達と一緒にいられるシアワセ、両親が元気であることのシアワセ。
念願の犬を飼うことになった幸運。いろんな出会いに対しての感謝。
感謝と感動と愛で自分の人生をもう一度、彩ってみようと思えるようになったのはここ1、2年のことです。
30歳代で終わった恋については、あまり人生的な教訓を得られない、人間、「ま、いっか」と相手に望まれたからという理由で、結婚を考えちゃいけないってことぐらいかなぁ。まぁ、人間としての修行は少しは詰めたかもしれないけれど、それ以上に仕事での怒濤の波にもまれすぎちゃって恋愛どころじゃなかったです。
現在進行中の恋愛は、といえば、肩の力をぬかなきゃね、と相手のことを思うよりも自分を見つめ、自分を鍛えたいなどと思っています。
相手はのほほーんとしていますが、それなりに一生懸命生きているようだし。
よいお友達でもあるので、あまり焦って、つぶしちゃいけないな、と。
小さなウズラの卵を自分の胸に抱いて雛にしようとしているような気持ちで、繊細に扱っております。
がけっぷち、とか後がないってこともないんだな、と。
子供を生むってことを考えたら、焦らなきゃいけないらしいのですが、こればっかりは授かり物だし、恋愛は自分ばかりが鼻息荒くがんばろうと思って成就するものではないので、あんまり目の色かえて、「子供、子供」と執着するのはやめようと思います。
でも望まないわけではないので、早く、今、好きな人がそういう気持ちになってくれたら嬉しいけどな、ぐらいのそこはかとない期待はしています。
30歳からの恋愛というのは、20歳代の時のような、力強いアドバンテージ主張型ではなく、わりと控えめに、「こんな私でよろしければ」ぐらいの謙虚さが愛らしさにつながるのではないか、と最近は思います。
押しの強さよりも、土台を支える静かな力強さや懐の広さ、深さが三十路以降の女の武器になる、といいなぁ。
忍耐力と包容力、懐の深さとやわらかさ、そして、器のでかさは、自分でも「まかせなさい!」って思うんだけど。
あー、女に器のでかさって求められてないの?

そんなわけで、人生いろいろ。30歳代になってもまよいつづけ、40歳に突入しても、その分、よけいに臆病に、慎重に、でも愛の深みにはまって溺れていくのでしょうね。
そうなる前に、早く、私を捕まえて!
なんかめぐりめぐって、私、再び、ティーンエイジャーの恋のおさらいをしている、ような気がします。