ねえ、ちょっとグチりたい人、みんなでグチろう ブログネタ:ねえ、ちょっとグチりたい人、みんなでグチろう 参加中

今日はモンゴルの大晦日なので、ねずみ年の最後のこの日に、思い切りモンゴルでいやだ!って思ったことを思いつくままに書き連ねて、来年からはこの手の話は一切しない、と誓います。

大晦日なので、大掃除をしなければいけないのですが、1ヶ月弱、家を空けていたため、ごみはそんなに出てない。なので、ごちゃごちゃのものを整理整頓するだけでいいやぁ、なんて、またもやだらだらってな感じで昼ぐらいまでかかっちゃった。
ブログのピグで、「おでかけ」したかったし。いつもぎっしりなんだもの。

昼ごろ、お風呂に入って、体が温まったら少し、頭もすっきりしたので、ほんとの「おでかけ」。
最後の買出しと支払いを終わらせました。

年末で大賑わいのスーパーマーケットは、すさまじい人ごみでそれぞれがすさまじい量の買い物をしています。買い物カートを平気でぶち当ててきたり、遅々として進まないレジでの横入りなど、ほんと、モンゴル人らしい自己中心ぶりです。にらみつけると、こっちのほうが「あんた、頭おかしいんじゃない?私のほうが上客よ」ってな顔で睨み返してくるのです。久々にムカムカしたので、毛皮にくるまれたいかにも成金っぽいおばさんに向かって「あんたはモンゴル人だからねー。煮干!」と日本語でにっこり笑って言い捨てて、心の中であっかんべー。

煮干ってのは、最近、私がモンゴル人にむかついたとき、「あー、自分がこんなにいらいらするのはカルシウムが足りないからだ。煮干を食べなくちゃ」と考えるからで、そのむかむかを「ニボシ」と発声することで発散させるという新しい技です。
相手もなんのこっちゃって感じだから、けんかになりません。
モンゴル人と国際結婚していらっしゃる方にもお勧めです。

「えーい、この!ニボシ!!!」


家の固定電話はほとんど使ってないのですが、支払い滞ると根元から切られちゃうからw
こちらの公共サービスは電気でも水でも電話でも、暖房でも温水でも、こちらがのっぴきならないときに、平然と予告もなく切れてしまいます。中断したことを報告しても、半日ぐらい復旧のめどは立たず。
ならば、その分、支払いから差っぴいてくれよ、と思うのですが、そんなことは当然ないのです。

でも、まぁ、これでねずみ年の出費はおしまい。

逆に、本来、唯一の収入源であるカフェの家賃は結局、今月分はまだ未徴収。。。
きっと彼女たちもツァガンサルでいろいろ物入りだったのでしょう。
よかった、ダルハンで仕事ができて。

日本人であり、借金嫌いの両親に育てられた私は、お金が入ったら、まず「支払うべきところに支払ってすっきり」といういわゆる「貧乏父さん」タイプ。
でも、いいんです、他人に不義理して、誰にとっても必要なお金というもので迷惑かけたくないから。
モンゴルの人はすごいなぁと思います。平気で借金踏み倒せるし、どれだけ貸した側が困ってて、自分が借りたお金を返せばどれだけ楽させてあげられるかってわかってても、知らん振りできるって人が多い。

お金を貸して、相手を助けてあげた気になって、そしてあとで、自分がいやな思いをするくらいなら、最初から貸さないほうがよかった、って何度も思うんだけど、それがまた、お金の無心がすごい上手い。
どう考えても私にはない才能だ。

でも、モンゴル人はずっと昔から、そうやってお金の貸し借りをやってきているんだろうし、借金するときは、できるだけ「遠いけど頼ってもよさそう」な存在である外国人をターゲットにする傾向がある。何かのときに踏み倒しても、その地元社会で生きていけるように、余所者から借りてるんだとかんぐりたくなる。

私も例外ではなく、モンゴル人と同じような条件で子の国で暮らし、選挙権も社会福祉の恩恵も受ける権利を有さないままに、健康保険料や税金を徴収されている。
モンゴルで仕事ができないようにしてやる、生きられないようにしてやる、とモンゴルで一番信頼していた人から急に手のひら返しみたいに裏切られて、怒り心頭でぶちっと大事な脳の血管をいためて、腎臓や肝臓やいろんな臓器をぼろぼろにするまで自分を痛めつけて、恐怖や脅威や人間不信に陥り、誰にも頼れなくなった自分に絶望したりしながら、2年間、この国で生きてきました。

絶望の中で、神様を受け入れ、新しく人のつながりを結びなおし、毎日に感謝しながら、ほどほどに収入を得て、会社を建て直すために、活動を休止してがんばりました。へんな話なのですが、いろいろと財務関係の整理がつかなくなって、私が会社を立て直そうと、失った自分の財産を取り戻そうとすればするほど、事態はこじれ、儲かったら、その分、またモンゴル人に持ってかれるだけで、私は自分の食い扶持と愛犬の食い扶持を確保するのがやっとになっちゃうからです。

ならば、いっそのこと、会社の仕事をするのはあきらめて、モンゴル人たちがほしいだけのものを私から搾り取らせることにしたのです。貯金も車も、彼らをサポートするために貸したお金も全て手放して、それでもいいや、と。

日本でおきた出来事だったら、私はきっと最後の最後まで戦うことをあきらめなかったかもしれません。
でも、ここは異国なわけで、私は異邦人なのです。どれほど私が正しい主張をしたとしても、やっぱりモンゴル人同胞をかばうだろうし、あるいは、彼らを叩きのめして、逆に私から搾取しようとするでしょうから、結局、私には何も残らないのです。

困った人を救いたい、なんておこがましいことを考えるべきじゃないのに、私はそれでも、困っていそうな人がいると、私の持っているものを手放してでも力になりたいと思ってしまう。

モンゴルには、まぁ、乞食や物乞いや、家もあって十分何不自由ない生活をしていても、事業の投資だのなんだのと、とにかく、私からお金が離れていく話をもちかけてくるのです。

彼らは悪気があってやっているわけじゃないみたいだから、余計に困るのです。
私を見込んで、とか彼らの都合のよい理屈で、いろいろおだててくるのです。

さすがにおだてにのって、ひょいひょいお金を出すという余裕もないし、そういう気もありません。
だけど、私が出す気がない、と丁重にお断りすると、今度は、なんだかんだと私を非難するのです。
薄情だとか、ビジネスセンスがないだとか、絶対返すっていうのに信用しないのか、とか、ほんとによくもまあ、、、私がどれほど辛い目にあったか知ってる癖に、自分だけは助けてもらえるって思えるのはなぜなのか?

モンゴルで友達を作るのは難しいです。
特に私は権力にも濡れ手に粟みたいなビジネスも、「金持ち父さん」的な成功も、興味はないし、求めていないから、多くのウランバートルに住むモンゴル人とは需要と供給のバランスが取れないのです。

清貧を善とする家庭で育ち、節約、倹約につとめることを喜びとする私の生活は、本来そんなにものもお金も必要としません。
でも、自分が仕事で働くときは、やっぱり自分の能力を正当に評価していただいた報酬をいただきたい。
タダ働きはしない、というのは、仕事を頼むほうと、頼まれるほうの双方にとって誠意と敬意を大切にするための大人のマナーだと思うのです。

モンゴルでがんばろうとしている人に、その努力と仕事の成果に相当する報酬なり給与なりを支払うことはまったくやぶさかでないけれど、能力以上に貪欲なことを求められたり、最初の取り決めや約束を覆して、やれインフレだの不況だの為替レートの変動などと私にだって、悪影響を及ぼすようなことを、まるで私には関係なくて彼らだけがそのデメリットを受けているような勢いであーだこーだ言われるのも嫌いです。

私は完璧人間には程遠く、むしろ、いろいろと「ヌケ作」のおっちょこちょいのすっとこどっこいと呼ばれるにふさわしい。時にけちんぼと言われるくらいの究極の節約術「欲しがりません勝つまでは」の精神で「勝利」をハイレベルに設定して我慢するなど、モンゴル人には、あまり歓迎されない生活態度を徹底している。

うそつきといわれれば、確かに、ウランバートルでの待ち合わせ時間に遅れそうになったとき、ほんとは出発時間がなんだかんだと遅くなっただけなのに、「すっごい渋滞で」とか嘘の言い訳をしたことも何度かあることは否めない。

だけど、やっぱり、モンゴルの人たちによって、私がこうむる不利益の数々と、そのたびに彼らの口から出てくる気が遠くなるような、理不尽で自己中心的な言い訳を聞くのはうんざりです。

明日からは己の丑年です。
明日が丑年になるのだって、定かじゃないんですよ。

実際、在留邦人で、しかもモンゴル人の奥さんと長年暮らしている方だってブログで、1月25日が大晦日、1月26日が元旦だって書いてるんですから。

おかげで、私はモンゴルに来てから3種類もモンゴル暦のカレンダーを購入する羽目になりましたよ。

「まわりのモンゴル人がそういっているから」っていうのは、全然当てにならないってこと。

大体、去年の段階では、1月26日元旦って話もあったわけですよ。私がかったカレンダーもそうだったんですよ。
いつのまにやら2月に正月が移ってた。。。

こんなにいいかげんなのに、「ムル ガルガフ」つう、開運吉方位については、がやがやとうるさく、携帯電話サービスでは、50トゥぐるグで、「あなたの干支の開運吉方位と元旦の最初の外出の開運の仕方を教えます」という宣伝メールが何度も届きます。

社会主義時代は、ほとんどツァガンサルなんて祝ってなかったらしいのに、民主化の動きが始まってから早20年。時代は成金。
不況というわりには、お祝い事にはお金を惜しみません。

国民へのお金ばら撒きの選挙公約はどこふく風。
不況を理由に「国の経済混乱を乗り切るために、国民は給付金を辞退すべきだ」とか言い出す始末。

わが祖国の政府も、首相支持率は不支持率が80%という信じがたい人気だし、へべれけ財務大臣の記者会見など低迷し、生活給付金も今か、今かと楽しみに、でも「その程度のお金で生活が潤ったり、お金のまわりがよくなったりするのかなぁ?」と効果のほどには期待は持てずですが。

こんな風に大掃除もきちんと終わってないくせに愚痴っているのは、やっぱアラフォー女の一人暮らしで、大晦日の孤独にひたっているからなのかもねー。

ここまで読んでくださった奇特なあなたに、大感謝!

丑年の幸せをわかちあいましょう。