生きてて良かった、そう実感すると共に、こんなろくでもない風来坊の私のことを心配してくださっている方がたくさんいたんだ!ってことに感激しちゃいました。
自分のウェブメールのアドレスブックにあった仕事関係の人や友人には、あまりに電話やメールでの確認をいただいたので、聞かれる前に生存報告メールを送っちゃいました。
ほんとに10年ぶりとか、ン年ぶりっていう方からも感激するメールをいただたりして、これまでの筆不精を反省したのでありました。
私、一昨年、自分の体を壊して、信頼していた人たちに裏切られて、大きなネット掲示板で身に覚えのないことを書かれて、、、「もういつ死んでもいいや」ってやけっぱちになったことがあったけれど、まだまだ死にたくない、生きていたいって、強く思いました。
まだ、彼と彼らと彼女と彼女達と仕事をしたい、一緒に遊びたい、美味しいものを食べたい、笑いあいたい、抱きしめあいたいって心から望みました。
毎日、毎晩、祈りを捧げる人たちのことを思いました。
きっと、亡くなられた鈴木さんだって、同じだったと思うのです。
モンゴルでの活動を終え、そして、再びプライベートでモンゴルに戻ってきて、ロシア人学校で日本語を教えるなんて。モンゴルを大好きだったんだろうな。
モンゴルの辺境地、草原や沙漠、タイガや山岳部などは大好きだし、旅するのは最高だって思うけれど、ウランバートルで仕事をするために長期滞在するっていうのは、それがルーティーンワークだったら、私は多分耐えられません。
モンゴル在住しているくせにこういうことをいうのはなんなのですが。
モンゴルでモンゴル人と一緒に仕事をする、というのは、最初はいいけれど、長く続けるのはとても大変。
いろんな仕事の条件を彼らの言い分尊重で、効率よく、仕事として成立させていくのは、自分がよっぽどスキルがあって、人格者じゃなきゃ難しいと思います。
そして、私はモンゴル語の通訳能力は別として、経営マネージメント力はたいしたことないっていうか、全然経験未熟だし、人格者には程遠い。
だから、ウランバートルにいるモンゴル人と丁々発止で仕事するっていうのは、ストレスがたまり、自分自身が疲弊し、感性や自分の心の柔らかい部分が削り取られてギスギスになるのを感じてしまう。
モンゴルで仕事をしている、って実感できるのは、日本人と今みたいにプロジェクトの仕事をするときや、情報収集しているときなどで、私とモンゴル人っていう形で仕事が仕事として成立させられるかっていうと、自信ないのです。
通訳や翻訳のように自分がプロフェッショナルでたたきあげで経験を積み重ねているものは別ですよ。
これについては、切磋琢磨しつつも、自分は仕事できるって自負もあるし、その自負をブラフにしないだけの努力も続けています。
でも、モンゴル人と一緒に何かを築き上げる、というのには、自分はほんと管理能力がないし、指導力もあかーん。
きっとモンゴル人にも、在留邦人の誰かさんにも、自分はそれほどの悪意を抱いたことはなくても逆恨みやら反感やらをいろいろかっちゃってると思うし。
だから、私がねらわれたり、殺されたりしてもおかしくないのかもしれない。。。
そんな風に考えるとぞっとするし、そういう逆恨みも反感も買っているわけがないモンゴル大好きだった日本人女性がこんな悲劇に襲われたってことが、自分でも「私、どうしちゃったんだ?」って思うくらいショックなのです。
今、このダルハンで、日本人の海外経験で百戦錬磨のおじさんたちといろんな話をしていると、気がまぎれるし、仕事がいろいろあるから、事件のことばかりを考えているってわけじゃないんだけれど、独りになったときに、突然ブワーッと抑えられない感情でガクガクしはじめて、泣きそうになる。
あの、毎日、殺されるかも、襲われるかもって怯えていた夏のときみたいな不安を、また自分の心が支配しそうになる。
治安が悪いからって、モンゴル撤退っていう風には考えてないけれどね。
だって、やっぱり私の能力を最大限に活用して、社会貢献できるのはモンゴルが舞台のときだと思うから。
ここで、稼いでうっしゃっしゃのセレブになろうっていう願望もないし、一財産を築こうっていう欲望も、すっかり消えちゃったけど、やっぱ、宿命を一度背負う覚悟をしたからにゃ、モンゴルをつぶさに見て、聞いて、体験して、まるごと飲み込み、抱きしめなきゃね。
でも、無茶はしません。危ないって思うこともやりません。
使命感に燃えて、危険を顧みずにい取材するってことも、やらない。
ジャーナリストとしてはへなちょこだって思うんだけど、私はソートンを守らなきゃいけないし、何よりも生きて、モンゴルで活躍し、あるいは日本に帰って、大好きな人たちと一緒に時を過ごしたい。
鈴木さんだってきっと同じ思いを抱いて、モンゴルの子供達を相手に日本語を教えることをやりがいをもって、日々、いろんなことに悩んだり、笑ったり、チャレンジし続けていたのではなかろうか?
週末の金曜日、日本人の気の合う仲間達と夕食を一緒に食べ、時を忘れて語り合っていたのではなかろうか?
在留邦人の若い世代だったら、似たような日常を送っているはず。
心からご冥福をお祈りします。こんなことがおきてしまったのが、本当に残念です。
不安を覚え、ショックを受けている在留邦人の方も少なくないでしょう。
それでも、私達は、前向きに、希望を失うことなく生きるしかない。
今、ここにいる自分を失わないために、明日を信じて、今日、生き延びていることに感謝しています。
そして、私のことを思って、心配してくださった方々に、この場を借りて、あらためて感謝します。
ウランバートルでも、この事件、知らなかった人が多かったみたいです。
多分、まだご遺族による身元確認がとれていないなどの事情があったりで、正式発表がないから、マスコミも抑えているのかもしれません。
日本では、現場あたりでの映像や最後の夕食を一緒にとった方のインタビューなどが報道されたみたいですね。
その情報のすばやさにも驚きます。
あらためて、鈴木千恵さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
自分のウェブメールのアドレスブックにあった仕事関係の人や友人には、あまりに電話やメールでの確認をいただいたので、聞かれる前に生存報告メールを送っちゃいました。
ほんとに10年ぶりとか、ン年ぶりっていう方からも感激するメールをいただたりして、これまでの筆不精を反省したのでありました。
私、一昨年、自分の体を壊して、信頼していた人たちに裏切られて、大きなネット掲示板で身に覚えのないことを書かれて、、、「もういつ死んでもいいや」ってやけっぱちになったことがあったけれど、まだまだ死にたくない、生きていたいって、強く思いました。
まだ、彼と彼らと彼女と彼女達と仕事をしたい、一緒に遊びたい、美味しいものを食べたい、笑いあいたい、抱きしめあいたいって心から望みました。
毎日、毎晩、祈りを捧げる人たちのことを思いました。
きっと、亡くなられた鈴木さんだって、同じだったと思うのです。
モンゴルでの活動を終え、そして、再びプライベートでモンゴルに戻ってきて、ロシア人学校で日本語を教えるなんて。モンゴルを大好きだったんだろうな。
モンゴルの辺境地、草原や沙漠、タイガや山岳部などは大好きだし、旅するのは最高だって思うけれど、ウランバートルで仕事をするために長期滞在するっていうのは、それがルーティーンワークだったら、私は多分耐えられません。
モンゴル在住しているくせにこういうことをいうのはなんなのですが。
モンゴルでモンゴル人と一緒に仕事をする、というのは、最初はいいけれど、長く続けるのはとても大変。
いろんな仕事の条件を彼らの言い分尊重で、効率よく、仕事として成立させていくのは、自分がよっぽどスキルがあって、人格者じゃなきゃ難しいと思います。
そして、私はモンゴル語の通訳能力は別として、経営マネージメント力はたいしたことないっていうか、全然経験未熟だし、人格者には程遠い。
だから、ウランバートルにいるモンゴル人と丁々発止で仕事するっていうのは、ストレスがたまり、自分自身が疲弊し、感性や自分の心の柔らかい部分が削り取られてギスギスになるのを感じてしまう。
モンゴルで仕事をしている、って実感できるのは、日本人と今みたいにプロジェクトの仕事をするときや、情報収集しているときなどで、私とモンゴル人っていう形で仕事が仕事として成立させられるかっていうと、自信ないのです。
通訳や翻訳のように自分がプロフェッショナルでたたきあげで経験を積み重ねているものは別ですよ。
これについては、切磋琢磨しつつも、自分は仕事できるって自負もあるし、その自負をブラフにしないだけの努力も続けています。
でも、モンゴル人と一緒に何かを築き上げる、というのには、自分はほんと管理能力がないし、指導力もあかーん。
きっとモンゴル人にも、在留邦人の誰かさんにも、自分はそれほどの悪意を抱いたことはなくても逆恨みやら反感やらをいろいろかっちゃってると思うし。
だから、私がねらわれたり、殺されたりしてもおかしくないのかもしれない。。。
そんな風に考えるとぞっとするし、そういう逆恨みも反感も買っているわけがないモンゴル大好きだった日本人女性がこんな悲劇に襲われたってことが、自分でも「私、どうしちゃったんだ?」って思うくらいショックなのです。
今、このダルハンで、日本人の海外経験で百戦錬磨のおじさんたちといろんな話をしていると、気がまぎれるし、仕事がいろいろあるから、事件のことばかりを考えているってわけじゃないんだけれど、独りになったときに、突然ブワーッと抑えられない感情でガクガクしはじめて、泣きそうになる。
あの、毎日、殺されるかも、襲われるかもって怯えていた夏のときみたいな不安を、また自分の心が支配しそうになる。
治安が悪いからって、モンゴル撤退っていう風には考えてないけれどね。
だって、やっぱり私の能力を最大限に活用して、社会貢献できるのはモンゴルが舞台のときだと思うから。
ここで、稼いでうっしゃっしゃのセレブになろうっていう願望もないし、一財産を築こうっていう欲望も、すっかり消えちゃったけど、やっぱ、宿命を一度背負う覚悟をしたからにゃ、モンゴルをつぶさに見て、聞いて、体験して、まるごと飲み込み、抱きしめなきゃね。
でも、無茶はしません。危ないって思うこともやりません。
使命感に燃えて、危険を顧みずにい取材するってことも、やらない。
ジャーナリストとしてはへなちょこだって思うんだけど、私はソートンを守らなきゃいけないし、何よりも生きて、モンゴルで活躍し、あるいは日本に帰って、大好きな人たちと一緒に時を過ごしたい。
鈴木さんだってきっと同じ思いを抱いて、モンゴルの子供達を相手に日本語を教えることをやりがいをもって、日々、いろんなことに悩んだり、笑ったり、チャレンジし続けていたのではなかろうか?
週末の金曜日、日本人の気の合う仲間達と夕食を一緒に食べ、時を忘れて語り合っていたのではなかろうか?
在留邦人の若い世代だったら、似たような日常を送っているはず。
心からご冥福をお祈りします。こんなことがおきてしまったのが、本当に残念です。
不安を覚え、ショックを受けている在留邦人の方も少なくないでしょう。
それでも、私達は、前向きに、希望を失うことなく生きるしかない。
今、ここにいる自分を失わないために、明日を信じて、今日、生き延びていることに感謝しています。
そして、私のことを思って、心配してくださった方々に、この場を借りて、あらためて感謝します。
ウランバートルでも、この事件、知らなかった人が多かったみたいです。
多分、まだご遺族による身元確認がとれていないなどの事情があったりで、正式発表がないから、マスコミも抑えているのかもしれません。
日本では、現場あたりでの映像や最後の夕食を一緒にとった方のインタビューなどが報道されたみたいですね。
その情報のすばやさにも驚きます。
あらためて、鈴木千恵さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。