【すんも賞を狙え!!】冬の1番好きなトコロ ブログネタ:【すんも賞を狙え!!】冬の1番好きなトコロ 参加中
冬の一番好きなところは、寒いところです。私が暮らすモンゴルの寒さったら、そりゃーびっくりもんで、それだけで日本にいる時、友人知人との集まりから初対面の人にいたるまで、話題をかっさらうことができます。
何より、寒い冬は、食料が豊富。脂ののった新鮮な肉が氷点下の世界である間、つまりは約半年間は食べられるのです。モンゴルでは氷点下15℃以下になった頃、家畜をほふり、冬用の食糧を用意します。
冷蔵庫を持たない遊牧民の暮らしでは、冬こそ絶好の食糧保存期間なのです。

モンゴルの短くも美しい夏と秋は、すべて冬のためにある、といっても過言ではありません。

日の長い夏、牧草の栄養価が最高になり、青々と生い茂りだすと、やぶ蚊やアブやらブヨやらに刺されるのもいとわずに、ひたすら干し草づくりに没頭します。

女たちは、乳製品をかっちんこっちんになるまで干して、次の子牛が生まれるまでの間、自分たち家族や客人が来たときのお土産用にと貯蔵します。

冬の寒さは厳しいけれど、遊牧民にとっては、家族団らんの絶好のシーズンでもあります。

夏の間は、モンゴル人が大好物の肉も新鮮なものは滅多に食べられません。
せっかくの新鮮な羊肉も、食べきれなければ、燻製にしたり、生臭い干し肉にしなければ、あっというまに緑色に変色し、腐敗してしまうのです。

モンゴルの冬は、冬至あたりから、「ユス」とよばれる厳寒期から、「ツァガンサル」(陰暦の正月)にきたる「春」までの間は、「牛のしっぽが凍って落ちる」と言われるほど寒くなりますが、逆に、寒波が来ても、それほど強烈にふぶくこともなく、防寒対策さえしてしまえば、川や湖が厚さ1mほどの氷におおわれ、ショートカットできる場所がたくさんできるのです。

魚も分厚い氷に穴をあけて漁をすれば、水面に上がった途端に瞬間冷凍。
コケモモやネルス(最近は日本ではビルベリーって呼んでるんですね)やチャツラガナなどのベリー類もしゃっきしゃき。
肉もミルクも固形になっていて持ち運びが便利。

遊牧民も冬の間は一か所にとどまっているので、訪問しやすいのです。
モンゴル人に、「ふるさと」を尋ねれば、まっさきに思い浮かべるのは、冬営地ではないかしら?

祖先の霊や土地神様をまつるオボーはたいてい、冬営地の北側にそびえ、吹きすさぶ冬将軍の寒風をさえぎる山の頂にあります。


遊牧民の話をじっくり聞くのも、寒い冬のゲルの中が最適。
静かにはぜる薪ストーブの音やチラチラと橙色の炎に照らされた表情は、とても美しいのです。

冬は、なぜか家畜さえも無口になっているようで。
自分もなにやら穏やかな気持ちになれます。

冬が寒くてよかったなぁ、ってつくづくありがたみをかみしめていたのは、モンゴル国立大学に留学していた時です。
留学生寮に入寮したその日に、誰だかはわからないけれど、部屋の共同スペースにおいてあった冷蔵庫の中が泥棒にあらされ、当時、食料が乏しい時期で、からっぽだったせいで、「腹いせ」だったのか、なぜか内部の部品をむしりとられてたのです。当時は食糧のみならず、あらゆるものが物資不足で冷蔵庫のスペアパーツも当然ないし、大学も留学生寮の管理人も「知らぬ存ぜぬ」で、あらたな冷蔵庫を支給してくれるわけでもなく、結局、2年間の間、私は冷蔵庫なしで暮らしていたのでございます。

冷蔵庫なしだと、せっかく配給でゲットした肉も、塩漬けにしようが、ペミカンにしようが1週間と持ちません。リンゴなんか、クローゼットで保存してたら、秋に皮の内部でサイダーになってました。
ニンジンはすぐに液状化しておそろしいことに・・・

なので、入寮した日が10月で吹雪の日でした。それからすっかり冬だったので、まだモンゴル暮らしに慣れていなかった私にとっては、モンゴルの寒さが食糧難だった当時の状況で飢え死にや食中毒から救ってくれたのです。

四季それぞれに好きな理由がありますが、冬はなんといっても、あらゆる食べ物がおいしく、温泉が嬉しく、自分自身がいろんなことに感謝の気持ちを持てる逆境がたくさんあることが素晴らしい!

と、来週月曜日に、日中で-30℃を下回っているらしいウランバートルに帰る自分をはげましています。