好きな人とたまたま2人きり、なんの話する? ブログネタ:好きな人とたまたま2人きり、なんの話する? 参加中
大掃除も一段落ついたところで、ブログネタに参加します。
「好きな人とたまたま2人きり、なんの話する?」

この「たまたま」2人きりになっちゃった!と意識して、話題を考えなきゃならんシチュエーションって、やっぱ、片思いですよね。私は好きなんだけど、相手は全然私のことを「好きな人」と意識してくれてない、、、、このチャンスをなんか生かせないかなぁ?ってな下心が感じられる「たまたま」なのです。

意識すると、緊張が生まれ、その結果として「はずす」。この傾向は片思い症候群のひとつでありましょう。
でも、「外れない」場合もあります。それは純粋に「好き」を自分が受け入れてて、相手に無理に押し付けなくても、自分の中で「この人が好きなんだ」って気持ちを温めることで幸せになれているときは、「ほんと幸せな空間と時間」を満喫できます。話題が何か?って考えなくても、ごくごく自然にお互いが心地よく思える話題が生まれてくる。

中学生・高校生の頃。両想いっていうわけでも、「つきあってる」ってわけでもないけれど、なんか、いつも一緒に学習塾から帰る男の子がいました。
中学一緒だったのに、高校は結局、もろもろの事情で別の公立高校に通うことになっちゃって。
でも、家は近いといえば近い距離。
夜10時過ぎくらいに塾は終わるのですが、そこからわいわいと中学一緒だった男の子達と一緒に帰るのです。そして、いつも、最後はその男の子が家までついてきてくれる。
家の前でまた不思議とおしゃべりが続き、家に入るの12時過ぎ、みたいなことが毎週。
何、話してたんだろうなぁ?あの頃は??
瞳がきらきらと大きくて、控え目で、一生懸命で。でも、ごくごく平凡な男の子。
私の事、好きだったのかもしれないなぁ?って気がついたのは、高校3年生の夏休み。
私がアメリカ留学に出発する前日。彼から呼び出されて渡されたお餞別。
クラシックラジオの形をしたジョン・レノンの「イエスタデイ」の曲のオルゴール。

この日、初めて、呼び出され、そして、この日だけ、何にも二人とも話せずに「ありがとう」だけ言って別れちゃいました。もちろん、アメリカにもこのオルゴールは持っていったし、モンゴルにも持って行ってます。いつでも一緒のオルゴール。それは今でも同じ。

このオルゴールを聞いて思い出すのは、やっぱり、あの学習塾からの帰り道のことで。
よくよく考えると、彼の家は、私の家よりも500mくらい手前にあったのでした。
ばいばーいって手を振って帰ってもよかったのに、そして、私の家にもっと近かった男の子もいたのに、気がついたらいつも二人で帰っていたのは、「男友達」がみんな、「気を利かせてたのかも」しれないなぁ?

留学から帰って来て、学習塾に戻ってみたら、、、そんな「男友達」が私を待っているかのように、のきなみ「浪人生」で同じ教室。

素敵な受験生活でしたね。

あの時、彼が告白してくれてたら、私は今、こんなところで一人ではいなかったかもしれないけれど・・・

ほんとのところはどうだったんだろうなぁ?

2人きりでの会話。ほんとに何気なく、日常的なことで、「今、自分はこんなことを考えている」とか「こんな曲、聞いた」とか、「深夜ラジオの話とか」。人生を見つめちゃったりする、多感なティーンエイジャーとして、そんな時間を持てたことは、とても幸せだったんだなぁって思います。

あっさり、両想いです、とか「つきあってます」みたいにならなかったから、むしろとても美しく、純粋で、鮮やかな色彩とぬくもりをもって思い出せるんでしょうね。

今、自分が片思いをしていて思うのは、今の好きな人とも、2人きりになったことでガチガチになったり、自分の気持ちをなんとかしよう、なんて野心や計画を持たずに、その「たまたま」のラッキーな時間を大切に、2人でいられる空間をいとおしく思いながら、心に浮かんだことを素直に、好きな人と共有できるといいなってことです。

大人になると、難しかったりするけれど、人を好きになるっていうこと、大切に思うこと、思われることは、とても素敵で、恋愛は成就することよりも、人を愛する、という気持ちが自分の中に育っていることに感謝し、優しく素直になることが、ほんとに幸せな醍醐味なんじゃないかしらん?