2008年は○○な年でした ブログネタ:2008年は○○な年でした 参加中
ブログネタ参加中です。2008年もあと数日ですね。はやいなー。今年ほど、自分の人生が、時と経験の積み重ねであり、連続性があるって感じる年はなかったなぁ。
2008年を語る上で、2007年の激動は外せないし、2006年の躍動も忘れられない。2005年の上昇感、2004年の挑戦、2003年の試行錯誤、2002年の心機一転、、、会社設立から今年まで、私自身も会社も、ほんとつながっていて、すべてが因果関係を持っているっていうことに気づきました。

そして2008年の今年は、原点を見つめる復興の始まり。

大きな執着を手放すまでの時間であり、自分自身の本質を見つめなおす1年でもありました。
人間、独りで何ができるかっていうと、あんまり大したことはできない。
でも、自分独りでもやり遂げたいことが何か、丸裸の自分とはなんなのか、というのを突き詰めていくことで、自分にとって本当に必要なことが見えてくるし、協力者もあらわれてくる。
そんなことをつかめた1年でした。

許すということ、許されるということ。
人にとって、本当に必要なものは、文字通り、愛であり、人なんだっていうこと。

このことを本質的に気づき、自分のモノとして感じることができるようになったこと。
これは素晴らしいことでこれからの自分の活動の原点になります。

旅を通してつながっていくのは、新しい出会いだけでなく、古い、古い友達であったり、親兄弟だったり、ご先祖様だったり、祖先であったり、はたまたもっと精神的に深いところで通じていく自然界だったりします。

この感覚は、幼少期からずっと持ち続けていたものだったけれど、起業し、自分の生活や他人の生活をきりもりするために自分の活動に金銭報酬を強く意識しながら奮闘しなければいけない、という状況に追い込まれていくうちに、だんだん意識から遠ざかっていたんですね。

だから、本質的な部分を思い出せたっていうのは、本当に自分にとっては素晴らしいことでした。

モンゴルで七転八倒、、、と思いきや、実は七転び八起きな人生というのは、生まれた時からずっとそうだったわけで、なにもモンゴルで暮らしていたからってわけではなかったということがわかったのもよかったです。

ハタチ前の小娘が、インスピレーションでとーとつに「ここだ!」って決めてのめり込んだモンゴルという場。人生の半分以上をかけて取り組んできた場が、自分にとってはマイナスエネルギーを生み出すドツボだった、なんて、笑えないもの。

モンゴルという場に含まれるようになったことで、日本の沖縄琉球文化に触れる自分の気持ちがより自然や超自然界を受け入れやすくなったわけですし、八ヶ岳の土地の力や、伊豆半島の海の美しさや力強さに感動するピュアさを持てるようになった。盛岡に行くことになったのも、モンゴルでの出会いがあったから。突き動かされるようにあっちゃこっちゃに足を運ぶフットワークの軽さ。

これは確かに私本来の自分です。

何をするべきか、それはまだ一つに絞れない。
でも、ひとつに絞る必要もないや、っていう気持ちで心がオープンになっています。
それもまた、自分です。

人には、時に金銭的なことに執着を持たず、裸の自分を見つめなおす必要があるんだなぁって。
手放すことは簡単なことではないように思っていたけれど、案外、えいやって執着ってものを解き放ってしまえば、驚くほど軽くなれること。
執着を手放すっていうのは、あきらめるってことでも、追い求めるのをやめるってことでもなく、何か一つに凝り固まって、淀むことをやめるってことなのかもしれないなぁ。
その辺はまだよくわからないけれど。

でも、何歳になっても、景気が悪くなろうが、自分が金銭的に不自由になろうが、心の自由だけはあきらめちゃいけないってこと。人を愛するってことは、誰にでもできる一番の豊かさなのだということ。

2008年、あっちゃこっちゃを尋ね歩いて見つけた、かけがえのない宝物。
私という原点が愛であり、好奇心であり、挑戦であり・・・
ははは。

たくさん原点がありすぎ!
楕円形だって中心は2つなのにね。
こんなに原点ありすぎる私はやっぱ、みょうちきりんな形をしてるんだろうな。