自分にとって、居心地のいい場所を探すことって大事だって、ちょっと前まで思ってて。
日本で暮らすのがいいのか、モンゴルで暮らすのがいいのか、って迷ってて。
ソートンのことを考えると圧倒的にモンゴルで。
自分の仕事や経済的なことを考えると圧倒的に日本ベースなわけで。
居場所について、ずっと考えてきたけれど、今、自分にとって考えなきゃいけないことが、「いる場所」じゃなくて「やること」だってことを思いつきました。
沖縄の浜比嘉島に行く!そのことだけが、私の日本に帰るモチベーションで、それが、経過や結果はどうあれ、ともかく達成されちゃって、、、それからあとは、心の赴くままに、ただひたすらに漂いつづけて、好きな人を誘ったり、誘われたりで、あっちこっちに行ったけれど。
心の中はいつも、居場所を探し続けていて。
ソートンと一緒に暮らすための幸せだけが悩みで。
住処もそうだし、仕事もそうだし、、、。
仕事。そう行動には、やりがいのある仕事。
そして、生活を維持できるだけの経済力を持ち続けること。
社会貢献。
社会とつながっていくこと。
そんな風に考えていると、束の間のぬるま湯みたいに、好きな人のそばに座っていることの居心地のよさよりも、じゃあ、自分はどう行動するの?ってことが突きつけられていく。
自分に何ができるの?
ほんとに社会に貢献できるの?
そんな風に突き詰めていくと、結局、モンゴルに、モンゴル語に戻っていく。
チンギスハーンに誓った、チンギスハーンにつながるモンゴルへと、自分の心が帰っていく。
それは、飛行機に乗ればひょいと簡単に4時間半で行ける場所だけれども、本質的にモンゴルに帰るってことは、ウランバートルに戻るってことじゃなく、モンゴル語を話すってことじゃなく、モンゴル人と一緒にいるってことじゃなく。
それは人間の本質、核となる部分を求め続ける自分の行動そのものであること。
お金になる仕事だからモンゴル、なんじゃなく。
自分が選んだ自分の宿命だから、断ち切ることなんかできない存在で。
居場所はそんなわけで、心の中では決まってしまっていて。
ただ、そこには、私が愛する人と一緒に暮らせる場所はなく。
そのことが辛くて、切なくて、離れられなくて、なんてぐじぐじと、勝手に行き場のない想いを、空気中に放ち続けてきた感じ。
そういうフワフワ感も私は大切にしていたくって。
ハードでタフでワイルドなモンゴルは、そんな情感を持ったまま生きていける場所じゃなくって、この1か月ほど、ずっと、「モンゴルに戻らなきゃ」っていう意識を遠ざけて来てました。
行かなきゃ別に行かないでもいい場所なんだけどね。
でも、それは私の本質をも捨て去ることになってしまうわけで。
アイデンティティをうっちゃったまま、かわいこぶってたって、結局、自分は想いを遂げられないでワジワジしながら、方向感覚を失って不安定に暴走し、落ち込んでしまうのです。
チャレンジってことは、わき目もふらずに集中しなくちゃいけないってことで、集中したら、私、また自分が誰かを愛するってことを後回しにしてしまうから、それがまた、幸せな生活から遠ざかることになってしまうって不安で…。
でも、私たちは歩き続けなくっちゃいけなくて、ずっとずっと、べったりくっついていられるわけもなく。
一緒に歩むっていっても、いつも同じところにいて、同じことを見ていたって、結局は違うものにフォーカスが合ってたり、違う感情を抱いたりするのは必然で。
一緒にいられれば愛し合えるかっていうと、全然そんな確信もないし。
誰かが自分から離れていったり、誰かとの距離が遠ざかることの不安は、常に恋愛していれば、つきまとうものでしょう?
だから、あえて、モンゴルに戻るっていう選択してみる。
日本にも拠点はもつけれど、やっぱり、モンゴルに夢を見てみようって思いました。
半年ぐらい、離れ離れになってても、その離れていた期間が人を変えてしまったとしても、それでも、もう一度会えた時、同じ気持ちで抱きしめあえるかもしれないし、ね。
むしろ、その方が、ずっとずっと絆が深まったりするかもしれないし。
発展して、ほっぺより心に近いキスができるようになっちゃうかもしれないし・・・ねw
恋愛ってひとくくりで自分の気持ちをまとめることができなくたって、相手との距離感が恋愛じゃなくたって、それでも私はその人が好きでいて、その人とつながっていることを幸せだって感謝できるから、ひとつのカタチに安定しなくたっていいやって。
ゆらぎながら、そんなことを考えて。
わくわくするようなモンゴルをもう一度、自分の中に育ててみよう。
もう一度、きっちりモンゴルと向き合って、人をわくわくさせるような仕事を生んでみようって。
それが私の行動なんだって。
私と、私の大切な人をつなげてくれたのもモンゴルだから、大切に、もう一度愛してみようって。
とはいいながらも、いい距離感を見つけたいし、ソートンの最高に幸せな環境を作りたいっていうことが、今、自分にとっての、最優先事項だったりするあたり、、、。
ソートンが私にとっての幸せのポーラースターなのです。
だからこそ、幸せになれる、自分なりのやり方を今、一生懸命探っています。
日本で暮らすのがいいのか、モンゴルで暮らすのがいいのか、って迷ってて。
ソートンのことを考えると圧倒的にモンゴルで。
自分の仕事や経済的なことを考えると圧倒的に日本ベースなわけで。
居場所について、ずっと考えてきたけれど、今、自分にとって考えなきゃいけないことが、「いる場所」じゃなくて「やること」だってことを思いつきました。
沖縄の浜比嘉島に行く!そのことだけが、私の日本に帰るモチベーションで、それが、経過や結果はどうあれ、ともかく達成されちゃって、、、それからあとは、心の赴くままに、ただひたすらに漂いつづけて、好きな人を誘ったり、誘われたりで、あっちこっちに行ったけれど。
心の中はいつも、居場所を探し続けていて。
ソートンと一緒に暮らすための幸せだけが悩みで。
住処もそうだし、仕事もそうだし、、、。
仕事。そう行動には、やりがいのある仕事。
そして、生活を維持できるだけの経済力を持ち続けること。
社会貢献。
社会とつながっていくこと。
そんな風に考えていると、束の間のぬるま湯みたいに、好きな人のそばに座っていることの居心地のよさよりも、じゃあ、自分はどう行動するの?ってことが突きつけられていく。
自分に何ができるの?
ほんとに社会に貢献できるの?
そんな風に突き詰めていくと、結局、モンゴルに、モンゴル語に戻っていく。
チンギスハーンに誓った、チンギスハーンにつながるモンゴルへと、自分の心が帰っていく。
それは、飛行機に乗ればひょいと簡単に4時間半で行ける場所だけれども、本質的にモンゴルに帰るってことは、ウランバートルに戻るってことじゃなく、モンゴル語を話すってことじゃなく、モンゴル人と一緒にいるってことじゃなく。
それは人間の本質、核となる部分を求め続ける自分の行動そのものであること。
お金になる仕事だからモンゴル、なんじゃなく。
自分が選んだ自分の宿命だから、断ち切ることなんかできない存在で。
居場所はそんなわけで、心の中では決まってしまっていて。
ただ、そこには、私が愛する人と一緒に暮らせる場所はなく。
そのことが辛くて、切なくて、離れられなくて、なんてぐじぐじと、勝手に行き場のない想いを、空気中に放ち続けてきた感じ。
そういうフワフワ感も私は大切にしていたくって。
ハードでタフでワイルドなモンゴルは、そんな情感を持ったまま生きていける場所じゃなくって、この1か月ほど、ずっと、「モンゴルに戻らなきゃ」っていう意識を遠ざけて来てました。
行かなきゃ別に行かないでもいい場所なんだけどね。
でも、それは私の本質をも捨て去ることになってしまうわけで。
アイデンティティをうっちゃったまま、かわいこぶってたって、結局、自分は想いを遂げられないでワジワジしながら、方向感覚を失って不安定に暴走し、落ち込んでしまうのです。
チャレンジってことは、わき目もふらずに集中しなくちゃいけないってことで、集中したら、私、また自分が誰かを愛するってことを後回しにしてしまうから、それがまた、幸せな生活から遠ざかることになってしまうって不安で…。
でも、私たちは歩き続けなくっちゃいけなくて、ずっとずっと、べったりくっついていられるわけもなく。
一緒に歩むっていっても、いつも同じところにいて、同じことを見ていたって、結局は違うものにフォーカスが合ってたり、違う感情を抱いたりするのは必然で。
一緒にいられれば愛し合えるかっていうと、全然そんな確信もないし。
誰かが自分から離れていったり、誰かとの距離が遠ざかることの不安は、常に恋愛していれば、つきまとうものでしょう?
だから、あえて、モンゴルに戻るっていう選択してみる。
日本にも拠点はもつけれど、やっぱり、モンゴルに夢を見てみようって思いました。
半年ぐらい、離れ離れになってても、その離れていた期間が人を変えてしまったとしても、それでも、もう一度会えた時、同じ気持ちで抱きしめあえるかもしれないし、ね。
むしろ、その方が、ずっとずっと絆が深まったりするかもしれないし。
発展して、ほっぺより心に近いキスができるようになっちゃうかもしれないし・・・ねw
恋愛ってひとくくりで自分の気持ちをまとめることができなくたって、相手との距離感が恋愛じゃなくたって、それでも私はその人が好きでいて、その人とつながっていることを幸せだって感謝できるから、ひとつのカタチに安定しなくたっていいやって。
ゆらぎながら、そんなことを考えて。
わくわくするようなモンゴルをもう一度、自分の中に育ててみよう。
もう一度、きっちりモンゴルと向き合って、人をわくわくさせるような仕事を生んでみようって。
それが私の行動なんだって。
私と、私の大切な人をつなげてくれたのもモンゴルだから、大切に、もう一度愛してみようって。
とはいいながらも、いい距離感を見つけたいし、ソートンの最高に幸せな環境を作りたいっていうことが、今、自分にとっての、最優先事項だったりするあたり、、、。
ソートンが私にとっての幸せのポーラースターなのです。
だからこそ、幸せになれる、自分なりのやり方を今、一生懸命探っています。