最近、思うことですが、「解決できない問題は、この世にひとつもない」
解決、という言葉をどうとらえるのか、ということが大事だと思うのです。
モンゴル人とつきあうのは難しいか?とか
モンゴルを好きなんでしょ?とか、
モンゴル人、日本人、その他の国の人たち、多くの人にそう尋ねられます。
正直、モンゴル人と付き合うのは難しくないとはいえない。
未だに、なじめない、受け入れがたい、彼らの思考回路に、自分がどう折り合いをつければいいのか戸惑うことも多いのです。
逆もしかり。
どれほど私のモンゴル語力やモンゴルに対する知識、風俗習慣に対しての理解、訪れた場所などに驚愕してくれたとしても、仕事上、私がどうしてもうまく仕事を進めたいと思って、「よかれ」と思ってとった行動が彼らを激怒させたり、憤りだったり、落ち込みだったり、逆恨みだったりってことを引き起こしてしまうことも多々あるのです。
日本では仕事に携わる人間にとっては常識ってことが、モンゴルではまったくマナーとして認識されていないことも多いです。
昨日、とある弁護士さんとお話していて思いました。
この国はタフな国であり、チンギスハーンが築いた世界帝国の末裔であるという意識を決して捨てることがない、プライドの高い民族であり、たとえ同族同士でも、自分を守るために闘うことになんのためらいもない民族性があるということ。
許す、という思考回路は相手への憐れみであり、許される、ということを相手も期待していないことが多い。
ひとたび闘争を決意したら、決してその戦意を失うことなく、最後の最後まで戦い抜くことをよしとする。
しかし、その闘争は自分自身のサバイバルをかけてのものなので、死なないために、あの手この手を使うこともよしとする。(その中には嘘も裏切りも下克上も賄賂も何でもあり。)
それが悪知恵と世間が評価したとしても、知恵で活路を見出すことはよしとする。
タテマエは役人、議員との癒着などの収賄撲滅をうたっているけれど、ほんとに賄賂が存在しなくなったら、皆、困るんだろうなぁと思ったりする。
まぁ、書き出せば奥深いモンゴル人の思考回路。
こうやって書き出すと、私は、やっぱ、モンゴルってすげー、としかいいようがない。
ハスに構えた「すげー」じゃなくて、ほんとに賞賛のすげーなのです。
自分が身をもって体験したモンゴル騎馬民族の脅威。
この身をさらして、今感じているのは、「あー、あの時死なんで良かった!」ということ。
命あってのモノダネというのはホントです。
生きていてこそ、なんぼの人生。
私が抱いている生きてなんぼ、という感覚を実感できる日本人は、戦時中を生き延びた、とか地震などの自然災害、飛行機事故やテロなど壮絶なドラマで九死に一生を得た人ぐらいだと思うわけです。
できればそんな場面に人生で出くわすことなく天寿をまっとうするにこしたことないと思うし、多くの悲劇、同時に数知れない命が失われ、あるいは一生を左右するような傷害を負い、心をズタズタに引き裂かれた出来事なんか、起こらないほうがいいし、それこそ、関わらずにすんだ方が平和な人生だと思うし、私の体験を、それこそ歴史に残る悲劇的な出来事を例にあげて語ることは不遜かもしれない。
でも、人間、生きているってことは、その悲劇を乗り越えて獲得するものが与えられた、ということなんだと受け止めています。
世の中には「死んだ方がまし」って思うこと、いっぱいあると思います。
私も脅迫電話や犬の散歩にもビクビクし、モンゴル人を恐ろしい人たち、情け容赦なく奪っていく略奪者だと思っていたときは、それこそ、「死んだ方がまし」と思ってしまいました。
自分のあずかり知らぬところで(それもまた無責任だった私のいたらなさなんだけれど)、モンゴル人スタッフが行ったことで、日本人の方々に不快な思いをさせてしまったり、ご迷惑をかけてしまったり、それはそれで反省するべきことなんだけれども、心無いコメントや電話や執拗で無責任な嫌がらせをする同胞がいることにも傷ついたりして、「そんなに嫌われるんだったら、私なんかいないほうがいいんだろうな」なんて思ったこともありました。
でも、こういう経験は平穏無事に生きていたら、まずありえないシチュエーションだったりするわけです。
私が特に人並みはずれて性格が悪い、ということでも、能力が低い、というわけでもないと思うんだけれど、どういうわけか、わりと試練、というか、およそ日本で、日本人からこんな酷い言葉をぶつけられたりすることはなかろう、みたいな言葉をあびせかけられることがあり、びっくりする。
私は、それが誕生日だったってこともあり、未だに忘れられない「あんた、それでも社長なの。」という男性の言葉。
自己管理、自己責任、自己判断が旅の基本で、チケットオンリーとかこちらからガイドスタッフをつけていない、わずかばかりの手数料以外は実費精算という状態で、そこまでケアしなければいけないってことはなかろうよ、と思うようなことで納得できなかった。
でも、どれだけモンゴルに長く住んでいても、知らないことは知らないし、自分でできないから人に頼った。
頼った人から冷たくされた。むかつく。バッシングしてやろう。二度とモンゴルで商売できないようにしてやろう。
なぜならば、自分はこんなに嫌な想いをしたんだから。
他にも旅行会社があるのに、わざわざ使ってやったのに、こういう仕打ちは許せん。
誠意のない態度だ!仲間に言いふらしてやろう。
それはそれで仕方がない。
自分から許してくれ、とはいえないことは、ひとつ。
自分の行為が相手を傷つけてしまったときは、許しを乞うにしても、相手の気持ちの問題だから、時が解決してくれなくても仕方がない。
ただ、私が相手を傷つけてしまったことから、私は多くを学びました。
私も傷ついたし、その出来事があってからしばらく、というかそれ以来、私は自分の誕生日を祝ったことがありません。
仲の良い友達や従業員たちが開いてくれたサプライズパーティーで幸せ絶頂だった最中にかかってきた、あのクレームの電話のベル。
悔し涙で窒息するかと思うくらい気持ち悪くなったことを思い出してしまうからです。
あの時使っていたファックス付き電話も使っていません。
悔しいからではなく、自分に対しての戒めです。
両親には誕生日には、私をこの世に生み出してくれたことを感謝して電話やメールを出します。
でも、自分自身では祝うことはしない。
なぜならば、私の誕生日は旅行シーズンで多忙な時期で、なにかしらの仕事を抱えているから。
旅行も取材コーディネートも調査も、お客様の命や安全をお預かりするお仕事。
そんな大切な仕事をしているときに、パーティーで浮かれている場合ではない。
きちんといつでもお客様が望む対応ができる用意をしておかなければいけない。
ガイド講習で、ガイドの心構えや準備、情報収集の授業を担当しているのですが、毎年、シーズンが終わった受講生から言われるのは、「だるま先生から教わったほど、細かい用意をしている会社はありませんでした。だから旅行者の人と一緒にいる私たちガイドが徹底的に準備しなければいけないんですね。仕事が大変だってわかりました。先生におしえていただけてよかったです」という言葉。
でも、私だって、多くの失敗をしなければわからなかったことだらけ。
その場で、その人たちとのわだかまりを上手に解決できなかったことは残念でも、その経験を生かして、毎年30人のガイドの卵に伝授することができるのです。
嫌な思いをさせてしまった方々にはもうしわけないけれど、私自身はその問題を解決するために成長し、成長して解決の手段を創造することができています。
自分に起こる全てをメッセージとして受け止めること。
それこそが私たちが生きている意義ではないか、とすら最近思えるのです。
そして、そのことに感謝し、私がめぐりあう全ての人たちに感謝と愛情を覚える。
ありがたいことだなぁ。。。
自分の欲得を手放した時、解放という祝福を得ることができるのです。
弁護士さんは、私が失ったものを司法手段で取り戻すために有意義なアドバイスをたくさんしてくれました。
その多くが、私がすでに試してみたものだったけれど、弁護士の手腕で、逆転できるとも言われました。
でも、私は1年3ヶ月戦ってみて、もう司法的にものを取り戻すということは、どうでもよくなっちゃいました。そういう境地にいたるまで1年3ヶ月が必要でした。
でも、めぐりめぐって、結局、彼らの要求を全て飲み込むことになったんだから、最初からそうすればよかったじゃないか、という私の顧問弁護士のアシスタントがいった言葉は違うと思うのです。
1年前に私が彼らの要求のままに、全てを手放したら、それは奪われたことをあきらめたことになってました。
でも、私は、様々な自分にとって未知なる世界でチャレンジし、奔走し、憤ったり、喜んだりしながら、ようやく、笑って手放すのではなく、相手に与えることをよし、とする心境に至ったのです。
間違っているのかもしれないし、正しいのかもしれない。
もはや、そういう世の中の是非もどうでもよくなっていて、ただ、与えることで自分が解放されることを選ぶ。
あきらめではなく、次へのステップとして重荷を捨て、脱皮するかのように、気持ちがとても軽くなりました。
できるならば、相手もまた欲得を捨てて、私と同じ心境になってくれればいいな、と思います。
私にお金を返してくれなくてもいいから、モンゴルの人たちに対して、もっともっと気前良くなってほしい。
彼らはそうなると信じます。
私という重荷を切り離すことで、心が晴れやかになれば、きっといろんな人たちに優しくなれるはず。
私もまた、同じ。
お金がなくて、ほしくてほしくてっていう状態は、まさに飢餓状態。焦って、不安で、シャカリキにがんばっても、出た結果を成果として受け止められず、もっとうまくできたはずだってイライラして、不満が飽和してました。
でも、ごっそり大きな穴が開いたら、今度はそれを埋める作業が楽しくなって、そのうち、どんどん穴をうめるかのように、私の望みがいっぱい実現するようになって、おいしいものをバンバン食べるようになって、気前よくなってきちゃいました。
解決っていい言葉だなぁって思います。うまい字をあててるなって。
解決っていうのは、解き方を決めること。
こんがらがった糸を解くことじゃなくて、解き方を決めたときに、もう解決しちゃってるのです。
あとは、諸々の手順をどのように踏んで、足を踏み外すことなく、糸を切ることなくたぐっていくかってことが大事。
これもまた慎重にならなければいけないけれど、解決の糸口を見つけたら、あとはひとつひとつのもつれを緩めていくだけ。
こんがらがった糸をほぐすには、ひたすら緩めるだけで、結び目を締めちゃだめなんです。
あせっちゃだめで、時間をかけて、もつれをしっかり見つめて手繰っていけばいいだけ。
こんな簡単なことだけれど、私にとっては、ほんとに素晴らしい「きづき」です。
でも、問題解決って大きなことも、小さなことも結局、そういうことなんでしょうね?
今日もウランバートルは爽やかに晴れています。
解決、という言葉をどうとらえるのか、ということが大事だと思うのです。
モンゴル人とつきあうのは難しいか?とか
モンゴルを好きなんでしょ?とか、
モンゴル人、日本人、その他の国の人たち、多くの人にそう尋ねられます。
正直、モンゴル人と付き合うのは難しくないとはいえない。
未だに、なじめない、受け入れがたい、彼らの思考回路に、自分がどう折り合いをつければいいのか戸惑うことも多いのです。
逆もしかり。
どれほど私のモンゴル語力やモンゴルに対する知識、風俗習慣に対しての理解、訪れた場所などに驚愕してくれたとしても、仕事上、私がどうしてもうまく仕事を進めたいと思って、「よかれ」と思ってとった行動が彼らを激怒させたり、憤りだったり、落ち込みだったり、逆恨みだったりってことを引き起こしてしまうことも多々あるのです。
日本では仕事に携わる人間にとっては常識ってことが、モンゴルではまったくマナーとして認識されていないことも多いです。
昨日、とある弁護士さんとお話していて思いました。
この国はタフな国であり、チンギスハーンが築いた世界帝国の末裔であるという意識を決して捨てることがない、プライドの高い民族であり、たとえ同族同士でも、自分を守るために闘うことになんのためらいもない民族性があるということ。
許す、という思考回路は相手への憐れみであり、許される、ということを相手も期待していないことが多い。
ひとたび闘争を決意したら、決してその戦意を失うことなく、最後の最後まで戦い抜くことをよしとする。
しかし、その闘争は自分自身のサバイバルをかけてのものなので、死なないために、あの手この手を使うこともよしとする。(その中には嘘も裏切りも下克上も賄賂も何でもあり。)
それが悪知恵と世間が評価したとしても、知恵で活路を見出すことはよしとする。
タテマエは役人、議員との癒着などの収賄撲滅をうたっているけれど、ほんとに賄賂が存在しなくなったら、皆、困るんだろうなぁと思ったりする。
まぁ、書き出せば奥深いモンゴル人の思考回路。
こうやって書き出すと、私は、やっぱ、モンゴルってすげー、としかいいようがない。
ハスに構えた「すげー」じゃなくて、ほんとに賞賛のすげーなのです。
自分が身をもって体験したモンゴル騎馬民族の脅威。
この身をさらして、今感じているのは、「あー、あの時死なんで良かった!」ということ。
命あってのモノダネというのはホントです。
生きていてこそ、なんぼの人生。
私が抱いている生きてなんぼ、という感覚を実感できる日本人は、戦時中を生き延びた、とか地震などの自然災害、飛行機事故やテロなど壮絶なドラマで九死に一生を得た人ぐらいだと思うわけです。
できればそんな場面に人生で出くわすことなく天寿をまっとうするにこしたことないと思うし、多くの悲劇、同時に数知れない命が失われ、あるいは一生を左右するような傷害を負い、心をズタズタに引き裂かれた出来事なんか、起こらないほうがいいし、それこそ、関わらずにすんだ方が平和な人生だと思うし、私の体験を、それこそ歴史に残る悲劇的な出来事を例にあげて語ることは不遜かもしれない。
でも、人間、生きているってことは、その悲劇を乗り越えて獲得するものが与えられた、ということなんだと受け止めています。
世の中には「死んだ方がまし」って思うこと、いっぱいあると思います。
私も脅迫電話や犬の散歩にもビクビクし、モンゴル人を恐ろしい人たち、情け容赦なく奪っていく略奪者だと思っていたときは、それこそ、「死んだ方がまし」と思ってしまいました。
自分のあずかり知らぬところで(それもまた無責任だった私のいたらなさなんだけれど)、モンゴル人スタッフが行ったことで、日本人の方々に不快な思いをさせてしまったり、ご迷惑をかけてしまったり、それはそれで反省するべきことなんだけれども、心無いコメントや電話や執拗で無責任な嫌がらせをする同胞がいることにも傷ついたりして、「そんなに嫌われるんだったら、私なんかいないほうがいいんだろうな」なんて思ったこともありました。
でも、こういう経験は平穏無事に生きていたら、まずありえないシチュエーションだったりするわけです。
私が特に人並みはずれて性格が悪い、ということでも、能力が低い、というわけでもないと思うんだけれど、どういうわけか、わりと試練、というか、およそ日本で、日本人からこんな酷い言葉をぶつけられたりすることはなかろう、みたいな言葉をあびせかけられることがあり、びっくりする。
私は、それが誕生日だったってこともあり、未だに忘れられない「あんた、それでも社長なの。」という男性の言葉。
自己管理、自己責任、自己判断が旅の基本で、チケットオンリーとかこちらからガイドスタッフをつけていない、わずかばかりの手数料以外は実費精算という状態で、そこまでケアしなければいけないってことはなかろうよ、と思うようなことで納得できなかった。
でも、どれだけモンゴルに長く住んでいても、知らないことは知らないし、自分でできないから人に頼った。
頼った人から冷たくされた。むかつく。バッシングしてやろう。二度とモンゴルで商売できないようにしてやろう。
なぜならば、自分はこんなに嫌な想いをしたんだから。
他にも旅行会社があるのに、わざわざ使ってやったのに、こういう仕打ちは許せん。
誠意のない態度だ!仲間に言いふらしてやろう。
それはそれで仕方がない。
自分から許してくれ、とはいえないことは、ひとつ。
自分の行為が相手を傷つけてしまったときは、許しを乞うにしても、相手の気持ちの問題だから、時が解決してくれなくても仕方がない。
ただ、私が相手を傷つけてしまったことから、私は多くを学びました。
私も傷ついたし、その出来事があってからしばらく、というかそれ以来、私は自分の誕生日を祝ったことがありません。
仲の良い友達や従業員たちが開いてくれたサプライズパーティーで幸せ絶頂だった最中にかかってきた、あのクレームの電話のベル。
悔し涙で窒息するかと思うくらい気持ち悪くなったことを思い出してしまうからです。
あの時使っていたファックス付き電話も使っていません。
悔しいからではなく、自分に対しての戒めです。
両親には誕生日には、私をこの世に生み出してくれたことを感謝して電話やメールを出します。
でも、自分自身では祝うことはしない。
なぜならば、私の誕生日は旅行シーズンで多忙な時期で、なにかしらの仕事を抱えているから。
旅行も取材コーディネートも調査も、お客様の命や安全をお預かりするお仕事。
そんな大切な仕事をしているときに、パーティーで浮かれている場合ではない。
きちんといつでもお客様が望む対応ができる用意をしておかなければいけない。
ガイド講習で、ガイドの心構えや準備、情報収集の授業を担当しているのですが、毎年、シーズンが終わった受講生から言われるのは、「だるま先生から教わったほど、細かい用意をしている会社はありませんでした。だから旅行者の人と一緒にいる私たちガイドが徹底的に準備しなければいけないんですね。仕事が大変だってわかりました。先生におしえていただけてよかったです」という言葉。
でも、私だって、多くの失敗をしなければわからなかったことだらけ。
その場で、その人たちとのわだかまりを上手に解決できなかったことは残念でも、その経験を生かして、毎年30人のガイドの卵に伝授することができるのです。
嫌な思いをさせてしまった方々にはもうしわけないけれど、私自身はその問題を解決するために成長し、成長して解決の手段を創造することができています。
自分に起こる全てをメッセージとして受け止めること。
それこそが私たちが生きている意義ではないか、とすら最近思えるのです。
そして、そのことに感謝し、私がめぐりあう全ての人たちに感謝と愛情を覚える。
ありがたいことだなぁ。。。
自分の欲得を手放した時、解放という祝福を得ることができるのです。
弁護士さんは、私が失ったものを司法手段で取り戻すために有意義なアドバイスをたくさんしてくれました。
その多くが、私がすでに試してみたものだったけれど、弁護士の手腕で、逆転できるとも言われました。
でも、私は1年3ヶ月戦ってみて、もう司法的にものを取り戻すということは、どうでもよくなっちゃいました。そういう境地にいたるまで1年3ヶ月が必要でした。
でも、めぐりめぐって、結局、彼らの要求を全て飲み込むことになったんだから、最初からそうすればよかったじゃないか、という私の顧問弁護士のアシスタントがいった言葉は違うと思うのです。
1年前に私が彼らの要求のままに、全てを手放したら、それは奪われたことをあきらめたことになってました。
でも、私は、様々な自分にとって未知なる世界でチャレンジし、奔走し、憤ったり、喜んだりしながら、ようやく、笑って手放すのではなく、相手に与えることをよし、とする心境に至ったのです。
間違っているのかもしれないし、正しいのかもしれない。
もはや、そういう世の中の是非もどうでもよくなっていて、ただ、与えることで自分が解放されることを選ぶ。
あきらめではなく、次へのステップとして重荷を捨て、脱皮するかのように、気持ちがとても軽くなりました。
できるならば、相手もまた欲得を捨てて、私と同じ心境になってくれればいいな、と思います。
私にお金を返してくれなくてもいいから、モンゴルの人たちに対して、もっともっと気前良くなってほしい。
彼らはそうなると信じます。
私という重荷を切り離すことで、心が晴れやかになれば、きっといろんな人たちに優しくなれるはず。
私もまた、同じ。
お金がなくて、ほしくてほしくてっていう状態は、まさに飢餓状態。焦って、不安で、シャカリキにがんばっても、出た結果を成果として受け止められず、もっとうまくできたはずだってイライラして、不満が飽和してました。
でも、ごっそり大きな穴が開いたら、今度はそれを埋める作業が楽しくなって、そのうち、どんどん穴をうめるかのように、私の望みがいっぱい実現するようになって、おいしいものをバンバン食べるようになって、気前よくなってきちゃいました。
解決っていい言葉だなぁって思います。うまい字をあててるなって。
解決っていうのは、解き方を決めること。
こんがらがった糸を解くことじゃなくて、解き方を決めたときに、もう解決しちゃってるのです。
あとは、諸々の手順をどのように踏んで、足を踏み外すことなく、糸を切ることなくたぐっていくかってことが大事。
これもまた慎重にならなければいけないけれど、解決の糸口を見つけたら、あとはひとつひとつのもつれを緩めていくだけ。
こんがらがった糸をほぐすには、ひたすら緩めるだけで、結び目を締めちゃだめなんです。
あせっちゃだめで、時間をかけて、もつれをしっかり見つめて手繰っていけばいいだけ。
こんな簡単なことだけれど、私にとっては、ほんとに素晴らしい「きづき」です。
でも、問題解決って大きなことも、小さなことも結局、そういうことなんでしょうね?
今日もウランバートルは爽やかに晴れています。