ウランバートルはじめ、モンゴル全国各地、なんだか冬の前の「ちょっとだけよキスマーク」サービスみたいに暖かい日々が続いております。

外気温がどれだけあがっていようとも、我が家ではガンガン集中暖房「パール」君が熱気を発しております。

パール君が発動する9月半ばから5月半ばまでの間、多分、モンゴルの都市部在住の日本人の中にはチャレンジしている方も多いであろうホビーがあります。

それは、自家製「納豆」作り。


納豆菌は暑かろうが寒かろうが、とにかく粘り強く、しぶとい元気モノなので、あんまり管理に気遣いする必要がありません。

ちゃんと納豆菌を使って作るほうがいいらしいのですが、日本から持ってきた納豆の一部を、うでうでした大豆(ちょっと大粒)と一緒に混ぜ混ぜして、パール君で適温発酵させればできちゃうので、あんまり細かいことはやってません。

日本の納豆よりも大粒で粘りが少ない気もするんだけれど、その辺は許容範囲ってことで。

ついでに、最近はソイミルクとかいっちゃって、豆乳も売っているのです。
なので、一時期のにがりブームに乗っかって、かって来てはみたものの、全然使ってなかったニガリを使って、豆腐作りなんかもやってます。

夏の間中、モンゴルらしく、にくにくしい生活を送っていたため、仕事から解放された今、なんとなーくヘルシーフードを欲しているのです。

24時間、ほとんどを自分の好きなように使える。

これはかなり幸せなことです。

もちろん、モンゴル国には24時間自由人という人、いっぱいいるけれど、でも、その人たちの多くは、そういった境遇を望んでいない人たち。都会の失業者、ホームレスの皆さんは切ない。

せっかくわずかばかりのお金が手に入っても、すぐにお酒に使っちゃう。でも夜はとっても寒いから、お酒であたたまるしかない。お酒ばっかり飲んでると体が壊れちゃう。体壊れたら働けないからますます厳しい生活になっちゃう。
このなんともしがたいサイクル。どこかで断ち切らなきゃいけないって思うけれど、キリスト系の教会や地方自治体の貧困対策用のシェルターにも、こういう人たちっていつかないのです。
自分がなんとかならなくっちゃ、なんとかしなくちゃ、という気持ちを持つこと。
そこからスタートしないと、どうしても安全パイな位置から伸びてくる救いの手をつかむことは難しいのかなぁ。
酔っ払いが多いけれど、ほんとはとても気が弱くて、傷ついている人たち。
街行く人たちに悪態ついているけれど、野良犬と残飯をわけあっていたり、お互いのぬくもりを求めて犬を抱きながら寒空の下で眠っている人たち。凍傷で足や腕や指や耳や鼻がとれちゃっている人たちもいる。

人にはいろんな事情があると思うけれど、それでも生きているってことが凄いと思う。

働けっていっても、まともに職に就けない人たちがいるという現実は、モンゴル国のみならず、日本でもアメリカでも、世界中どこでもあることだけれども、なんとかしようって、どうすればいいかって、小さなことでも取り組んでみたらどうなんだろうか?と考え込む今日この頃。

今年は、ODAのプロジェクトのお仕事があったから、わりと金銭的にもせっぱつまっていない。
去年は体を壊して、手持ち現金の多くを税金などで持ってかれてしまったりとトラブルをいっぱい抱えていたから、お金がないこと、仕事ができないことが不安でした。

考え方ひとつで、自分の世界がよくも悪くもなるってことを実感。

食べ物ひとつとっても、自分が食べたいってものを食べることができて、飢える事がないという状態は幸せです。

日本にいるときは満ち足りた状態で、美味しいご飯も、居心地のよい家も、愛する人たちに囲まれる生活も、仕事もお望みのまま、という幸せな状態だけれども、常に何でも揃っているっていう状態にいると、そのありがたみをあたりまえのように享受してしまう。

納豆を日本のみたいに粘らせようとぐりぐりしながら考える、そんな出来事。