今年のモンゴル国革命87周年ナーダムも無事、終わりました。
6月29日の国会議員総選挙以降の混乱、7月1日の抗議デモの謎の暴徒化、非常事態宣言、治安部隊の出動等、モンゴル国史上、忘れられない緊張と悲劇がありました。
非常事態宣言解除後に、あるいはナーダム後に再び抗議デモが行われるのではないか、とまことしやかに噂されていますが、どうなんでしょうね?
見せしめのように主要な青年リーダー格の人たちが警察に拘留され、あるいは死刑囚や何十年もの禁固刑をくらっている受刑囚たちがいる刑務所に拘置するなどで、民主化勢力にも、再び、ことを構える気力も体力も統率力も残っていないのではないかしら?
もうこれ以上、誰かをせめて、対立構造を作るよりも、一緒に民主化の未来を見つめる方向性を模索してほしいものです。
同胞同士がドンパチする、というのは、ソ連軍VS関東軍の国境紛争となった1930年代末のハルハ川戦争(日本ではノモンハン事件といわれていますが)以来でしょう。
あれだって、国境という人間が勝手に作ったあいまいな線で隔てられた、中国・ソ連・モンゴル国に住むモンゴル民族(主にブリヤートの人たち)がそれぞれ動員された軍の命令によって戦うことになったのです。
戦争が終わって、もう2度とあんな悲劇を繰り返さないって言っていたのに。。。
今回の出来事は誰が悪い、誰の責任で起きた、ということではなく、ハルハ川戦争が、当時の極東アジア地域における勢力争いという状況が引き起こした悲劇であった、と見るならば、同じように、モンゴル国の民主化の公正な選挙を熱望するモンゴル人たちの情熱や生活苦など民主化、市場経済化という2大同時改革の荒波で膨れ上がった社会問題がはじけた悲劇であって、喧嘩両成敗というか、誰かが100%悪くて起きたというものではないと思うのです。
鎮圧し、大勢を占めた側が「反乱分子」とみなす芽を摘むだけ摘んで、後は何事もなかったようにお祭り騒ぎってわけにはいかないでしょう。
それでも国内外の人たちが楽しみにしていたモンゴル国最大のイベント、ナーダムが無事開催され、終了したというのは喜ばしいことです。
私は正直、いつものようには浮かれ気分にはなれず、相撲も競馬も弓競技も見に行きませんでした。
ナーダムレポートを期待してくれてた方にはすみませんが、たまには私もこんな風におセンチになってしまうのです。
さてさて、モンゴルの諺に「ナーダム終われば秋」というものがあります。
Наадамын дараа намар гэдэг (Naadamin daraa namar gedeg)
ナーダムとナマル(秋)で頭韻を揃えています。
7月11日は社会主義革命の勝利によってモンゴル人民共和国が誕生した日としてのお祝いですが、ナーダム自体は、祖先の霊や先祖代々信仰している山をまつるお盆のような儀式のあとに行われるお祭りです。
なので、各地で7月ー8月にかけて行われます。
昔、大旱魃で冬の備えを万全にしておかないと家畜の大量死が予測された年には、大統領令で「8月のナーダム禁止令」が出たほどに、いろいろなところで行われます。
なんでナーダム禁止?というと、8月というのは、牧草の栄養価がもっとも理想的な状態になっているので、この最高な状態で刈り取り、干草を作らなければいけないからです。牧草自体が旱魃でほとんど生えていない、ということはかなり広範囲にわたって長期間の刈り取り作業をせねばならない。
そういう一大作業があるときにナーダムだなんだと浮かれ騒いでいる場合ではない!ということ。
かつナーダム前には、馬の調教師さんたちは、1ヶ月ほど前から馬の食事制限やトレーニングなど寝ずの番で管理しなければいけないわけで、、、大事な男手が馬にかかわっている場合ではにゃい!となってしまうわけですね。
祖先の霊を祭るオボー祭り、ナーダムによって一族郎党が一同に会し、交流を深めたあとで、それぞれが冬に向けての準備に入ります。
干草を作り、冬営地の修理や家畜小屋の掃除(家畜の寝床を作るために、硬くなった糞を割って、運び出し、新たに作ったふわふわでからからに乾いた糞をしきつめる)をし、男達はオトルという、家畜と最低限の装備だけを持って行う肥育目的のキャンプ放牧にでかけます。
ナーダムの後は秋といっても、日本でイメージされるような、紅葉というわけにはいきませんが、「天高く馬肥ゆる秋」ってわけです。
農業的な秋は、「黄金の秋」(Алтан намар アルタン ナマル)と言われます。
草が黄金色に黄葉し、小麦などがまだたわわに実り、草原を黄金色に彩るのです。
今年はナーダムで馬乳酒でるのかなぁ?と心配していたのですが、どうやら作っているところでは作っているみたいで、売ってましたね。
7月10日、まちがってとんでもないウランバートルの端っこまでバスで連れて行かれちゃったときに、ホルホグ用のドナドナ羊と一緒に馬乳酒も売っていました。
これからウランバートルの街でもあちこちで馬乳酒と馬肉を売る「アイラグ ゲル」がたつことでしょう。
モンゴル国、今年の夏、秋はさわやかでいい感じ。久々にモンゴルらしい季節を迎えます。
6月29日の国会議員総選挙以降の混乱、7月1日の抗議デモの謎の暴徒化、非常事態宣言、治安部隊の出動等、モンゴル国史上、忘れられない緊張と悲劇がありました。
非常事態宣言解除後に、あるいはナーダム後に再び抗議デモが行われるのではないか、とまことしやかに噂されていますが、どうなんでしょうね?
見せしめのように主要な青年リーダー格の人たちが警察に拘留され、あるいは死刑囚や何十年もの禁固刑をくらっている受刑囚たちがいる刑務所に拘置するなどで、民主化勢力にも、再び、ことを構える気力も体力も統率力も残っていないのではないかしら?
もうこれ以上、誰かをせめて、対立構造を作るよりも、一緒に民主化の未来を見つめる方向性を模索してほしいものです。
同胞同士がドンパチする、というのは、ソ連軍VS関東軍の国境紛争となった1930年代末のハルハ川戦争(日本ではノモンハン事件といわれていますが)以来でしょう。
あれだって、国境という人間が勝手に作ったあいまいな線で隔てられた、中国・ソ連・モンゴル国に住むモンゴル民族(主にブリヤートの人たち)がそれぞれ動員された軍の命令によって戦うことになったのです。
戦争が終わって、もう2度とあんな悲劇を繰り返さないって言っていたのに。。。
今回の出来事は誰が悪い、誰の責任で起きた、ということではなく、ハルハ川戦争が、当時の極東アジア地域における勢力争いという状況が引き起こした悲劇であった、と見るならば、同じように、モンゴル国の民主化の公正な選挙を熱望するモンゴル人たちの情熱や生活苦など民主化、市場経済化という2大同時改革の荒波で膨れ上がった社会問題がはじけた悲劇であって、喧嘩両成敗というか、誰かが100%悪くて起きたというものではないと思うのです。
鎮圧し、大勢を占めた側が「反乱分子」とみなす芽を摘むだけ摘んで、後は何事もなかったようにお祭り騒ぎってわけにはいかないでしょう。
それでも国内外の人たちが楽しみにしていたモンゴル国最大のイベント、ナーダムが無事開催され、終了したというのは喜ばしいことです。
私は正直、いつものようには浮かれ気分にはなれず、相撲も競馬も弓競技も見に行きませんでした。
ナーダムレポートを期待してくれてた方にはすみませんが、たまには私もこんな風におセンチになってしまうのです。
さてさて、モンゴルの諺に「ナーダム終われば秋」というものがあります。
Наадамын дараа намар гэдэг (Naadamin daraa namar gedeg)
ナーダムとナマル(秋)で頭韻を揃えています。
7月11日は社会主義革命の勝利によってモンゴル人民共和国が誕生した日としてのお祝いですが、ナーダム自体は、祖先の霊や先祖代々信仰している山をまつるお盆のような儀式のあとに行われるお祭りです。
なので、各地で7月ー8月にかけて行われます。
昔、大旱魃で冬の備えを万全にしておかないと家畜の大量死が予測された年には、大統領令で「8月のナーダム禁止令」が出たほどに、いろいろなところで行われます。
なんでナーダム禁止?というと、8月というのは、牧草の栄養価がもっとも理想的な状態になっているので、この最高な状態で刈り取り、干草を作らなければいけないからです。牧草自体が旱魃でほとんど生えていない、ということはかなり広範囲にわたって長期間の刈り取り作業をせねばならない。
そういう一大作業があるときにナーダムだなんだと浮かれ騒いでいる場合ではない!ということ。
かつナーダム前には、馬の調教師さんたちは、1ヶ月ほど前から馬の食事制限やトレーニングなど寝ずの番で管理しなければいけないわけで、、、大事な男手が馬にかかわっている場合ではにゃい!となってしまうわけですね。
祖先の霊を祭るオボー祭り、ナーダムによって一族郎党が一同に会し、交流を深めたあとで、それぞれが冬に向けての準備に入ります。
干草を作り、冬営地の修理や家畜小屋の掃除(家畜の寝床を作るために、硬くなった糞を割って、運び出し、新たに作ったふわふわでからからに乾いた糞をしきつめる)をし、男達はオトルという、家畜と最低限の装備だけを持って行う肥育目的のキャンプ放牧にでかけます。
ナーダムの後は秋といっても、日本でイメージされるような、紅葉というわけにはいきませんが、「天高く馬肥ゆる秋」ってわけです。
農業的な秋は、「黄金の秋」(Алтан намар アルタン ナマル)と言われます。
草が黄金色に黄葉し、小麦などがまだたわわに実り、草原を黄金色に彩るのです。
今年はナーダムで馬乳酒でるのかなぁ?と心配していたのですが、どうやら作っているところでは作っているみたいで、売ってましたね。
7月10日、まちがってとんでもないウランバートルの端っこまでバスで連れて行かれちゃったときに、ホルホグ用のドナドナ羊と一緒に馬乳酒も売っていました。
これからウランバートルの街でもあちこちで馬乳酒と馬肉を売る「アイラグ ゲル」がたつことでしょう。
モンゴル国、今年の夏、秋はさわやかでいい感じ。久々にモンゴルらしい季節を迎えます。